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山の中の縹時雨  作者: takonano
第二章 この身が振るうは一対の。
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任務にて

いつもの3倍の長さです。

初ミッションはまとめて書きたかったので3倍の長さです。


草木も眠る丑三つ時。


この表現に、現代人のいったいどれだけがそれを実感しているというのだろう。

時雨はつとそんなことを考えていた。


シラゾメの里から山越え谷越え歩きどうしてはや一日。

時雨と来来は赤守――――――――――敵集団のテリトリーに入っていた。


シラゾメの里も完全に安全というわけではないが、赤守のテリトリーでは完全なる危険状態に晒されているといって過言ではない。

吹きゆく風も生暖かく、ただの森でさえ、侵入者を嘲笑っているようにざわめきつづけている。

そんな中で、どうして草木が眠っているといえるのだろうか。

ここで眠れる奴はきっと野良犬のようにどこででも生きていける、心臓に毛の生えたやつなのだろうと思った。




***




森の端、切り立った崖の下に細いながらも道ができている、いうなれば渓谷の傍まできていた。

底の見えない崖の下をのぞいて、時雨はゴクリと生唾をのんだ。

この下に落ちたら、きっと誰の命であろうと風前の灯である。


「先輩、確かこの下の道を縹手kが通るんですよね?……先輩?」


どうやら、今日時雨が連れてきたのは野良犬であるらしかった。

時雨はため息一つをこぼして、なんとか自分の鼓動に耳を傾けた。


どくり、どくり、どくり。


いつもより大きく、自分が動揺しているのが嫌でも分かった。

なんせこんな、底なしの谷を、命綱もなく覗き込んだのは初めての経験であるのだ。

何とかして、標的が来るまでに――――――――午前4時を迎えるまでに心を落ち着けなければ。


大丈夫、いつだって時雨の剣が心の(よすが)だったのだ、今回だって、柄を握っていれば――――――――。





だが、一向に鼓動は収まらな。

それどころか、ドクドクドクドクと大きく、速くなる一方なのだ。

なぜ、何故。

自分の身に変化があったわけではない。

自分のありようが変わったわけではない。

いつだって、時雨の剣があれば生きてこられた。

いつだって、時雨の剣とともに進んできた。

いつだって、時雨の剣で斬り込んできた。


なぜ、何故、ナゼ―――――――。

そして、はたと気が付いた。


体が変わったわけではない。

ありようが変わったわけでもない。

何も変わっていない。


だが、今までとは決定的に違うことがある。





町のはずれの一軒家、割れたガラス窓と散乱する破片、月の光のささない真っ黒な闇。

ちりばめられたその星が無数に時雨をにらみつける憎悪の視線に見えて、自分の顔を覆った。

ぬるりとした手の感触と鉄臭さ。

手からこぼれた、時雨の剣。

顔を上げると、ぼんやりとした涙の向こうに、小さく横たわる何かが見えた。

白いワンピースのような布にはまばらに広がった深紅の模様が滲むようにして浮かび上がり、そこから延びる四本の棒切れにはいくつもの赤い線が刻み個あれているのが見える。

添えるようにしておいてある球体のナニカは、紫色の花弁が縦にざっくりと切り込まれているのが遠目にも分かった。





時雨はそれをナニカ(死体)であると理解するには、途方もなく時間がかかった。

その日、時雨は夢の中で叫ばれる憎悪の正体を知った。










あの夜、自分の手を見て慄いたのだ。

鮮血に濡れた時雨の剣を見て、自分がしたことに恐怖したのだ。

自分が罪人であると、知ってしまったのだ。


ほどなくして時雨は警官隊に連行された、

時雨の剣は取り上げられ、留置所へと押し込められた。

彼女はそして、祈ったのだ。

彼らの、安らかなる眠りを。

そして願ったのだ。

彼女の懺悔が、聞き届けられることを。


彼女がこの世界に来たのは、ひとえにその懺悔が聞き届けられたからである。

だのに、この世界の神たる姫はもう一度この手に人を斬れというのだ。

なんのための祈りだったのか。

なんのための懺悔だったのか。


そうして神は弄ぶのだ、お前にはそうするしかない、殺めるしか能がないのだと知らしめるように。

祈りをささげた身でありながら、再び剣を取るなど言語道断。

だが祈りを遂げるためには、再び剣を取るしかない。

