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ラブレターズ  作者: ニシザキ
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01

   城慧一(きずきけいいち)・1


「なあ、(てつ)。オレ、ラブレターもらった」

 閉店作業の後、休憩室から調理場の轍に振り返ると、オレはおもむろに口を開いた。

 床にモップをかけていた轍の腕が止まる。

「マジですか!?」

 帰る支度をしていたバイトの濱が色めきたつ。同じくバイトの茅野(かやの)ちゃんは、へえ、とクールな反応だった。

 黒髪のつむじを見ながら、オレはにやにやと次の反応を待った。バイトの二人がいる手前、どんな顔をするだろう。

 轍が固まったまま、二秒、三秒と時間が流れていく。

 少し可哀想になって、オレはわざと大きな笑い声をあげた。

「なあに、上品な老婦人だよ。お茶会仲間に持って行ったら評判だったんだと。そのお礼だよ」

 ほれ、と淡い絵の具が滲んだ優雅な便箋を掲げる。

 やっと顔を上げた轍は、無表情を装っていた。内心がバレバレなのが可愛いが、変にプライドが高いので言わない。

「なんだ、ボクはてっきり女子中学生かと思いました」

「私は主婦かと」

 濱と茅野ちゃんが好き勝手な想像を吐き出す中、轍はオレから便箋を受け取ると、流線を描く文字を噛みしめるように読んでいた。

 『日々果』で買ったフルーツサンドを老人会のお茶会仲間に振る舞ったら、みな美味しいと言ってあっという間になくなったこと。老婦人はオレたちを喜ばせる事柄を、簡潔すぎず誇張しすぎず、朗らかにしたためていた。

 それを目で追いながら、轍のうすい唇が綻ぶのがわかる。これは轍に対してのラブレターでもある。

「まあ、いつもオレに会えて嬉しいって書いてあったけど!」

 胸を張るオレに、濱たちが呆れる。客から賛辞を受けるのは事実なわけだから、謙遜をする必要はない。轍と二人で始めたフルーツサンド屋『日々果』。オレの容姿は絶対、日々果の売り上げに貢献している。

国吉(くによし)さんも店番に出たら評判になると思うけど」

 低温な声を、茅野ちゃんが轍に向けた。そうなんだよ、とは轍がいるから言いづらい。本音を述べる気恥ずかしさが問題なのではなくて、いつまでも平行線な議論が面倒なのだ。

「別の意味でな」

 沈痛な面持ちで轍が呟く。

「俺が店に出たら、みんながっかりする」

 強面で長身の轍は、オレが出会った高校の頃から自分の外見にコンプレックスを持っていた。甘いもの好きで調理部であることを周囲が知れば落胆する。お菓子が好きな人間が自分を見たら怖がる。些細な視線や表情の機微、それらを全てと思って、轍は自身の姿を罪と感じている。考えすぎだとオレが宥めても、長い間の習慣になった思考はそう簡単に変えられない。

 轍は自分の存在をひた隠しにしながら、調理場でフルーツサンドをつくっている。店内には調理師として出てこない。どうしてもという時は、宅配業者の変装をした。取材も徹底して断っていたが、最近は轍が表に出ないことを条件に受け始めている。

「俺はおいしいフルーツサンドをつくれれば、それでいい」

 頑なに首を振る轍の横で、オレや茅野ちゃんはやれやれと肩を竦める。

 いきなり引っぱりだすのは大変だろう。少しずつ、複雑に絡まった根を解いていけたらいい。

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