8話 -魔術師-
雷撃魔法【ライトニングスピア】、貫通力と速度に優れる魔法。
それが男を庇った女魔術師に直撃した___。
部屋の壁に身を隠し、影で男は息を潜めていた___。
その右手には使い込まれた長杖が握られており、男が魔術師である事を物語っている。
白い肌、窪んだ瞳に痩せこけた頬、髪のない頭部には古い火傷の跡があり、歳は40過ぎ辺りに見えるが肩幅は広く背筋も伸びている。
ローブに隠され体は見えないが芯のある立ち姿からは怠惰な生活を送っているようには見えない。
いや、恐らく昔は精強な肉体であった事が今のあり様からでも見て取れる。
魔術師は今の状況に考えを巡らせていた。
敵の女魔術師は厄介な存在であった。
そのまま扉の奥に足を踏み込めば良いものを迎撃の構えを見せてくるとは…。
(男の様子から明らかにビギナーパーティーと思ったが…女の方は付き添いだろうか…。)
よくある事だ。
同じ村の出身の者が後から冒険者になった弟分の面倒を見てやる。
兄貴分も弟分の前で見栄を張れるし、弟分としても冒険者なりたてで右も左もわからぬところに見知った顔が助けてくれるとあらば願ったり叶ったりだろう。
だが年齢からして1、2年先の先輩といった感じだ。
大した実力もあるまい…。
このまま出て行って正面から闘う事になってもまず負ける事はないだろう。
だが!万が一にでも逃げられると困る。
そして戦闘が長引き外に気付かれるのは何としても避けたい。
ここまで国にもバレず上手くやってきたのだ…こんな餓鬼どもに台無しにされてたまるものか!
(しかし…何故この時期に冒険者がここへ来たのだ…。来る筈が無い…。観光か、肝試しのつもりか?)
そんな巫山戯た理由で計画に水を刺されたのかと思うと怒りがこみ上げてくる!
必ず後悔させてやる…生きて帰れると思うな!
だが、落ち着け…相手が恐れる必要の無い兎だとしても、兎だろうと逃げはする。
ならば兎を逃さぬ戦略を考えねばな…。
まず、教会の中で人知れずに仕留めるのがベスト、自分が潜んでる事がバレていない可能性も十分にあるからここはグールを囮にするのが最善だろう。
2人の意識がそちらに向いた時に部屋を飛び出し通路を駆け、そして1人ずつ始末する。
折角作ったグールを失う可能性もあるが…背に腹は変えられない。
だが、また作り直せばいい。
アンデットやスケルトン系の魔物は形を留めていれば作り直すのが容易な点が実に良い。
そう考えていると目の前のグールが背後の獲物に気付く___。
そして目論見通り男に襲い掛かかる。
(クククッ…さぁ可愛い弟分を存分に助けてやるがいい…見栄を張れるのもこれが最後だろうからな!)
___だが、横でグールに喰われかける弟分には目もくれずこちらにいつでも魔弾を放てるように魔力を循環させている。
完全にこちらの存在、そして考えが読まれている。
危うく噛まれる直前まで行っているのに助けるそぶりさえ、いや焦りさえ見えない。
仮に初対面だとしても自分より弱い仲間、それもビギナーが喰われかけていたら助けるのが普通ではないだろうか?
それがこちらの狙い通りだったと分かっていても仲間に死なれるのは最悪のケース、悪手と分かっていても助けなければならない状況だったはずだ!
この女…とち狂っているのか?
しかし結果として男は危機を脱し、女魔術師はこちらへの牽制を続ける事が出来ている。
(くっ………!この若造ごときが…!)
全く思い通りにならない!若造の癖して妙に鋭い勘と肝の座り方が勘に触る!
こうなったら…範囲魔法で先制を取りたい…が、既に魔弾の準備を整えられてしまっている。
阻止されるのが目に見えている…くそっ!
こうなってはこちらも魔弾で魔弾を撃ち落とし、杖で弾き、魔力障壁で防ぎながら聖堂内までの細い通路を駆け抜ける必要がある。
リスクはあるが餓鬼に遅れは取るまい…。
(良いだろう…実力の差を思い知らせてやる)
そう思い、杖に魔力を込め、全身に魔力を回しいつでも障壁を張る準備をする。
足を動かす、そして___
____飛び出そうとする直前、予想外の事が起きた。
男がこちらに背を向けた状態で女との間に割り込んできたのだ。
こうなれば女魔術師からの魔弾は届かない。
女魔術師が懸命に維持していた状況を一転、こちらに有利な状況へと変えてくれた!!
今頃女は粟を食っているに違いない。
何せ!こうなっては後手に回る他無いのだから___!!
そして出来る行動も限られてくる。
その絶望に満ちた表情を見れないのが残念だがとっとと終わらせてやろう。
嬲りはしない、一息に殺してやる!
「【ライトニングスピア】!仲良く貫かれて死ぬが良い!!」
杖の先から魔力がバチバチと爆ぜ、魔術師の顔を照らす。
白い肌、窪んだ瞳、死人のような顔に悪意に満ち溢れた笑みが浮かぶ。
杖の先から放たれた一条の閃光は細い通路を照らしながら一直線に獲物に目掛けて
飛んでいく___女魔術師が男を庇って出てきた、空中では避けようもなく防御魔法も間に合わない。
終わりだ!
一瞬の後に、貫かれ吹き飛ぶ姿が目に浮かぶ____。
そして、雷が命中し、照らされた女の顔に苦痛が浮かび、_______爆ぜた。
「なっ………!!」
笑みが消え失せ驚愕の表情へと変わる。
(爆ぜた…だと!?防がれたというのか?【ライトニングスピア】だぞ!?)
本来ならば貫通しそのまま飛んでいくはずだが…爆ぜたという事は障壁を貫けずに阻まれたという事だ………。
男を庇うのは予想の範疇だった___防御魔法が間に合わずに魔力障壁を展開するのも読んでいた___しかし、まさか魔力障壁で防ぎ切れるものではない。
しかし目にしたのは魔力障壁で防ぎ切り、衝撃で吹き飛ぶ姿だった。
(もしやかなりの実力者か?あの年齢で?ありえない、精々若葉マークが外れた程度といったレベルだ…。)
それにこっちは契約で強化されているのだ。並の威力ではない。
防御魔法なら兎も角魔力障壁で防ぎ切れるものではない___!
イレギュラーばかりが続き焦りが生まれる。
予想外の事に額に汗が滲み、頭には青白い血管が浮かび上がってくる。
だがこれでも戦闘の経験は多い、まず若造如きに遅れを取る事はない。
兎に角、礼拝堂の中に移動する事が先決だ___。
通路を駆け抜け聖堂内に出ると床に転がっている男に魔弾を放つが、目の前の男はまるでばね仕掛けのおもちゃのように飛び上がったと思うと長椅子の陰へと滑り込むように隠れた。
(チッ…だがまずは女だ。男は後回しで良い…!)
鼠のように逃げ足だけは早い男からターゲットを切り替え範囲氷結魔法、【アイスボム】を発動し、女の落下地点へと放った___。