集落にて
さて、里から少し離れた謎のビルの最奥にある組長室を再び訪れていた。
「来たよー組長ー。」
「ノックをする癖をつけろ。お前をそんな風に育てた覚えはない。」
「そんなにかたいこと言ってると、禿げちゃうぞー?あ、もうハゲかー」
なお、地雷を嬉々として踏み抜いていく来来である。
「来来、俺はお前を甘やかしすぎたようだな」
「うぇ?」
そんな来来に、天罰が下る。
自然光が社長席に鎮座する組長に圧倒的な迫力を与える。
その腕組みをした組長の表情がうまく見えなくて、時雨はごくりと生唾を飲む。
「今後一切、お前をソロとは認めない、次にロンリーオンリーが出た時には強制でそいつと組ませる。」
初めて聞く言葉である。
「なんです?そのいじめみたいな響きのワードは。」
「ロンリーオンリーはな、後輩くん。ペアを組むことが必須のこの里で、ペアを作れない状況にあるいわゆるぼっちのことだ。」
「いじめですね。」
「一概にそういう訳じゃないぞ。里の人数が偶数だったり、ペアが死んだときとかやむを得ないことも多い。」
「……お前がずっとソロだから里の人口はずっと奇数だろうに。」
「なんてこったい、そりゃ気づかなかったなぁ」
「……。」
「その駄犬を見る目をやめろぅっ!」
「で、ここに呼ばれた本題を教えていただいても?」
来来の猿芝居――――――――犬芝居を二人はガン無視する。
組長はギラリと眼光を光らせて時雨を見据えた。
「嬢ちゃん、すまんが来来を引き取ってくれ。」
「嫌です。」
「おうおう組長、耄碌しちまったか?」
「来来、その首ネジ切ってやろうか。」
「ここの人は揃いも揃って野蛮だよねー、そう思うだろう後輩君よ。」
「組長、なんの罰ゲームですか苦痛です。」
「んー、無視なのかなー?」
「俺は有言実行するやつだ。来来に告げた条件にお前が嵌まった、それだけだ。」
「嵌めたんですね。」
「お前は正式登録を済ませていない。丁度いいところにお前が現れたとも言う。」
時雨は深いため息と共に眉間を揉んだ。
そしてするりと来来の首根っこを掴む。
「わかりました、駄犬の飼い主となることを引き受けましょう。」
「後輩君よ、あくまでペット扱いなわけね。」
ちらりと来来に視線を向けたが、時雨はまた組長を見据える、
組長は満足げに時雨を見定めた、
「よろしい、では暁の鐘の前で宣誓の儀をしろ。そうすれば月夜の輪廻を廻るようになる。いけ。」
「あの、些か説明がたりな…」
「了解でーす。」
「ちょっと!」
時雨は飼い犬にリードを引かれるが如く来来に手を引かれて組長室を去った。
二人が去った組長室で、組長はその厳つい顔をしかめて社長椅子もかくやというせもたれに寄りかかった。
「入っていいぞ。」
「もう、気づいてたんなら早いとこ呼んでくれればよかったのに。」
「こらモモ、天井から入るなんてマナー違反だろ?」
「うー?別に扉から入ったところでマナークリアなわけじゃないでしょう?」
「屁理屈だ、ほらごめんなさいはできるだろ?」
「くみちょーさん、ごめんなさぁい。」
「そのオノロケすっとこどっこい茶番劇は毎回やらなきゃいけないのか?」
組長はうんざりしたように眉間にシワを寄せる。
「様式美ね。これが"戦国"のスタイルよ。」
「全く……どいつもこちつも頭の痛いやつらだ。」
「"最強の異端児"様には負けますわ。」
「どっこいどっこいだろうが、安土もなんとかいえ。」
「うちのモモがすみません。」
「だぁぁ……。」
組長は勢いよく項垂れた。
折角の893っぽさが台無しである。
「で、私達に言いたいことがあるんでしょ?」
見た目から言えば多田のマセガキであるが、モモは立派な大人、安土よりも年上の31歳である。
「これは、来来を元に戻してやれるかもしれん、最後のチャンスだ。」
「そういって前に失敗したから彼は異端児になったんでしょうに。」
「モモ、それはタブーのはずだろ。触れていいものと触れていけないものは区別しろ。」
「小杉のことは縹時雨に漏らすなよ。」
モモはぷくりと頬を膨らませ腕をくんだ。
「……わかった、今回ばかりはそうせざるを得ないもの。」
「よろしい、ならば"戦国"、お前たちにミッションを告げる。」
二人はぴしりと背筋を伸ばし、モモは大型銃の銃口を、安土は大剣の切っ先を床に向けて自身の前に掲げた。
「縹時雨、及び浅葱来来のミッションを妨害せよ。」
それが唯一の、来来を救う手だてである、その意を込めて組長は低く確かに命じる。
「「承知。」」
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