第22話 酒は飲んでも吞まれるな
族長だと熊が示したのは立派なたてがみを持ったライオンだった。獅子族というやつだろう。流石にオーガ程ではないがデカい。おまけに手足も丸太のような太さだ。太ももに至っては俺の胴体くらいあるんじゃないか?
「なんの騒ぎだザイン」
「この坊主が族長に手紙を届けに来まして。そこでハンスと坊主が言い争いしてそれがヒートアップしたんです」
「ほう。このガキがハンスに勝ったのか」
じろりとこちらを睨むライオン。視線に物理的な力があったら人が死んでるだろう。アンが慌てて俺の後ろに隠れたのも納得だ。流石にこれは責めるつもりにはなれん。
「ヴェリテの婆さんからあんたに手紙を届けにきた」
「ヴェリテ!? あのヴェリテか!? 女の癖にやたら好戦的で口より先に手が出るあの!」
「まあ俺が知ってる婆さんはネチネチと文句を言うタイプだが恐らくそうだろう」
そこまで話すとライオンは目を丸くして驚いたのち大笑いした。
「がっはっはっは! あの撃滅のヴェリテを婆さん呼ばわりか! お前に手紙を託した理由がなんとなくわかったぜ。……おっと悪い悪い。俺の名はグレン。知ってるだろうがここで族長をやってる。取り敢えず俺の家に来い。歓迎するぞ」
「ああ。話が早くて助かる」
グレンが進むと自然と獣人たちが退き道が出来た。そこを通ると周りから好奇の視線が集まる。それはそうだろう。常識的に考えれば門番であるハンスたちの態度が正しいのだから。どうやらあの婆さんはグレンにとってよっぽど重要な存在らしい。
「まあ座れ。おい酒を出せ! この2人にもだ」
「わかりました」
グレンの家は集落の一番奥にあった。他の家に比べて大分豪華で族長の権力の強さがうかがえる。妻なのか使用人なのかわからないが女性が頭を下げて奥にいくとドカッと絨毯のような敷物に座り込んだ。この世界では珍しく床に座るんだな。俺は文化の違いに戸惑うアンに座るように促すとグレンと向き合った。
「ほらこれがヴェリテから渡すように頼まれた手紙だ」
「おう! すまねーなわざわざ。それにしてもあのヴェリテを指して文句が多い奴なんて聞く日が来るとはな」
「さっきも撃滅なんて穏やかじゃない名前で呼んでたが、あんたと婆さんはどんな関係なんだ?」
「同じ冒険者パ-ティ-のメンバーだった。尤も出会いは俺があの人に生意気言って、ボコボコにされるってカッコ悪いもんだったがな」
そう言うとグレンは昔を懐かしがるように目を細めた。丁度そこに酒が運ばれてくる。意外なことに酒を持ってきたのは俺が良く知ってる人間のような見た目をした獣人の女だった。背は女性にしては高くよく日に焼けた肌、それと対照的な絹のように綺麗な金髪と猫耳、長い尻尾を生やしている。今は無表情だが笑顔を見れるなら大金をつむ奴がいても不思議じゃないほどの美貌だ。加えて獣人らしく出るところは出て引っ込む所は引っ込む見事なプロポーションをしている。
「よしまずは乾杯だな! 珍しい便りを持ってきてくれた旅人に乾杯!!」
「「乾杯」」
当然ながらこの世界に二十歳以下は飲酒禁止などという法律はないのだが俺は今までなんとなく酒を控えていた。なのでこれが初めて飲む酒だ。グレンが思いっきり木製のジョッキを傾けて飲んでいるので俺もそれにならう。
「ぶほぉ! ゴホッゴホッ! なんだこれ喉が焼けるぞ」
「わっはっはっは! 坊主に火酒はまだ早かったか! この美味さが分かるようになってようやく一人前だ」
俺の様子を見てたアンはチビチビと酒に口をつけた。クソ、水とか別の飲み物はないのか。いや自分で作ればいいのか。近くに控えていた獣人にジョッキをもう一個持ってきてもらうと俺はその中に氷水を出しごくごくと飲み干した。
「ほう! お前魔法が使えるのか。ヴェリテにならったか」
「お前じゃないキョウヤだ。それと俺が弟子ならこいつは孫だぞ」
「なに!? 本当かお前!!」
「!?……は、はい。アン・ジーニーと言います」
「うーむ」
グレンはジョッキを置くと体をずいっと前に出してアンの顔を観察した。恐ろし気な牙が生えた顔を間近にしてアンは蛇に睨まれた蛙のように固まっている。
「言われてみれば面影がなくもないような。しかしヴェリテの孫か。よし飲め!!」
「え!? は、はい」
大して減ってないジョッキに更に酒を注がれたアンは断ることが出来ずにゴクゴクと飲んだ。今思ったのだが二日酔いとか酩酊状態に回復魔法って効くのか?
