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ラブレターズ  作者: ニシザキ
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06

   国吉轍・3


 桜が満開になる頃、蒼が会おうとメッセージをよこした。買いに行こう、とは言っていないので、暖かくなってきたしいつもの広場で話そうということになった。

 春の訪れで街は賑わっている。子どもから老人まで、まるで日に当たるのが幸福だと言わんばかりの人出だった。スイーツを持ち寄っていたベンチは先客に奪われ、俺はその近くのカフェ前で蒼を待つ。

 蒼はいつものように一人で現れた。髪を切ったのかさっぱりした頭で、カジュアルなシャツの襟足が開いていたが寒そうではなかった。

「轍さん、えーと、この前はごちそうさまでした」

 ベンチが埋まっていたので、公園内にある別のカフェテリアに入る。そこで、改めて蒼はメロンサンドのことを切り出した。

 礼儀正しく下がる頭に、俺は咳払いをする。こう素直に礼をされると、次のことが言い出しにくい。

「蒼、これにサインしてくれ」

 鞄の中から紙を取り出すと、蒼はぽかんと口を開ける。

 久しぶりに自宅のパソコンで作ったのは、念書だった。横で見ていた慧一に「中坊にそれはきついわー」と嘆かれた。

 しかし、日々果と俺の関係を拡散されるわけにはいかない。自意識過剰と言われても構わない。それだけで日々果のイメージを守れるのならば、蒼におかしく思われる覚悟はしていた。

「ああ、なるほど」

 念書を読みながら、蒼はホッとしたようにため息を吐く。

「おれは言わないけど、これで轍さんが安心するなら書くよ」

 大人な対応をされてしまった。蒼は俺が用意したペンを手にして、念書の一番下に『白砂蒼(しらさごあおい)』と署名した。

 それを俺が鞄にしまうと、今度は蒼が雑誌をテーブルに出した。丁寧に付箋が貼られたページを開いて、俺に見せる。渡されたページには一面ピアノコンクールの記事が載っている。音楽に疎くてよくわからないが、どうやら大きなコンクールらしく、そのグランプリとして紹介されていたのは、蒼とともに日々果に来た少年だった。

 見つけたのは偶然だった。夕方に補充するサンドが完成し、店内の様子をそっと観察しようと思って覗いたら、そこに二人がいた。喉から心臓が飛び出るかと思った。隣にいる少年が例の奴だということは直感でわかった。気づいたら正体がバレることも忘れて、慧一に内線をかけていた。

 雑誌の中の少年――与田煌太郎(よだこうたろう)は、ちっともぼんやりしていなかった。真剣な顔でグランドピアノに向かっている姿は、日々果で見た姿と別人のようだ。

「行っちゃった、煌」

「……そうか」

 朗らかな口調だったが、蒼の視線はテーブルに落ちる。

「伝えたのか?」

 訊くと、蒼はコーラをストローで吸いながら「うーん」と曖昧な返事をする。

「はっきりとは言えなかったんだけど、一緒にいて楽しかったし、これからもずっと応援してるし、ずっと好きだって言ったよ」

「結構はっきり言ってないか」

「そう?」

 蒼は飄々と眉を上げる。俺が中学生だったら、好きな相手にそんなことを言えただろうか。フルーツサンドを作っては持っていく日々がせいぜいだった。

「煌太郎くんは?」

 続きを催促すると、蒼が背中を丸めた。照れている証拠だ。

「んー、たくさん手紙とかメッセージとか書けって。おれのことたくさん書いて送ってくれって」

 口元が幸せそうにゆるんでいる。蒼はそれを隠そうとして、コーラを飲み干した。

「ありがとう、轍さん」

「俺はなにもしてない」

「フルーツサンド食べた日、あの日は卒業式で、煌と最後に会う日だったんだ。だから、背中押してもらったっていうか……ありがと」

 俺がしたことは慧一に頼んでメロンサンドを出したくらいなのに、蒼の大きな瞳は信頼を寄せるように俺を見つめていた。

「ところで、店員のお兄さんって、前に轍さんと一緒に並んでなかった?」

 友達? 友達以上?

 蒼が目を輝かせて、小型犬のように身を乗り出す。

 慧一を連れていったら身元がバレるという懸念が正しかったことを、俺はその時知った。


 春休みの日々果は、それはそれは忙しかった。

 イートインはもちろん、近くの公園や川沿いで食べるからという来客が後を絶たない。お花見のおともとして大量に購入する客もいた。バイトの濱くんと調理場に引きこもり、機械になったようにフルーツサンドを作り続ける。店内に出るわけにはいかないから、補充は濱くんに任せて短い休憩でおにぎりを口に放りこんだ。

 休憩室に、手紙が置かれている。淡い色が滲んだ封筒と便箋は、慧一がもらったラブレターだ。

 モチベーションアップに、慧一はラブレターを休憩室に置いていた。こんな風に喜んでくれる人がいる、というのはいい刺激だと。

 俺も読んだ。今日みたいに黙々と作業する日に読み返すと、荒んでいた気持ちがどんどん和らいでいく。

『皆で美味しい美味しいと頬張ると、とても幸せになりました』

 自分の歩みが間違っていないと、そう肯定された気分になる。


 慌ただしいうちに閉店し、片づけをして軽い夕食をとる。

 年度末の経理や夏への打ち合わせが重なり、慧一は休憩室のテーブルに突っ伏していた。経営もさることながら、店長としてトラブルやクレームを未然に防ぐことは並大抵の精神力ではできない。人前に出ることが好きとはいえ、毎日消耗しているのは明らかだった。

「慧一、初夏のサンド、改良してみた」

 つむじをトントン叩くと、スイッチが入ったように慧一は背を起こす。瞼が眠たげに落ちていた。

「入るか?」

「入る入る、最近いくら食べても腹空くから」

 慧一はなんだかんだナルシストだから体型や身だしなみに気を遣う。だからか、この発言は危険なにおいがした。

 初夏のサンドは蒼たちに出したメロンサンドに加え、春から続投のイチゴ、夏まで販売するマンゴーとモモだった。慧一は頬袋にサンドを詰めこみ、小動物のように噛みしめている。

「少し休むか? 濱くんたちなら任せても大丈夫だし」

 共同経営ではあるが、慧一に頼んでいた俺にも責任がある。取材は仕方ないとはいえ、デザインや内装はわからないからと投げていたことを反省した。

 ゴールデンウィークにはさらなる客数が押し寄せるだろう。その前にリフレッシュして疲れを癒す方がいい。

「いや、これでも経営者ですからね!」

 慧一は頬の食べものを飲みこむと、大口で笑う。

「でも、次の段階に入る頃だと思う。轍だって一人で作るの大変だろ。品質のことはわかるから、どうすれば維持できるか考えてかなきゃな」

「ああ」

 おいしいフルーツサンドを作れれば、それでいいと思っていた。それを喜んでくれるだけで、満足だった。しかし、勝手に輪は広がり、自分がコントロールできないところまで運んでいってしまう。想像していなかった。けれど、想像できないものではなかった。

 ただ、ずっと変わらないのは、目の前のこの顔を変えたいという欲だ。

 ぺろりと唇を舐める慧一に、気持ちが高揚する。

「うん、やっぱ轍のサンドはうまい」

 言葉にしないといけないと思いつつ、うまく言葉にならない気持ちがたくさんある。

 持ち上がった頬に手を伸ばすと、慧一の方から顔を寄せた。

 いつも探している。この顔を輝かせる言葉を探して、その代わりにいつもフルーツサンドを送った。

「な、うまいだろ」

 唇を離した慧一は、まるで自分のことのように自慢げに笑った。

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