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ラブレターズ  作者: ニシザキ
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04

   国吉轍・2


「轍さーん!」

 午後十一時半。三月に入り、日の光が段違いに暖かくなった。

 薄いコートが多くなってきた駅前、人混みの向こうに(あおい)を見つける。

 パティスリー510で出会った少年――蒼は中学三年生だった。卒業までほとんど授業がないらしく、平日も限定スイーツを買いに出てくる。水曜日にも関わらず、パーカーとジーンズで街にいた。

「買えたよ、こっち! キャラメルとモカと両方!」

「こっちもだ」

 俺と蒼はスイーツの入った箱を持ち寄り、広場のベンチに陣取った。蒼に荷物番を頼み、俺は近くのカフェで飲み物を買う。

 アドレスを交換した時、お互いに轍と蒼と名乗った。本名かはわからないし、本名じゃなくていいと思う。SNSのアカウントもネット用なのか、アイコンは猫のキャラクターだった。正直、安心した。中学三年生という年齢にはさすがに動揺したが。

 個人的なことはほとんど訊いていない。蒼も、俺について根掘り葉掘り訊かなかった。ただ「平日休みって、どんな仕事してるんですか?」と質問されたので「製造業だ」とだけ言っておいた。間違ってはいない。

 分担して購入したスイーツは、きっちり支払うのが約束だった。その代わり、落ち合った時の飲み物や食べ物は俺が出した。蒼は自分の分を払うと申し出たが、そこは大人の意地で却下した。

 慧一を巻き込んでもよかったが、大人二人に未成年一人という構図が好ましくなかった。それに、スイーツに詳しい蒼が慧一の顔を知らないとは限らない。日々果の顔である慧一から俺の正体がバレるのはよくない。そんなわけで、最近のスイーツ巡りは一人で出てきている。やましいことは何もないのに、秘密を抱えているようで胸の中が重い。

 今日は汗ばむほどの陽気だったので、アイスカフェラテを頼んで、二人の成果を確認した。俺が買ってきたのはシナモンロール。蒼が買ってきたのはエクレアだった。

「おおー、いいにおい」

 蒼は自分の分の二つを覗きこみ、肺いっぱいに息を吸う。

 俺と同じ二人分、蒼は頼んでいた。

「蒼のは家族の分か?」

 合流して食べる用に買ったカレーパンを渡して訊くと、蒼は小さく首を振る。

「友達に甘いものが大好きな奴がいて、そいつにあげてるんだ」

 表情と口ぶりから男友達だろうと推測する。高校生の自分と慧一を連想させた。

「一緒に並ばないのか?」

 当然浮かぶ疑問を返すと、蒼は「うん」と晴れた空を見つめる。

「前は一緒に買いに行ってたけど、海外に行くから準備が忙しいらしくて。ピアノの練習もあるし」

 海外。ピアノ。

 突然の単語に瞬くものの、それを線で繋げることは容易かった。中学三年生、卒業をひかえた時期。顔も名前も知らない蒼の友達を想像する。

 これは別れなんだろうか。俺はもっちりしたカレーパンを頬張りながら、考える。俺にも中学校時代の友達はいる。もうほとんど連絡を取り合っていないが、たまにある同窓会の知らせはきた。今はメールもSNSもあるから、勝手に悲観しては失礼だろうか。

 蒼はぼんやりとカレーパンを食んでいる。ちら、とその大きな目が俺を捉えた。

「轍さん、変なこと言っていい?」

 読めない怖さを感じつつも、俺は大きく頷く。

「ああ」

 目が泳いだのは、蒼の方だった。恥ずかしそうに、背中が丸まっていく。

「轍さんは、その、学生時代、好きな相手にどうやって気持ち、伝えてた?」

 小さな早口に、俺は雲を見上げる。カレーパンを齧り、奥歯で噛みしめた。

 質問をおおらかに許諾したことを、後悔した。そして、申し訳なくなった。蒼に自信いっぱい伝えられるほどの経験がないからだ。

 幼稚園、小学校、中学校と、俺は恋愛のれの字も知らない子どもだった。ただ、甘い菓子と少年漫画と野球が好きだった。幼稚園の先生に憧れたことはあったが、それを初恋と言えるほどの記憶はない。女子も男子も友達だった。中学校にあがり、友達に好きな女子ができた時は、いつか自分もそうなるんだろうくらいに思った。女子に恋慕も性欲もちっともわかなかったが。

 はっきり恋だと思ったのは、慧一が最初だった。それが今まで続いている。

 恋愛の経験が乏しく、それは異性ではなく一人の同性に向いたものだ。

 蒼は俺を大人の男として相談したのだろうが、俺は的確なアドバイスができる人間ではない。かといって、嘘八百を並べるわけにもいかない。

「……スイーツを作って渡してたな」

「え、餌づけ!?」

 苦々しく回答を口にした俺に、蒼はぶはっとふきだして笑う。

 失礼な、と思ったが、実際はそれに近いかもしれない。フルーツサンドで結ばれた縁だ。

「そうしてコミュニケーションをとっているうちに、というか」

「あー……なるほど。やっぱそっか」

 補足すると、蒼は小さくなったカレーパンを口に放りこむ。

 そもそも、どうしてこんな話になった?

 俺は会話を遡っていく。そこで、小さな引っかかりを感じた。

 口に出していいものか、と俺は蒼の横顔を凝視する。カレーパンを食べ終わった蒼は、油がついた唇を拭うと視線を感じて俺を見上げた。

 そこに何かをおぼえたわけではない。ただ、呆けた蒼の顔を見て、口にしてもいいかもしれない、と根拠なく思った。

「好きなのか」

 それでも臆病風が吹いて、咄嗟に主語をぼかしてしまった。

 蒼はわずかに瞠目して、視線を逸らして、また視線を戻して、にへらと笑った。

「うん」

 途端に様々な思いが去来する。そもそも、その友達の性別すらわからないのに、勝手に決めつけてはいけない。しかし、どうあれ蒼はそいつのことが好きなのだ。いや――

 そんな気持ちを整理する前に、言葉が出ていた。

「気持ちは伝えるのか?」

 海外に行く前に。自分のことのように胸が苦しくなる。

 蒼は微笑みながら、カップを持つ自分の指を見下ろした。

「うーん……そうしたいけど、でも連絡とりづらくなるのもヤだし。あ、でも、バレンタインはあげたよ」

「どうだった!?」

「いや、匿名で……怖いし」

 俺の勢いに、蒼は体を引く。我が事のように熱くなってしまって、少し恥ずかしい。

 バレンタインを渡したのであれば、相手は男友達と見ていいだろう。

「でも、食べたみたい。ピエール・マルコリーニやったから。アレは食べると思ってた、高級品好きだから」

 ガッツポーズをする蒼は、すぐに肩を落とす。すがる目がこちらを向いた。

 俺は自分が逃げ腰になるのを感じた。

 蒼がどんな考えでこの話をしたのか、俺には難しい問題だ。ただ年上の人間に相談したかったのか、それとも俺が同性愛に理解を示してくれそうだから言ったのか、それとも反対に否定してほしかったのか。

「轍さーん、どうしよう……」

 それは、俺の方が訊きたいことだった。

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