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彼と私の想いちがい   作者: キャプ戸 理間
その一 悪魔達の絶望
9/14

絶望と苦戦

 二輪の駆動音がいつになく大きく聞こえる。足から血管を伝って、耳の裏から直接響いてくる。二輪のだけでもないか。空間に満ちる音という音が、血の流れに乗って鮮明になって聞こえる。どれもかも、少し前と違って聞こえるようだ。別の生き物の世界を覗いるよう。

 これもまた、変身するという事。非人間化。最初に「変身」と聞いた時にもう少し深く考えても良かったかもしれない。結論は同じだったろうが。

 暫く走って、目的の座標エリアに着く。相変わらず人気はない。というよりは生物の気配がない。命全体への疎外感を募らせる、正真正銘のデッドゾーン、おあつらえ向きの場所。空気がまずい。腐ったモヤシみたいなくっさい臭い。そんなに嫌いじゃないけど。


 全体的に砂で煙たい。変な臭いと悪い視界で目が回りそうだ。堪らず過敏気味の耳に意識を集める。すると例によって、耳慣れた筈の音が、耳の慣れぬ明快さでもって響いてくる。拾いたかった音だ。俺はもっと深く集中する。気っ色悪い音。あんまり気色悪いんで、場所まで分かった。


 もうすぐそこにいるじゃないか。

 先手必勝。

「ぐおぉるッうらあぁっ」

 勇気と度胸、威勢と助走をたっぷりに、20メートル程離れたオバケみたいな枯れ木に突っ込んで行く。図体に見合わぬ俊敏さで俺をかわす。木の上に二匹、裏に一匹。これまたオバケみたいなコウモリもどき。一匹、一匹が、なんならいつかのデブリより立派な筋骨に間違いない。目に狂おしく強く焼きつくその姿。僅かな接触。感覚。巨体。恐るべき脅威。未来に俺を殺すもの。未来に俺が殺すもの。本能が火を吹いて、チリチリ焦げる。殺し合いだ。命を傷つけ合う俺の戦い。

 ああぁ、あぁ。ぁあぁ。

 …。

 下らない。

「なーにが命だ」

 奢りも昂りも要らない。やつらの命を損なえばいい。それでいい。

 と、ここで頭が冷えてスッキリしてきた。さっきまで結構、いきり立ってた感じがある。ちょっと興奮して助手にキツい言葉を使ってしまったかな。やばいな、なんか恥ずかしくなってきた。しょうがないじゃないか、職業柄、掃除屋なんて一人残らずデブリにお熱なのだ。そのためあっさり、助手の煽るような情報にやすやす浮かされてしまった、反省反省。お仕事モードに切り替えなくては。

 ジャンボコウモリが三匹それぞれ、悠々と俺をその視界に捉える。連中は、不意打ち挨拶作戦にさほども動じずに、殺す、以外のメッセージのない純粋な瞳を向けてくる。しかしまあ、本当にデカイ。身長だけでさっきの奴の二倍強ある。体重の方は、二倍強ではきかないと見た。俺で相手になるのだろうか。

 とりあえず帰ったら助手ちゃんには若干キツかった言葉遣いを謝って、美味いものをたべよう。そうしよう。今日はどうやって機嫌とってやろうか。

 なんとなく、無線のスピーカーを切った。



 本当なら、声に驚いて飛びかかってきた所をカウンターしてやる腹だった。流石にデカイだけあって落ち着いている。イレギュラー相手に定石は通じないという事だろうか。生意気な殺戮種族だ。生き物見たら条件反射で殺す以外、何の能もない癖に。それとも偏見なのだろうか。意外に手先が器用とか。触手にものを言わせて、裁縫くらいは俺より上手くやるかもしれない。

 何はともあれ先制だ。

 触手の密集している上体を避け、可能な限り深く沈み込む。小さく体を丸めた俺は、次の瞬間、弾丸にも負けじとかっ飛んでいく。足下から崩す。銃撃戦だろうと、格闘だろうと、対大型だろうと変わらぬ鉄則だ。工業用スプリングもあわやという程の、強靭にして柔軟な下半身を「blood」から授かった今の俺には、もはや何倍になるか見当もつかない体重差を無視できる自信があった。衝突の瞬間、重心のブレに呼吸を合わせれて追撃を、



 上から脇腹に、触手のマッハ突きが吸い込まれていく。



 息が吐けない、吸えない。肉がねじ切れる痛み。一瞬で、体中に満ちていた力が一滴残らず抜け落ちる。動き出したのは確かに俺の方が先だった。なのに。こんなの狼狽えるに決まってる。もうここに座り込んでしまいたい。立ち上がれるはずがない。心から、バラバラにくじけて行く。


 だからこそ。

 動きを止めてはならない。こんな時こそ、何としても懐に飛び込んでいくべきだ。根性の見せ所である。

 攻撃を受けてから、再加速。止められてたまるものか。当初の予定通りやってやるのだ。明滅する視界を置き去りにするように、糞コウモリの脚部にぶち当たる。バランスを崩し、あえなくひっくり返る。足腰の割に踏ん張らない奴だ。脆い、脆い。あと痛い。俺の腹が。

 腹の痛みを振りほどきたいなら、誰か別の腹を痛めつけてやるのが一番いい。渾身の出鼻を挫かれて、こっちは大概頭にきている。怒りのままに拳を、土手っ腹と思しき部位に打ち込む。連打、連打、連打。拳は肉を裂き、そのままの勢いでうずまっていく。さっきの雑魚ならば三十回は死ねる、一発残らずいい当たりだ。しかしこの程度では、こいつは良くて気絶だろうかな。ギエッだかギョッだかよく分からんうめき声が聞こえる。案の定、一旦のびてしまったらしい。三対一ならば、お前が動けなくなれば、俺も多少は気分がいい。

 残る二匹のうち手前の一体と真正面から向かいあうように、距離を取り直す。もう一体は、でかい木を挟んで向こう側にいる。いっぺんに二匹はアホだろう。並ばれると流石に相手にもならんハズだ。二匹共、距離には常に用心せねば。


 まずは一体。確実に始末しよう。

 目が合うや否や触手を寄越してくる。ガードが間に合わない。胴体への直撃は避けたが、掠った腕が引き攣って戻らない。重たい。速い。舐めてかかったつもりは無いが、反射神経に関して丸っきり計算違いだった。軽く見過ぎていた。が、同じ触手に何度もしてやられる俺ではない。

 ばうんっ、どうんっ。だん、だんっ、だん。

 さっきの雑魚デブリ相手とやっていることは変わらない。こいつの反応速度を読み違えこそしたが、これならまだ俺の方が早い。少しずつ呼吸が合ってくる。二度食らうものか。ガードを解いて一撃避ける。こっちからカウンター気味に一発。急いでてを引っ込めて、今度はローキックを足元に一発。注意が途切れたとこに正拳を一発。一発。一発。一発。確実に、打ち込む。当てて、当てて、当て続けていく。外しはしない。絶対に食らわす。

 攻撃は最大の、というやつで、触手もすっかり防戦一方になった。多少の反撃はあるが、まあ許容範囲だろう。

 奥にいる一匹がもぞもぞしだす。うわっ、触手飛ばして来やがった。こいつらが本気で連携とかして来たら心底やばかったが、そんなことはなかったな。デブリには仲間意識とか無いのか。ありがたいことだが。

 やる事は変わらない。奥の奴の相手は出来るだけせずに、今の一匹を確実に。そうしたら次は二匹目も、

 

 いない。

 

 二匹しか、いない。

 痛みが、訪れる



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