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山の中の縹時雨  作者: takonano
第二章 この身が振るうは一対の。
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寝室にて

再び戻って時雨と来来のお話です。


どこか懐かしい夢。

どこかで経験したような夢。

どこかの誰かの、記憶であろう夢。


時雨が熱に浮かされてみた夢は、そういう類の夢だったのだろうと結論付けた。

目を開けるのもおっくうで、体は熱をもっているのに、一ミリたりとも動かせない。

そうしてうだうだうしている間に、どんなゆめだったかもまともに思い出せなくなってしまった。


それにしても、なんの香りだろうか。

体を縛る何かが、すっと溶けていくような甘く溶けそうな香り。

それでも、体に力が入らないのは、まだ変わりないが。


「ぅ、ぅう……。」


やけに目頭が熱いと思ったら、自分が内定阿世だった。


どうして私は泣いているの。

どうして私は、こんなに胸が痛いの。


なんで涙は、何も教えてくれないの。


時雨の心は、そんな短絡的な思考にはまるほど弱っていた。


「なあ、時雨。お前泣いてるのか?」


来来の声だ。

来来が近くにいるのだ。


それだけで、どうしてか、胸の痛みが和らいだ気がした。


不思議と彼の声は優しくて、、包み込んでくれるようで。

無奥の世界にいたときは、時雨は誰に対してもそんなことを思わなかったはずなのに。

その声が、懐かしくて仕方がなかった。


出会い頭に口論をしたり、崖を登るときに煽ってきたり、一緒にいると騒ぎ立てたり。

そのこうどうを考えると、泣いている時雨に対して茶化しでもするだろうに、なぜか彼は陽だまりのような声を、そっと時雨に零す。


「泣きたいときは泣いていいんだって、組長も言ってたぞ。俺は何にも言わねぇからさ。」


まるで子供をあやすように、ひんやりと気持ちのいい手が時雨の額を撫ぜる。

もう片方の手は時雨の手を握り、不思議なことにしっくりとなじんだ。、







「俺はさ、時雨のなんであろうと受け止めてやるから。」


どうしてそんなことを、いうの。


時雨の口は、その短な文ですら紡げる力が残っていない。







「時雨がこっちの世界に来たのは、きっと―――――――――――――だから。」


ねえ先輩、今なんて……?


「だから、お前は心を捨てるな。絶対にだぞ。」


せんぱい、先輩。

苦しいよ、ねえ、くるしいの。


「今度は絶対、守るから。」


せんぱい、待って、いかないで。

時雨をおいて、いかないで。

センパイ、せんぱい。






来来の手が、ゆっくりと離れていく。

時雨の熱を、うばって。






「ぁって……せんぱい!!」






時雨は来来の手を追うように腕を伸ばして起き上がった。

ぱちり、と瞬きをしながら見つめてくる来来と視線がぶつかる。

そしてぷ、と失礼にもふきだしたのである。


「な、な……!」

「こ、後輩君よ!俺の夢でもみて泣いていたのか?くくく、愛い(うい)やつめ!」

「ち、違います!別に先輩の夢なんか!」

「じゃあどうして俺のことを呼んで起きたんだ?寂しかったんだろー愛いやつめー!」


来来はそう言って無遠慮に時雨の髪を撫でまわす。


「だ、駄犬のくせに飼い主の頭を撫でるなんてご法度です!しつけのし直しです!」

「躾けいなおす前にまず体調をなおせ1おいっこら叩くんじゃないよぅっ!」

「先輩のばかっ!」


時雨は不意に体の力が抜けて起こしていた上体がぐらりと揺れる。

来来は間一髪のところで時雨の体を抱きとめる。


「うおぁっ!ほらいわんこっちゃない!」

「く……駄犬に支えられるなんて末代までの屈辱です。いっそ殺してください!」

「バカゆうなシャレにならんぞこの状態!」


憎まれ口をたたきながらも時雨の体を柔らかな布団の上に再度横たえる。


「そう、いえば、ここは……?」

「俺と後輩君の部屋だ。あらかじめ言っておくが、ほんとなら新人はテント暮らしから始まるんだぞ。」

「なら、なんで……?」

「お前が熱出して倒れたからだ。さっきまで39度あったんだぞお前。」

「そう、ですか……。」

「ちなみにいうと、急だったせいでベッドは俺の使っていたやつしかない。」

「え……じゃあ、この布団は、まさか」

「その、まさかだよ後輩君。」


ではつまり、最初に感じた甘く溶けそうなあの香りは……。

時雨の顔から、血の気が引いていく。


「この、破廉恥ばかぁー!!」


時雨は最後の力を振り絞って、来来に向けて枕を放り投げたのであった。



殿方の布団に不可抗力ながら潜っているのは時雨ちゃんなわけでありまして。

それで来来を破廉恥バカ呼ばわりするのはお門違いというもので。


来来はけっこう理不尽に怒られている、がんばれ現代男児!



またのご来店お待ちしております。

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