心に業を蓄積し、せめぎあう中生きていかなければならない。

そのように人間を弄ぶ神など、悪趣味すぎてろくなやつではない。


歯を食いしばって組長の言葉を思い出す。


要は気持ちの持ちようなのだと。


ともすればただかつてのように人を殺めるだけの存在。

どれだけきれいごとを並べようと、自分の犯した罪が消えることはない。

そうして犯罪を享楽として系れたのが赤守なのだろう。


消えることのない罪、ならばいくつ重ねようとも穢れは払えない。





確かに、そうなのかもしれない。












***










崖下に三人の人影が見えた。


青い髪の眼鏡の男、手には小銃。

黄色の髪のフード男、手には大剣。

赤い髪の、ムキムキタンクトップ男、手にはハンマー。


組長からの任務指令書にもあった男たちだ。

こんなきれいにシグナルカラーでそろうコンビなんているのかと半信半疑だったが、どうやら、手配書は間違っていなかったらしかった。


身を屈めてその様子を伺いみる。

まだこちらには気づいていないらしい、そのことを確認すると、一度深呼吸を挟んだ。

自分の目の前を通過していく男たちに向かって、心の中で叫ぶ。


来来は、先輩は言った。

心を失うなと、感情を失うなと。


ならば。今の私は迷わない。





時雨はそっとつぶやく。

自分に、相手に教えてやるために。

「世界は絶望に満ちている。」

と。







***








ぞくり。

背筋が凍るような殺気を感じて来来は飛び起きた。

任務中だが寝ていたらしい、よく生きていたなと内心褒めた。


そしてあたりを見渡して状況を把握する。

さっきの殺気は時雨の持つ特有の、つららの雨のような痛い殺気だ。

暁の鐘の時はは前方にしか殺気が向いていなかったが、今回は敵にばれないよう後方にだけ殺気を飛ばしていたようである。

と、まじめに考えたところで来来は頭がおかしくなったのかと思った。


なんだよ、後方にだけ殺気を飛ばせるって。


いやいやと頭を振って、とりあえずあたりを見回して時雨を探した。

そして時雨を見つけたのは崖下の小道だった。

丁度相手に忍び寄り、コンビの青い髪の男に切りかかるところだった。


「おお?これは後輩君のお手並み拝見ですな。」


人が命を懸けているというのに、なんとものんきな発言である。

来来自身も自分のサイコパス度が上がってきていることを自覚しながらも見物体勢に入る。

こんな状況であっても心が凪いでいるほど、来来はこの環境に慣れてしまっていたのだ。


初手は一番大事だ、何事も先手必勝――――――――――――と考え始めた時だった。


どうやら青い髪の男が時雨の気配を察知して振り返る。

慌ててセーフティを外した男が銃口を時雨に向ける。


おうおう詰めが甘すぎるぜ、と来来は腰を上げて緋翔剣にてを添えた。

だが、それは無駄となる。








一閃。







月影を受けた淡い紫の剣が、まるで光の糸を紡ぐように煌めいた。


それは極上の絹織物を織り上げるように、幾重にもかなって赤い花を咲かせていく。


何とも類まれなるその幻想の反物は、稀有なことに二振りの短剣によって紡がれていた。


「まず、一人。」


普段駄犬と罵ってくる時とは比較にならないほど無機質な時雨の声。


とさりと膝から崩れ落ちる青い髪の男には目もくれず、体験を振り下ろしてきた男の斬撃をひらりと優雅に躱す。

まるで大剣がどこに向かうかを推測しているような余裕綽々ぶり。


流れるような手つきで右手の剣―――――――――時の剣を鞘に戻すと青い髪の男が落とした小銃を構え鮮やかな手つきで、黄色の神の男の鼻っ柱に風穴を開けた。


「女子高生じゃありえぇだろ……。」


あの華麗さはモモの狙撃のそれに近いものがある。


唖然としている来来を置き去りにして時雨はハンマーの男に銃口を向ける。

だが男は結構な手練れのようで、時雨の撃つ銃弾をハンマーで撃ち落とす。


「ちっ」


小さく舌打ちをした時雨は小銃を捨て、再び一対の短剣を構える。


「お嬢ちゃん見ねぇ顔だな、新入りか?」

「話す、必要なし。」


大ぶりな武器だが、相手が余程の力持ちなのかシュン、シュンと小回りを利かせた動きで時雨に迫る。

比較的に小柄な乃生¥を生かして時雨はギリギリ一歩のところでかわしていく。

その一撃がいかに重いかはハンマーで穿たれた地面のめり込み具合で見てとれる。

こんな可愛い少女に屈強な男は一撃一撃躱されて悔しさに打ちひしがれるだろうに、まだ余裕があるのか笑いながらハンマーを振りかぶる。



