仮説提唱の節
「委員長がエロい言葉しか喋れなくなって、なぜかエロ坂だけがそれを解読出来るんだって?」
「な、な、な、な、なんだそりゃ。そ、そ、そんなはずないだろう!」
階段の上の踊り場に大股で腰に片手を腰に当ててふんぞり返っている。メガネ女子のサツキさんだ。
登校カバンを背負ってないと言うことは、朝イチに来てここで俺を待ち構えていたと言うことか。
彼女は高校に入ってイメージチェンジをはかろうとしたが髪を染めたのはいいものの目が小さくてコンタクトがどうしても合わなかったらしくやっぱり牛乳瓶の底みたいな極厚レンズの奴を付けてる、どこか子分っぽい性格の女の子だ。
イメチェンのさなか幼馴染が多い高校だった故、生暖かい目で応援されていた。
「私は確かに聞いたのよ。昨日電車の駅の階段で」
「なんかめんどくさい奴出てきたなあ」
常日頃から練習を欠かさない動揺するフリはもうやめてサツキをあしらう。成績はともあれ演技力では委員長に決して負けない。
「別にどうしてもって言う秘密じゃないからな、でもあんまり広めないでやってくれよ。あいつかわいそうだろ」
「マジなの?」
「言ってやるな」
背伸びしたい盛りで自分本来の姿もあやふやな高校生くらいの相手にはこういう大人の対応が結構効くものだ。
首を突っ込んで来ることもないだろう。
始業のチャイムを背景音に、俺はサツキの横を通り過ぎ、視線も送らず後にした。
新キャラを出してマンネリズム回避なんて手垢のついた手法を踏襲してる暇はないのだ。
委員長の目的は早急なる原因追求とその解決。
かわいいしこのままでいいのにと思ってる部分も俺にはちょっとあるのだが。
時間は飛んで放課後の体育倉庫。マットの上に腰掛けた俺は、跳び箱に座った委員長に考えたいくつかの仮説を語る事にした。
バスケットボールに座ってゴロゴロしながらサツキが「ウシシシ」と笑ってる。
「なあなあ委員長は今日は喋んないの?」
「見世物じゃあねーんだぞ。
野明さんも、サツキくらいなら別にバレていいわっていうから呼んでやったんだ。迷惑なら帰ってもらうぞ」
イメージチェンジ失敗の残念女サツキは実はメンタルの弱い方だ。そんな風に言われただけでえっ、えっ、と挙動不審になっている。
くらいならとか勝手に付け加えたのは俺なのだが。
高校生女子の微妙な上下関係が垣間見えそうなパワハラ。ちょっとこいつ本当に帰って欲しいし。
「膣!」
「ごめん」
怒られてしまった。
「え、今なんて?」
サツキはばっちり聞き逃していた。
「いや野明さんが、そんなこと言ってません、ってさ。ちょっと俺が意地悪で言っただけ、ごめんね」
「マジか! いまの一瞬だけでマジでか!!」
サツキの挙動も不審どころではなくなっている。
「何であれでわかるんだよエロ坂あんたら」
「ていうかサツキさんやっぱり興味本位なんじゃないの? クラスメイトの非常時に何か自分に出来ることがあれば、なんて殊勝なこと言ってたから呼んであげたのに、面白がってるダケじゃないの」
「違いますわよ、ほらあの日見たあのマンガも若い身空の兄妹2人だけで理想郷を作ろうとして補給物資の調達に失敗する話でしたでしょう? つまり孤立はやめましょうよ」
苦しくなると口調がついお嬢様風になる、というキャラクターを演じようとしてサツキは見事に失敗している。
「まあいいや話戻すけど仮説ね」
俺はざっくり調べて思いついたやつを一個ずつあげていった。
・ADHD発症説
+なんか似た症状があるっぽい。
-この歳で急に発症するのか不明
診断基準と対処の載っているdsm-5とかいう医学書、それを図書館で取り寄せるためにさっき書類書いてきた
当たりなら通院かな
・トラウマ説
+ありがち
-根拠なし
号泣したアニメ、その原作者が書いた別の小説を読んだら想像を絶するいやらしさだった、それを幼児体験としてもっており、それがふと出てきた
・委員長実はロボ子説
+なんかかっこいい
-S少なからずF不思議。ありえん
グーグルがプログラムした生真面目ロボ子ちゃんだった野明、それが心ないハッカーのいたずらやレイシストのせいであたかもアフリカ系人種のかたをゴリラと呼ぶかのようにバグってしまった
・忍者洗脳説
+今年は伊賀だったか甲賀だったかが設立何百何十周年だった気がする
-犯行動機があいまい
白装束で滝行をした忍者がなんらかの方法で野明を洗脳。委員長の立場にいながらすでに操り人形とされている
「セクシャルマリオネットっ!」
委員長は額に手を当てて衝撃を受けたように振舞う。
「そこまでは言ってねーよ」
「エロ坂、あんたこそふざけとるでしょ」
「いや他にもいろいろ考えたんだけどな、世紀末覇王仮説、ゾンビアポカリプス説、翻訳してくれるコンニャク説」
「語呂がいいからって覇王のやつだけ仮を付けないでくれる!? ていうか世紀末って何年後よ!」
「性器魔っ!」
「あんたもうるさい!」
あ、この子けっこういい子だ。
ふとそんな事を思った。