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無涯な滲みの傀儡

 とある有名俳優が殺されたというニュースがあった。

 ある者は悲しみ、またある者は義憤に燃えて。

 SNSのトレンド入りなどは本当にあっという間に果たしてしまった。


 テレビ番組は、連日この事件についての討論会のようなものを開く。

 新聞記者は、この事件についての更なる情報を求めて走り回る。


 そうして、1ヶ月も経てばすっかり騒ぎは落ち着く。

 普通の日常は返ってくる。


 その事件の犯人は男であった。これは目撃証言によるものである。


 その事件の犯人の顔が分かった。これも目撃証言によるものである。


 その事件の犯人の名前が分かった。顔が分かっているので、これもすぐに分かる。


 その事件の犯人の卒業アルバムが公開された。テレビ番組はこういうことをするのが好きである。


 その事件の犯人の住所が分かった。顔と名前が一致すれば、朝飯前に見つけてしまうような人がいる。


 そうして、犯人の家族は迫害を受ける。「○○事件の犯人の家族だ」というだけで。

 『○○事件の犯人の家族』 これが、つい昨日までは幸せであった家庭の一員に貼り付けられるレッテルである。


 これは罰なのか?  彼らは思う。

 何の罪がある?  彼女らは思う。


 彼らは何もしていない。

 彼女らは生きていただけだ。


『社会』は彼らを許さない。

『世間』は彼女らを許さない。


 では犯人はどうしているのか?


 たかが殺人犯である。刑務所に入れられ、懲役を科せられる。ものの10年。精々20年で出所だ。


 ではその後は?


『何もない』のである。


 罪は懲役刑という形で贖われた。


 罪と罰。罪にはそれ相応の罰が。


 罰を受けた者の罪は咎められるものではない。それは誰もが自明であると思うことであろう。


 ではその家族は?


 何もしていない、生きているだけであった家族は、無実であるにも関わらず、罰を与えられた哀れな者たちは……犯人が『罪を贖った』後、一体どうなっているか。


 こちらは悲惨である。家の屋根にはでかでかと『この家の息子は殺人犯だ!』『一生罪を償え!』などと書いてある。


 窓ガラスがあると面白がって石を投げられるので、窓は無い。


 いたずら電話がかかってこない日は無く、ある日母親が発狂して電話線を切ってしまって以来繋がらない。


 町内の集まりがあれば必ず除け者にされるし、レクリエーションの誘いも来ない。回覧板もなぜかここだけ回ってこない。


 商店街に行けば、店主は露骨に嫌な顔をするか店を畳んでしまう。



 こんな惨状を引き起こしたのは誰なのか。むごたらしいことをするものだ。


 犯人捜しをする訳ではないが、あえて犯人を挙げるとするなら、それは『社会』である。『世間』である。


 また、それは取りも直さず義憤に駆られた者たちであり、それは『社会』であり、『世間』である。


 義憤に駆られるのはいい。ここまでなら誰にも迷惑は掛からない。


 それを他人に話すのもまだ許される範囲であろう。思想の自由は当然保障されるべきものだ。


 問題は、その義憤を読む者たちである。

 問題は、一般大衆が「空気を読む」ことである。


 その結果、空気を読んだ一般人が起こすのは、なあなあの状態で行われる『制裁』である。


 これの恐ろしいのは、行動原理である義憤すらも彼らには無いところに他ならない。


 この性質のおかげで、事件の話題が出なくなっても、事件が忘れ去られても、『制裁』だけは残り続ける。



 ところで、その1年後のこと。


 一人の男が、殺人罪、建造物損壊罪、放火罪で起訴された。


 その男が火を放った家は、ほとんどの人が忘れ去っていた事件の犯人の家であったそうである。


 男は、「やっぱりあの人を殺した犯人は許せない。みんなもそう思ってるはずなのに全然あいつに制裁を加えない。

 だから俺が代表なんだ!俺が代表してあいつに罰を与えたんだ!」

 と供述した。


 犯人は生きている。犯人の家族は全員焼け死んだ。




“義憤は罪なりや?存在は罪なりや?”

“死は罰なりや?咎人はいずこ”

図星な人、いるんじゃないですか?

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