たっくんとゆかいななかまたちシリーズ<17>家族の肖像
ケビンが他の通常のF22の整備をしているとたっくんがやってきました。
「家で使う用の色鉛筆がちびてもうないから買っていい?」
ケビンは作業中だと言うのに手を止めて
「何色がないの?」
とわりと強い語気で質問しました。
「うー,全部」
とたっくんが言うと
「こら!全部の色がいっぺんにちびてなくなるとかおかしいから!大体白い色鉛筆とかなんにつかうのよ!」
とタオルで手を拭きながら,整備を部下の整備員に指示を出すとたっくんの部屋へ行きました。
机の上に色鉛筆用の鉛筆立てがあるのですがほとんどの色がそろっています。
「ええとないのは紫と肌色と茶色とピンクね」
と言ってケビンは居間にかけてあるエプロンのポケットからたっくんに小銭を248円ちょうど渡しました。
色鉛筆が1本税込62円だからです。
「えっ,これっぽっち」
たっくんは不満そうな顔をしましたがケビンに怒られそうなのでこれ以上請求はできませんでした。
次の日,演習の帰りにたっくんとB2君とA10ちゃんとF35,いつものメンバーで近所のシュミット堂という文具店にきていました。
ここは文具と画材を扱う古い店で店内もヨーロッパの伝統的な骨董屋さんのような佇まいです。
買い物に来たのはたっくんだけですが他の仲間達もオシャレで高級な文房具に興味シンシンです。
たっくんは店のショーウインドウに飾られた綺麗な油絵を見ていました。
「おれもこんな絵を描いてみたいなぁ」
「先輩,油絵具なんか使った事ないでしょうが」
とF35が言いました。
「知ってる」
「たっくんは色鉛筆の絵が得意なんだから必要ないでしょ」
とA10ちゃんが言いました。
「まぁな。でも絵の具で絵も描いてみたいよ」
とたっくんは言いました。
空軍のAI機達の演習では情操を育てるために絵や芸術鑑賞などの指導も奨励していてたっくんは色鉛筆やクレパスを使った絵がとても得意なのです。
「ふん,まぁ君たちはクレパスで落書きがお似合いだよ」
と声がして振りかえると小学校高学年くらいの男の子が3人いました。3人ともこの近くの私立小学校の制服を着ていて学校指定のランドセルを背負っているので彼らも学校帰りのようです。
声をかけたのは3人の中の一歩前に出た真ん中の子です。
たっくんはその子が自分をバカにしているとも気が付かず
「うん,俺はクレパスも得意だよ。なんで知ってるの?」
と不思議そうに聞き返しました。
他の3機は意味が分かったのでF35も困った顔をしてB2君はおびえた様子でA10ちゃんはむっとした顔をしました。
たっくんに声をかけた子の隣にいた子が
「テレンス,それはどういうことだい?」
と聞きました。
「こいつらは人間の大人の形をしているけどそこのウングレー基地のAI戦闘機で軍用ロボットなんだよ。背中に機械の翼が付いてるだろう」
テレンスは自慢たっぷりにたっくん達を指さして言いました。
「えっ,ロボット」
とりまきの2人は声を揃えてびっくりしました。
「テレンスなんでそんな事知ってるの」
「僕のお父さんは航空機メーカーの重役だからね。彼らの事は知っている。こいつらはロボットだから人間よりも下等な存在なんだ。いや,人間に作られた機械だから生物ですらない。しかもこいつらは僕たち国民の税金の国防費とやらで生かされている。創造主の人間様には逆らえないよ」
さすがに「こいつら」とか「下等」と言われて気が付いたのかたっくんは
「なんだとテメェ!」
といつものヤクザ口調で言いかけましたがF35が
「先輩,手を出しちゃまずいですよ」
と止めました。
「そうとも。軍属の戦闘機が人間の,それも子供に手を出したらどうなるか分かってるよね」
とテレンスは言いました。
「たっくん,この子怖いよ」
とB2君は涙目です。
「そうよ,早く会計済ませて出て行きましょ」
とA10ちゃんがたっくんをレジに押し出しました。
レジには店主のシュミットさんが座っていました。白髪のはげ頭に眼鏡の丸顔のおじいさんです。
シュミットさんは
「たっくんまた肌色の色鉛筆を買いに来たの?」
「うん。基地の皆の顔をよく書くから肌色はすぐになくなるよ」
と言ってスマホのメモを見ながら足りない色を言いました。
「はいはいちょっと待っておくれ」
とシュミットさんが色鉛筆の棚の方を向くと,
「ご主人,この油絵具セットをもらおうか」
とテレンスが横から声をかけました。
高級ブランドの油絵具です。
「はいはいちょっと待っておくれね。先にこっちのお客さんが並んでいたから」
と言うとテレンスはむっとして
「こんなAI機械の数百円の客を優先するのか?」
と言いました。
