法則拡張の巻
保健室、目の前にはエロい言葉しか喋れなくなった委員長の野明がいる。
ちょっといい雰囲気な気がしないでもない。
俺は現状での疑問点を俎上に載せてみた。
「少し考えたんだけど、それって直球じゃないとダメなのかな?」
きょとんとした表情の委員長。
「ホッテントットのヒマラヤ攻め?」
「それどういう事? って聞きたいんだね」
この技は彼女の貸してくれた本で筒井康隆先生の短編に出てきた奴だ。それ以外ではググってもないからオリジナルなんだろうなんかごめんなさい。実は野明さんはエロ坂にはまだ早いかもとか言いながらそんな本も貸してくれていたのだ。
「ええと、つまり、本来なら全然エッチじゃない言葉でも、そのニュアンスによってはすごいいやらしかったりする言葉あるでしょ」
「乳頭?」
「というと? って? うん、段々使い方が上達してきてるのかな。
うん例えばさっきのメモのロの右上に書いてたやつ。
そういうこと、の代わりに言う言葉の、口の前のと同じの。
あれなんかは前後がなければ普通の言葉でもあるわけじゃない。
ETCカードの機械が喋ってるの聞いたことない?」
「本気汁!」
「でしょ。あとは逆に、おこめ券とかヤヌスの鏡とか、普通なハズなのに危ない言葉はダメなのか、とか」
と、そこまで話したところ午後の授業の予鈴が鳴った。
「あとは同音異義語はどう? 写生大会とか大衆浴場とか。
まあ、俺もいろいろ考えておくから、そのあたりをちょっと試してみてよ。
そうだ、よかったら今日は久しぶりに一緒に帰ろうか? 家に帰る前に対策とかしといた方がいいでしょ」
「団地妻」
仕方ないわね、という意味だろう。
「じゃあ俺は授業行くから、放課後ね」
「放置プレイ」
「ごめんて。じゃあ後でね」
ジト目で見る委員長を後目に保健室を出る。
2、3歩進んだ所でふと思いついて、戻って
「あ、蛍子さんにも相談するっていうのは?」
「スカルファック!」
「絶対いやなんだね」
委員長には似合わないけどパンクロッカーにでもなれば、こんな状態でも別に生きていけそうだなと思った。
一生短そうだけど。太く短く。
待て待て、もっと大事なことがある。
ちょっと楽しいのであまり追求しなかったがそもそもの原因は何なのか、とかだ。
少し遅刻して教室に着いてノートを広げ、授業なんて聞かずに問題点をまとめた。
言葉にはてにをはというのがあるが、さっきは体位の名称というような、固有名詞に含まれているものを除いて出てこなかった。
動詞は性的な言葉+するという使い方で出て来た。
かと思えば形容詞のエロいは細かい文字で書かなければいけなかった。この辺に法則性はあるのか。
あ、メールなんて出来るのかな、どうなんだろう。
と気付いて机の下でメッセージを送ってみる。
保健室にスマホ持って行ってるだろうか。
大丈夫、返信がきた。
『前立腺マッサージ』
大丈夫じゃなかった、こんなメッセージ他人に見せられない。じゃあコピペは?
文章をコピーして貼り付ける作業なら出来るんじゃないの?
と聞くと、既読のままなかなか返信が帰ってこない。
正直、全く普通語会話が無理っていうのは辛いんだが。
スマホを触っていて思い出したのだが、委員長の発言。どこで覚えた言葉なんだろうか。
青春文通手紙の一瞬だけ見た文字列はわかりやすい。あれは友達の辞書を借りた時に赤ペンで印を入れておくべき単語集だ。
生真面目な委員長の性格的によく分かる。
でも口で喋っていたのはそこまでカタい言葉じゃなかった。
一体あれはどこで得た情報なのか。
あんなものは普段、でもたしかに目にする。
そうあれは、動画広告などで見たくなくても見させられる類いの文言だ。
まとめサイトなんかで調べものをしていて不意に出てくるあいつだ。
そんなつもりもないのに警告もなく出てくるアレはテロにも等しい。
何で、18禁の広告が堂々と警告もなく出てくるんだよ。
せめてもの保険で事前にR15ですとくらいは書くべきだろうが。
家族や友達が近くにいる時に、急に出てきた時の気まずさは半端ではない。
エロ坂と呼ばれる男であっても不意打ちは好みではない。見たい時にじっくりと見たい派なのだ。
委員長はきっと広告ブロックなどを使わず逐一見たそれを、持ち前の記憶力で無駄に沢山覚えてしまったのだろう。
原因なんかはきっと心の内面に踏み込まなきゃいけないので、単なる幼馴染の高校生なんかには手に余る。心理的な問題なら本職のカウンセラーを頼るべきだし、その方が早い。どうせ受験のストレスとか言われて薬もらえるくらいだろうけど。
せいぜい相談をふんふんと聞いてあげるだけ、友達に出来ることって意外と少ないのだ。
なかなか来なかった返信がやっと届いた。
『できた。うれしい、ありがとでもエッチなサイトからひと文字ずつコピーしないとうてない遅漏』
最後の二文字、これは罵倒ではなく『だから遅くなっちゃうごめんなさい』を濃縮したものだろう。ここだけ手打ちだな。
放課後メクド行くぞ
と送信した。
授業が終わるとついでに委員長のカバンを持って保健室、それから一緒に駅前のメクデアノズというハンバーガーショップに向かった。
注文は指差しでクリア。
コーラとオレンジジュース。それから俺はビッグメックのセットを頼む。休憩時間にずっとエッチな相談を受けてたからお昼は午後の授業中に菓子パン齧っただけでお腹が空いている。
この半日に酷使された脳細胞に栄養を送り込みながら、
「一つ聞くけど、野明さん初めてじゃないね?」