来来はふと違和感を覚えた。

先刻黄色の神の男の一撃を避けたときはもっと先を見るように躱せていたのに、今の相手には結構てこずっている。

相手がベテランだからだろうか、それなら時雨の顔に焦りの一つや二つは浮かぶはず。

しかし時雨の表情は不思議と凪いでいた。


「しゃべりに余裕がねえな!余裕のねぇ姉ちゃんはすぐ脱落だぜ!」

「残念、もうおしまい!」


時雨は防戦一方だったはずが、一気に動向をかっぴらいて笑った。

横に薙ぎ払うようにハンマーが通りすg他のを、目にもとまらぬ速さで身を屈めかわした時雨は相手の懐までの距離を瞬く間に詰め、胴から右腕と下半身が分裂するように短剣を振り払った。


「さよなら。」


時雨は艶やかに笑うとスン、と上へ飛びあがり男の肩を踏んずけて来来のもとへ駆けあがってきた。


「ぐぉあ!?」


その衝撃を受けて時雨に襲撃された男三人がいた一帯の道は崩れ去った。

崖はあの男が好き勝手にハンマーを振り下ろしたせいでもろくなっていたのだ。


「任務完了です。」


来来はその少しも疲れた様子を見せない時雨の様子にジワリと手に汗握るのを感じた。

そもそもああやってどうと分離させて最後の男をしとめるのであればもっと早くに決着をつけられたはずだ。

それに二人目の男をしとめる時のあの華麗な銃裁き。

あの小銃のセーフティを外す工程が残っていたのであればもう少し手間取っていたはずだ。

では、最初の男に気が付かれたのは計算のうち……。


そうであれば時雨をただの女子高生と見ているべきではないのかもしれない。

さすがはこの世界にくるだけはある、ということだろうか。


「帰りますよ、これが任務終了の証です。」


時雨が取り出したのは、いつもいできたのだろうか、三つの耳だった。


「そそそそそそそそそそんなグロイことしなくていいいいいいいいいからああああああああああ!!」


来来は慄いてその三つの耳を谷に放り捨てたのであった。


心が凪いでいたはずの来来が、乙女ばりに叫んだ瞬間であった。






***







二人がいた森の、谷を挟んで反対側の森には大柄の男がストロベリーブロンドの少女を右腕に座らせていた。


望遠鏡を使って二人は時雨の戦いぶりを眺め終えたところであった。


「へえ、やるな。」

「そうね、あづ。やっぱりしぐたんにしか頼めないわね。」

「ああ、彼女ならきっと来来を救えるはずだ。組長もうまいこと二人を近づけられたようだし。」

「ただ……。小杉がどう出てくるかが心配よね。」

「うまく対処できればいいんだが。……いや、俺たちが”妨害”すればいいのか。」

「ええ、きっと組長もそのためにこの”戦国”に命じたのよ。花浅葱を妨害せよ、とね。」

「さて、俺たちも帰るか。」

「そうね、このことは組長にしっかりと報告しないと。」


いつにないシリアスな雰囲気に、森のざわめきが収まる。

つと、あづはモモの口元を見つめる。

そんなあづの視線に、モモは少し頬を染めた。






「それよりモモ、お前いまガム噛んでいるだろう。」

「……。」

「視線をそらしても無駄だ、こんなに密着しているのにばれないわけないだろう。」

「……(くちゃ)。」

「モモー?怒らないから正直にいなさい。任務中にガム噛んでちゃ行儀が悪いだろうに。」


そこが問題なのか?

いや、問題だな。


「うー、ごめんなさい。」

「よし、謝れるなんてえらいぞモモ!」

「えへへ、ありが……」

「だがお仕置きは必要だ、ここからは歩いて帰りなさい。」

「ひぇぇぇ!?何てこと!ここから渡井の歩幅じゃあづの二倍はかかるのよ!?」

「だからお仕置きなんだろう。」


すとん、とあづはモモを下す。

だがモモは必死に飽津にしがみつく。


「ただでさえ運動不足なんだ、このままじゃ大きくなれないぞ。」

「もう30超えてるのに!?うぁあんあづ、私が悪かったの!もうしないから許してぇ!」

「ああ許す、だがそれとお仕置きは別物だ。」

「せっしょおなあああ!」


ここが敵のテリトリーであることを忘れて二人は今日も仲良く茶番劇を繰り広げるのであった。



これで2勝はいったん終わりです。


この身が振るうは一対の。

この章はしぐれちゃんと時雨の剣についてクローズアップしたつもりです。


あんまり戦闘シーン盛り上げられなかったなぁ。



またのご来店お待ちしております。



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