「それであんたが婆さんにボコボコにされたところまで聞いたが」
「そうだったな! 元々俺はこの村出身じゃない。田舎から冒険者になりたくて出てきたんだ。そこで当時既にミスリルだったヴェリテに喧嘩を売ってな。そりゃあもうボコボコよ。それをきっかけに同じパーティーに入れてもらえたんだ」
「……という訳で俺はこの村一の美人で族長の娘であるセレンに惚れちまったわけだ。どうやってセレンと結婚しようか悩んだ俺は――」
「もういい。婆さんについては大体わかったから黙ってくれ」
「そうか? こっからがいいところなんだが」
残念そうに言いながら新たに注いだ酒を飲むグレン。一体どれだけ飲むんだこいつは。しかしもっと厄介なのが俺のそばにもう1人。
「キョウヤー。あなたはどーしてそんなになんでも出来るんれすかぁ。ズルいれすよぉ」
最初に勢いよく飲んでしまったのが効いたのかアンは相当出来上がっていた。呂律も回っていないしさっきから俺の首を絞めるかのように首にしがみついている。飲むのを止めなかったという罪悪感もありあまり無下に扱うことも出来ない。
「酒の強さは受け継いでないみたいだな」
「どうやらそうみたいだ。ところで俺たちは世界を色々見て回りたいと思って旅に出たんだ。冒険者をやっていたなら各地の名所とかしらないか?」
「美味しい食べ物もぉ!!」
「そうだなぁ。俺は見ての通りの男だから観光名所とかはあんまりしらん。だがゲッフェルト神聖帝国で見た大聖堂は見事だった。無学な俺でも荘厳さを感じたくらいだ」
「ゲッフェルト神聖帝国の大聖堂か。覚えておく」
「らべ物はぁ!!」
肩を揺するな! こいつ酔っぱらってるからって調子に乗りやがって。明日二日酔いでぶっ倒れても助けてやらんぞ。
「美味い食い物ならここにもあるぞ。少し離れた岩山にワイヴァーンが出るんだがな。そいつの肉がまた極上だ! 俺がここに住むことを決めた理由の1つだ」
ワイヴァーン。たしか下級のドラゴンだったか? 下級と言ってもドラゴンに数えられるだけあってそう簡単に狩れる敵じゃない。
「尤もつい先日ワイヴァーン狩りはやっちまったからまた食えるのはだいぶ先だがな。どうしても食いたいなら自分で取ってくることだ。その価値はあるぞ」
「行きましょうキョウヤ! ワイヴァーンを狩っれその肉を私に献上するのれす」
「お前が食べたいならお前も協力しろ」
「絶対れすよぉ。……」
こいつ寝やがった。アンに酒は飲ませない方がいいな。まあ普通にグレンとも話していたし人見知りを治すにはいいかもしれんが。
「悪いがアンも眠っちまったしそろそろ休む。宿とかはあるか?」
「生憎宿はない。ここに泊まってけ。おいフィー部屋に案内してやれ」
例の美人な獣人は無言で頷くと付いてくるように身振りで示した。俺は起こさないようにアンを背負うとその後に続く。そして部屋につくと無言でその中を指で示して去っていった。一切喋らないな。
「助かる」
一応礼を言うと俺は何かの植物で作ってある敷布団代わりのものにアンを置きその横に寝転んだ。明日こいつがどれだけ苦しむか楽しみだ。そんなことを考えていたら睡魔はすぐに俺を捉えた。
「面白い!」
「続きが気になる!」
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