谷底から集落にて
今回はずっと口喧嘩。
「私が倒したんです、この返り血からして私が倒したんです。」
「いいや違うね、俺の手首にだってついてんだ」
首がごとりと落ちたとしても返り血がついていないわけでなかった。
不思議なことに服についていた血は微塵も残っていなかったが、手や顔についたものは残っていた。
つと、少女の腹がなる。
少女は顔を真っ赤にしつつも、視線をそらそうとはしない。
悔しそうなその表情に、少年の顔が愉悦に歪む。
一頻り睨みあった後、男子高校生とおぼしき少年は肺の中の空気を出しきった。
「お前、赤守の所属か?」
「赤守って何です。」
「その偉く反抗的な目を止めたら教えてやる。」
「偉ぶってるのはそちらです、あなたの頭は犬よりもひどいです。」
「かっちーん!?ほぼ初対面で犬以下宣言なわけ?!」
「今時かっちーん何て言う人いるんですね、アップデートできないあなたの頭なんて犬も喰いません。」
「ひどいっ!組長にだってそこまで言われたこと無いのに!」
「組長って……。あなたその年で893なんですか!?」
「はちきゅう……?」
「……口がうまく回りません、これが俗に言う放送規制というやつですか。」
少年はこの人きっと危ない人だと判断した。
「なんの話だっけ。」
「あなたがご飯を奢ってくれると言うところまでです。」
真っ赤な嘘である。
「……そう、だっけ?」
「ええそうです。」
真顔で会話をまっかに染め直していく。
「まあいいか、とりあえずお前は新入生って訳だ。」
「一年半ぶりに言われました、新入生なんて。」
「ゴタゴタ言わずに着いてきな、お兄さんとデートにいこう!」
「誰がお兄さんですか、犬の間違いです。」
「なぁぬぃを言うのかなぁこのおちびちゃんは!」
「身長変わらないじゃないですか!やはりあなたは犬ほどの知能もありません!」
「馬鹿いってんじゃないよバカ!馬鹿馬鹿!」
小学生なのかな。
***
「……以上の理由であなたは駄犬です!か弱い女子高生を捕まえて歩調も合わせられないなんて!」
「だーれがか弱いんだどの口がそんなこと言うんだ!」
「どこからどう見てもかよわいかわいいかっこいいと巷では噂の女子高生です!さてはあなた目が腐っている類いの犬ですね!」
「そんな犬種はない!」
「おいお前ら!」
「何だ?!」「何です!?」
口論しながら互いに向かい合って歩き続けてきた二人は、第三者の野太い声が割り込んできて初めて互いの視線を外した。
目に映ったのは腕組みをしたボディビルダー、頭には捻りはちむきがしてある坊主の男だった。
仁王立ちするその姿は、どうやら背後にある門を守っているようだった。
初めて少女は不安感を覚えた。
全く知らない谷底で目を覚ました上に、片手剣を装備した頭の悪い少年に誘導されて何かの本部に来てしまった。
平凡な女子高生である時雨にとって、この威圧的な男は少し刺激が強かった。
「こ……ここ、どこなんです」
「さぁな俺にもわからん……なわけないだろ、ここはシラゾメの里、正義の罪人の集落だ。…ていうか、もうついたのか」
「今ボソッと言いましたよね?偶々集落につけたからいいものの、迷子一択だった可能性もあるんですよね?……正義の罪人?なんですかそのパワーワードは。」
「とりあえず詳しい話は組長にしてもらおうぜー。腹減ったー。」
「おいおい来来、この嬢ちゃんは誰だ!」
「俺の嫁」
「嘘を吐かない!この駄犬!」
いちいち少年の言葉に突っかかるから、燃費が悪いのだ。
だから少女のおなかはまた鳴るのだ。
羞恥に顔が染められる。
門番の男はため息まじりに少女の肩に手を置いて少年を半目で見つめた。
「来来……そういうプレイはもっと粛々とやってくれよ。」
「粛々とやるそういうプレイって何?!」
「で、異端児のおまえさんにとうとう戦いの伴侶ができたわけか。」
「確かにこいつは俺の運命の相手だが、まだ伴侶ってわけじゃない。」
「ちょっと、なんの話か全くわからないんですが。」
戦いに伴侶なんていてたまるものか、と少女はじとりと少年を見やった。
「とりあえずは先輩と後輩だ。」
「誰があなたの後輩なもんですか、誰が!」
二人のやり取りを見ていた門番は納得したように頷く。
元気有り余る後輩とそれに付き合ってあげる先輩、に、見えないこともないきがする。
「なるほどね。」
「話聞いてらっしゃる?!」
「あいわかった、最終確認だ。赤守の手先じゃないんだな?」
「だからその、赤守ってなんなんです!」
尋ねても答えをもらえない現状に、少女の怒りは頂点に達する。
ちなみに彼女がイライラしているのは一重に空腹のせいである。
「谷底にいたんだ。」
「谷底か、小杉以来じゃねえか?谷底にいたってのは。」
小杉、という言葉に少年の方眉がひくりと動いた。
「ま、そんなことより今は飯だな。嫁がご立腹なもんで。」
「お腹が空いているだけです!というよりあなたの嫁なんかに誰がなるもんですか!」
「じゃあ後輩でいいな?」
「結構です!」
この場合どちらの意味で結構なのだろう。
「お?そういや来来、お前なんで血ぃついてんだ?」
「俺がクマトラを倒したからだ」「私がクマトラを倒したからです」
重なる二人の声。
重なる二人の視線。
「「どの口がそんな嘘八百並べる!?っていうか真似!」」
重ね重ねの口論に、門番の男はあきれのため息をついた。
だがそれと同時に口の端は上がっている。
それはまるで、干ばつの後の恵みの雨を受けたときの、安堵の表情だった――――――。
ずっと口喧嘩しながら前を見ずに目的地に着く、自動運転なのかもしれない。
またのご来店お待ちしております。