第十三話
ある晴れた日曜日のことである。琴音は、一度麻理恵に会いなさいと言われ、母と一緒に藤沢の家へ向かった。
母は伯父に会うため二階へ上がり、琴音は一人で静かにリビングの扉を開いた。
一人の若い女がテーブルの前に座っていたが、最初別人に見えた。体つきといい、顔の表情といい、佇まいといい、以前の麻理恵とはかなり異なっている。強烈なストレスは風貌すらも変えてしまうのかと琴音は怖ろしくなった。普段は無気力に陥っているが、自分より弱っている様子の麻理恵の前では力を振り絞り、そっっと名前を呼んだ。
麻理恵は入院患者のような、穏やかで悲しげな目をしていた。
「来たの」
「会いに来たんだ。元気……じゃなさそうだね」
やや沈黙があった。麻理恵はかじかんだ指をほぐすようにひとしきり唇を動かしてから話し出した。ずっとうつむいていた。
「寿馬ね、結婚できる歳になったら籍入れるって言ってたんだ。高校も寿馬の家に近いところにしようって、勉強つきっきりで教えるからって……。そう、ちゃんとパパとママに話をして同棲しようって。あの日は帰ることにしたけど、寿馬は同棲の準備を始めて、ウチは学校へ通うって、約束したの。塾は辞めさせられたけど、他の仕事に就くから大丈夫って」
琴音は瞼に力を込めて聞いていた。
「でも、メッセージ返ってこなくなった。いつまでも既読がつかない。忙しいって言ってたけど、何週間も一度も通知見られないなんてある? 電話も全然出ないし、連絡つかなくて話ができない」
麻理恵の目から涙が落ちた。みるみる顔が赤くなり、鼻の穴が広がって、ティッシュで涙を拭い始めた。
「ウチ、捨てられたのかな? こんなのおかしいよね?」
先生は非情にも捨てたのに違いないと琴音は思ったが、口には出せなかった。麻理恵は細かい涙を一つ一つ落としていた。
「……ひどいことになっているね」
「こんなの有り得ないよ、有り得ない」
麻理恵は泣き続けた。琴音は麻理恵の顔を見られなかった。
しかし、しばらく泣いてから、麻理恵は一旦静かになった。そのとき琴音は従妹の目に怖ろしい眼差しを見た。意外にも視線は自分ではなく机の上あたりに向けられている。琴音は彼女が見ている何かを探した。
一瞬後、麻理恵は突然震えながら、
「琴音、私ね」
と言いかけ、突然大声を上げたかと思うと子どものようにむせび泣き始めた。琴音は豹変した麻理恵を凝視した。
彼らの頭の上では、あの日と変わらず、二人の妖精が延々とシーソー遊びを繰り広げている。
***
「罪から来る報酬は死です。」[新約・ローマ6章23節]※
了
※『新改版新約聖書』(いのちのことば社・二〇〇八年十一月一日)より引用しました。