「AI機械でもお客様はお客様だよ」
とシュミットさんはゆっくりと色鉛筆を取り出して丁寧に袋に入れながら言いました。
「はい,これレシートね。これを基地の人に見せるんだよ」
とレシートもたっくんに手渡しました。
たっくんはお金を払って色鉛筆の入った袋を持つと
「おいさっきから黙ってるからっていいかげんにしろよクソガキが」
とたっくんはテレンスに向かってどすをきかせました。
とりまきの子供がひいっと後ろに下がりました。
「先輩やめましょう」
「たっくん怖いよ。やめてよ」
「うるせぇ,こんなアホガキ一度かちまわさねぇとわかんねぇんだよ」
とたっくんはテレンスの身長に合わせて体をかがめるとメンチを切りました。
テレンスは少しびっくりした物の
「ほら見ろ。やっぱり下等で下品なやつじゃないか」
と得意げに言いました。
「テメッ」
たっくんが言いかけた時レジにいたシュミットさんが
「君達,どうせ勝負するなら絵で勝負したらどうだい」
と壁のポスターを指さしました。
それは市の絵画コンクールで『家族』をテーマにした絵を応募していました。
「いいだろう,僕は有名な先生に個別指導で絵画をならっているんだ」
とテレンスは余裕のある口調で言いました。
「たっくんどうするの」
とB2君が聞くと
「賞品が金じゃないならやる気ないけど絵を描いてほしいなら描いてやってもいいよ」
といいました。
それから数週間後,市の絵のコンクールの結果が発表されました。
市のサービスセンターに入賞した絵が展示されているのでテレンスはとりまきたちを連れて行くとテレンスの絵は銀賞になって飾られていました。
家族写真のように両親と兄弟と自分が並んで立った絵を描いていて高級な油絵具で多彩な色を使って描いており,さすがにえらい絵の先生の個別レッスンを受けているだけあってとても美しい絵でした。
「さすがテレンス」
ととりまきたちはほめましたが隣に人だかりができているのに気付きました。
隣には金賞と書いてあってなんとたっくんの絵がありました。
普通の四つ切画用紙に色鉛筆とクレパスで描いたもので機体モードのたっくんのコックピットに座るジェイムスン中佐と座席のハーネスを安全確認しているケビンを描いたものです。
どう見ても構図はゆがんでいるし,バランスもめちゃくちゃで中佐の頭が大きすぎたり首が細すぎたりケビンの手が大きすぎるのですが,中佐の鋭い表情と安全確認をするケビンの真剣な表情がどこか見る人をひきつけるようで見に来た人達もその絵にくぎ付けになっています。タイトルを付けるとするならば『国防』や『本土防衛』といったところでしょうか。
とりまきが
「テレンスの方が色をいっぱい使っていてきれいなのになんで」
といいましたがテレンスは
「僕の負けだ…」
とつぶやきました。
ちょうどそのときたっくんは中佐とケビンと一緒に自分の絵が展示されているのを見にきていましたが商品の水彩絵の具セットをもらって嬉しそうにしていてテレンスに気付いてはいないようでしたがあえてテレンスはたっくんに声をかけました。
「君の勝ちだね」
「なにが?」
たっくんは勝負の約束などすっかり忘れているようです。
「えっ…ああとにかくおめでとう。素晴らしい絵だね」
とテレンスが言うとたっくんが
「そうだろ。でもお前のもいいと思うぜ」
と言いました。
それからしばらくたって市のサービスセンターに展示されたたっくんの絵だけがなにものかによって破り捨てられていました。
事件を知った人達は
「ひどいことする奴がいるね」
とたっくんに同情しましたが
「賞品もらったしすでに相手に納品した絵なんだからべつにどうでもいいよ」
とあまり気にしていないようでした。
「ただのサービスセンターだから監視カメラもないし困りましたね」
とF35は言いましたが。
「でもあの絵かっこよかったのにもったいないってみんなが言ってたわよ」
とA10ちゃんが言うと
「しょうがない,似たようなのもう一度描くよ」
とたっくんは言いました。
それからしばらくして日曜日,テレンスは自分の父親と散歩をしていました。
「お父さん,僕はこないだの市内の模試もトップだったんだよ」
とテレンスは言いました。
父親は,
「そうか。勉強もよく頑張っているようだな。友達とはなかよくできているかい?大人の人には礼儀正しくしているかい?」
と聞きました。
ちょうどその時基地のすぐ近くを歩いていたらアラート音がして2機の戦闘機が飛び立つのが見えそれからしばらくしてかな切り音のようなエンジン音が聞こえました。
まだ低空だったので機影ははっきりと見えました。
前を飛んでいたのはF16Cファイティングファルコンニキ,そして後ろはたっくんでした。
