9話 -二藍の光-
アッシュを蹴り飛ばした後、目の前に雷光が迫っていた。
よりにもよって…貫通力の高い【ライトニングスピア】って、本当にいやらしいチョイス…。
自分が庇う事が読まれていた___そして防御ごと貫くつもりなのだろう。
絶対に性格悪い、そうに違いない。
今の私の身体は人間だ。
防御魔法ならともかく、魔力障壁では防ぎきれない。
しかも完全に後手…、魔力障壁の密度を高めるには時間があまりにも足りない。
良くて重症、体に風穴が開かないだけマシといった所だ。
全身から回した魔力を振り絞りかざした右手に集め___放出する。
密度の高い魔力は物質のように飛来した雷光を受け止めるが、魔力放出量が圧倒的に足りていない。
今にでも障壁をぶち破りこの身体を貫抜かんとしている。
少しでも強度を増す為にありったけの魔力を流し込むと大量の魔力放出に耐えられない身体が内部からビキビキと悲鳴を上げ始める。
それでも雷光は止まらない______。
今にでも障壁は破られ貫かれてしまう___。
幾ら悪魔と言っても腹に風穴開けられて無事な訳がない。
身体の作りは人間と大差ないんだから人間でも悪魔でも致命傷は勿論、致命傷に決まっている。
(このままだと、まずい…。)
こうなっては四の五の言ってられない、やるしかない___。
体内の魔力炉_魂が熱を持つ、ドクンと一際大きく脈動し本来の魔力を生成する___。
魔力のろ過が間に合わず全身から混じった魔力が微かに漏れ出す。
瞳の青い輝きに薄らと赤が混じり紫色の影を作る___人の身体には分不相応な量の魔力が強引に全身を巡り放出される、細いチューブに大量の水を圧力をかけて流しているようなものだ。
ただでさえ酷使されていた身体に一層軋み裂けるような痛みが全身を駆け巡り血管が焼けつくような熱が迸る。
「ぐぅぅぅ……!あぁっ……!!」
痛みに耐えかね悲鳴が漏れる。
_______爆発、障壁とぶつかり行き場を失った雷光のエネルギーが爆ぜ、ヒルティアの身体は吹き飛ばされた。
長椅子を幾つも粉砕しながら吹き飛び、砕けた木端の中に落下する。
(頭痛いな…あと背中も。身体強化する為の魔力も全部正面の魔力障壁に向けてたからなー…。)
身体に穴は空いていない、成功したみたいだ…。
魔力を全開で振り絞ったからか頭がクラクラする………。
焦点の定まらない青い瞳で虚空を眺めながらぼうっと考えていると視界の端に何かが映り込んだ。
(丸い…青い…綺麗……はっ!!)
一瞬で意識を覚醒させると近くに落ちていた長い木片を掴み、同時に全力で横に走り出す。
氷結魔法【アイスボム】は放物線を描いた後、落下地点一帯を凍らせる魔法であり殺傷能力は低いが足止め能力は高い。
落下地点への追い討ちであれば火炎魔法の【ナパーム】を使う方が確実にダメージを与えられるのにそれを選択しないのは火災が発生し外に異常を知られる事や、煙に紛れ逃げられる事への懸念だけではない___火災に紛れての不意打ちを警戒し、堅実に攻めて来ている。
こういった堅実な相手は決定打に欠けるがこちらも攻め難いし無理に攻めれば足元を救われるのが目に見えている。
外見こそ傷を負っていないがズタボロの身体、消耗した魔力の自分とまだまだ余力のある相手では長引く程こちらが不利になる____。
最悪、悪魔の姿を取り戻せばこの状況でも負ける事はない。
しかしそうなれば確実に悪魔狩りに狙われる事になる、顔がバレれば他の街に行っても駄目かもしれない、もう居場所を作るには人間界しかないのだ、それだけは避けたい___。
生き残る事、悪魔狩りに見つからない事、何よりも大事な、最重要事項だ___。
木端の山から飛び出すと立て続けに魔弾が飛んでくる___。
躱し、足元を狙った魔弾は側宙で飛び越える、視線は決して敵から外さない、交差する視線、そして中央の通路に躍り出ると真っ直ぐに駆けながら魔弾を撃ち返す___。
しかしすぐさま防御魔法で弾かれ霧散する_そして杖に貯めた魔力が雷の斬撃となって飛来した。
雷系魔法【ライトニングスラッシュ】 横一線、放たれた斬撃は長椅子の背もたれを擦れ擦れで飛翔しこちらの胴を分断せんとしている。
だが、ヒルティアは大きく_______飛んだ。
10メートルは飛んだだろうか…大ジャンプは大きな隙となり魔道師は邪悪な笑みを浮かべる。
「馬鹿め…!」
そう言い放ちこちらに杖を向けると立て続けに3発の魔弾が放たれた___。
(よし、狙いは気付かれていない。)
魔術師はまるでここにきて選択を誤ったなと言わんばかりの表情を浮かべている。
だが選択を誤ったのはそっちだ。
私が武器を持っていない時点で徹底的に対策をするべきだった。
そう、今私は武器を持っていない。
普通であれば武器になりそうな物を取ろうとしていれば妨害されるだろう、先に破壊されてしまうかもしれない。
だが、魔法での迎撃の構えや魔力障壁で発した魔力量、魔弾での応酬から自分は今恐らく魔術師と思われているはずだ。
少なくとも物理職なんて考えてはいないだろう…。
だからこそ今向かう先にある物を武器にするとは考えてはいない___。
堅実な戦い方をしているが結局____こちらを侮ったのだ。
対策を怠った、それが命取りになるとすぐに分からせてやる___!
飛来した魔弾を魔力で強化した木片で弾く___1、2、3………3つ目で耐えきれなくなった木片が粉々に砕ける、だが目的は達した___パイプオルガンの鍵盤の上に降り立つと礼拝堂に判決の激音が響き渡る。
砕け散った白と黒の鍵盤が宙を舞う。
天国と地獄____白と黒___強者と弱者がこの瞬間、定められた。
そしてそのままパイプを一本、強引に引き抜いた______。