その2機の後ろを少し遅れて通常型の早期警戒管制機が飛んで行きました。
「ほぅ,ファルコンとラプターのAIか。あの様子だとスクランブルだな」
と父親が空を見上げました。
「スクランブルって?」
「よその国の軍用機が国の領空付近まで来ているからそれを追っ払いに行くのさ」
「相手も武装しているかもしれないのに?」
「そりゃそうさ。だからこそ武装した彼らが行く。AI機の彼らもパイロットの人間も命がけさ。365日24時間当番制で彼らは監視を続け空をこの国を守る。たとえAIでも彼らにだって心はある。敬意と感謝は忘れてはいけないね」
「…」
父親はテレンスがさっきから言葉が少ないので
「どうしたんだ。様子が変だぞ。疲れたなら帰ろうか」
と声をかけるとテレンスははっとしたように
父親のブランド物のトレンチコートの袖をつかんで
「お父さん!」
と叫びました。
それから小一時間ほどしてスクランブルからたっくんと中佐がハンガーに戻ってきました。
たっくんが戻ってきたのでB2君とA10ちゃんとF35は4機でハンガーの前で遊びはじめました。
そこへ若い士官が困った顔できました。おやつを用意していたケビンに
「どうしても会いたいと言うお客さんがきていますが」
と訪問者の特徴を言ったので
「こないだの絵のコンクールで銀賞だったやつだよ」
とたっくんがいい,中佐も
「ああこないだお前におめでとうを言った子か。どうしたんだろう」
とここまできてもらうことになりました。
父親と一緒にきていたテレンスを見るとたっくんは人型モードになり,
「この形の方が話しやすいだろ。何かあったか?」
ときくとテレンスは
「ラプター君ごめんなさい! 君の絵を破ったのは僕なんだ」
と90度くらいの角度で頭を下げました。
「ええっ,お前俺の事おめでとうって言ってくれたよな?」
とたっくんは本当に驚いた様子でした。
「そうだけど……塾の帰りにサービスセンターの前を通って誰もいなくて中にはいって君の絵を見てたんだ。そしたら…やっぱり悔しくて…気が付いたときには君の絵を破いていたんだ。自分でもショックだったよ。それに僕は君の事人間より劣ってるなんてひどい事を言ってしまった」
と言うとテレンスの父親は
「一時的な気持とはいえ人に迷惑をかけた以上はきちんと謝らないといけないからね。それにAIが人間より下等だなんて私はこの子にそんな風に教えたことはなかったのでそんなふうにAIを見下していたのは情けなく思います」
と言いました。
「そんな今さら,こいつだってすっかり忘れてたのにお気になさらず」
と中佐は言いましたがテレンスの父親は
「いいえ,自分の間違いを認めてきちんと謝るのはこの子の将来まっとうな大人になるために大切な事なのです。学校の勉強や絵が上手に描ける事より大切な事ですから」
ときっぱりと言いました。
「はぁそうですか」
あまり礼儀やしつけについて無関心な中佐は不思議そうな顔をしていましたがケビンは感心した様子でした。
父親はさらに
「私は仕事で数百人の部下を抱える立場にあります。彼らが不祥事や背任をするようなことがないようと常に指導をしているのですがまさか我が子がこんなことでは…と恥ずかしい限りです」
と言ったのでケビンは国内のF22の飛行隊を統括する司令官であり第一戦闘航空団の総司令官のはずの中佐を見て
「中佐,今の言葉ききました?」
というと中佐は
「子供は知らないことが多いから人様に迷惑かけたりうっかり失礼な事をするのはしょうがねぇだろ。大事なのはそのときにちゃんと自分が間違っている事に気付いたり何かを学んで一つ賢くなる事だ」
と頭をかいていいました。
「たっくんどうするの?」
とB2君が聞きました。
「何が?」
とたっくんは意味が分からないようです。
「絵を破った事許してあげるの?」
「許すも何ももう代わりの絵,こないだ描いちゃったから別にいいよ」
とたっくんはあまり気にしていないようでしたがその場にいた全員は呆れたもののやっぱりたっくんらしいと思ったのです。
その翌日,市民センターには新しく描かれたたっくんの絵が張り出されました。
それはハンガーの居間でこたつでビールを飲んでいる中佐と寝転がって携帯ゲーム機で遊んでいるたっくん,疲れ切ってこたつに突っ伏してめがねをかけたまま寝ているケビンの絵でした。
「こーらー!なんで前の絵と同じの描かなかったの?」
とケビンは怒りましたがたっくんは
「だって前の絵は俺がそのとき見た通りに描いたんだよ。今回のだってそうだよ。何もちがわない!」
と言い返しました。
「まぁこれが『俺達家族』の分相応の姿ってやつだな」
と中佐は笑いました。
<おわり>