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彼と私の想いちがい   作者: キャプ戸 理間
その一 悪魔達の絶望
8/14

絶望と初陣

「おお、いかんいかん」


 跳びすぎた。もうこれ半分くらい空中浮遊だろ。ちょっとこわい。

 突進して来た奴を軽く躱すつもりが、五メートルは飛び上がってしまった。躱すのは躱せたので別に問題は無いのだが。

 デブリが小さい。常識は現状に全く追いつけていない。


 しかし、俺の体は、こんなにも軽やかだったろうか。もう完全に別物だ。助走も無しに五メートルも浮き上がれる人間がいてたまるか。助走ありでも大概だ。しなやかで、強い肉体。身体能力の向上だ、とかではとても説明のつかない力。超人的な、文字通り人間を超えた力を俺は振るっている。

 攻防の間にちらりと今の自分の身体を見やる。ああ、伸ばした腕の醜悪なことと言ったら。赤黒い体表には皮膚と呼ぶべきものがない。むき出しになった腕には筋繊維がとにかく乱雑に絡みついている。切り開いたネズミの死骸を纏っているような見てくれだ。恐らくは顔もひどいことになっていることだろう。元に戻れるんだろうか。ちょっと不安になってきた。


 一番笑えるのは、そんな変わり果てた今の自分が、実はそんなに嫌いではない事だ。

『君の労働環境は一変するだろう』という助手の言も、決して大袈裟な触れ込みではなかったらしい。なんなら労働環境どころか、外見すらついさっきまでとは似ても似つかなくなってしまったが。元に戻ることは無理に考えない方がいいのかも知れない。

 また俺の前にデブリが倒れる。もう量の指では足りない数を仕留めた。今までなら、この半分の数を相手取るのも1日仕事だった。雑魚とは言ったが、これでも一体一体馬鹿にならない。少しでも気を緩めたのならこの俺の一人や二人、簡単に殺してくれるだろう。


 今日の相手は、その名もコウモリデブリ。少なくとも掃除屋にはこの名で親しまれている。当たり前だがコウモリでは無い。四足歩行だし、なんか触手とかあるし。強いて例えるならコウモリ、という程度であって、実際のところ何なのかまでは分からない。羽のようなビラビラの部分の形とちょっと豚鼻っぽいところがコウモリ要素だ。割とデブリの中ではオーソドックスな種類になる。種類とは言っても個体ごとに手足の本数が違っていたりするのであくまで人間目線の分類だが。図体はさして小さくもない癖に、パタパタ飛び回るのがなんとも鬱陶しい。群れてると中々手こずらされる、憎たらしい奴。こいつめっちゃ弾よけてくるから大嫌いだった。

 コウモリにあるまじきデブリ特有の触手攻撃を、見切って、掴む。握って、引き込む。近づいて来る奴の顔面に、俺の剛脚が吸い込まれる。めぎゃり。未知の感触が俺の体を駆け巡る。ちょっと気持ちいい。そしてそれで終わり。もうデブリは立ち上がって来ない。蹴りの一発、それでこいつは絶命したのだ。

「今までの弾代返しやがれ、このへなちょこ供が」

 一方的にタコ殴りにされているこいつには、存外可愛げがある。意外な一面だ。

「Blood」には武装がない。殴る、蹴る、それだけだ。正直浣腸器一本よりひどい。こんな風にして戦っている奴なんて見たことも聞いたこともない。掃除屋の戦いを知らない子供だって想像もしないだろう。馬鹿馬鹿し過るし、突拍子も無さすぎる。

 けれど悪くない。変身した後、徒手空拳以外、思いつかなかった。武器のない違和感に気づいたのは、何匹か始末した後だ。余計なことに頭を使わず暴れまくった。もしかすると俺は前から、こうして身一つで戦ってみたかったのかもしれない。「Blood」。名前につられて、俺の血も煮えるような、高揚感。幸福感。充足感。

 楽しいな。

 暫くして、立ってるデブリが見当たらなくなった。見渡す限り、動かなくなったデブリ。掃除屋的には金がむき出しで転がっているのに等しい。これは、随分な収穫になるだろう。贅沢の予感に口の中にはヨダレがわいてきた。久しぶりに、助手を連れてうまいものでも食いに行こう。最近はめっきり粗食だったし。


 と、ここで大事なことに気づく。

「おい、助手。おかしい、ノヴァが起きない」

 これでは稼ぎにならない。デブリを狩って、ノヴァを起こす。ノヴァを起こすまでが掃除屋の仕事だ。ノヴァがあっての掃除屋なのだ。

『いや、今の“Blood”にノヴァは起こせない、らしい』

「それダメじゃん」

 最初に言いなさいよ。これではいくら狩っても仕様がない。

 はあー、なるほどな。駆逐はできるが、駆逐するだけ、ときたか。うまい話には穴があるものだ。今日び、どんなちっちゃい拳銃でもノヴァは起こせるようになってるが、生憎、今俺にできるのは殴る、蹴るだけだ。意外なところで武器の優位性を知ってしまった。これは仕方がないだろう。名残惜しいが、この先もデブリ掃除はあのボロ銃に任せることにして、「Blood」君には、そう、正式に我が家の浣腸器として。

 ん、いや待て。

「引っかかる言い方だな。『今の』ってことは次からは出来るのか」

『そう、もうじき。もう少しで』

 どういう事なんだろう。要領を得ないな。説明上手な助手にしてはは珍しいことだ。

『いいか、よく聞いてくれ。そこにもうすぐ、二年前に相手した奴ぐらいでかいコウモリが来る』

「マジか。久々に大物だな」

 俺の掃除屋史に残る大一番が思い出される。余裕のない、ひりひりした記憶。あいつをやった後にデブリ拓の残し方を研究してしまう程には、立派なデブリ畜生だったのを覚えている。手足は何度ももげそうになったし、心臓は何度か止まったような気さえする。

「Blood」でいけるだろうか、時間制限とかあるかもしれんし、使うのこれが初めてだし。感触は悪くないけど微妙なところだ。


『三匹』


 アゴ外れるかと思った。


『今からなら、撤退しても、ギリギリではあるが間に合う』

 三匹、三匹だと。滅多にない、どころの騒ぎではとても収まらない。大型のデブリは基本的に一体のみでいきる。あのサイズなら間違いない。それが三体、あり得ないことだ。俺の掃除屋生活たっての大事件。人に話したって、冗談にもなりはしないだろう。

『君も初めての格闘戦に、体を疲れさせているはずだ。』

 完全に未知、もはや伝説の領域だ。今それが向こうから近づいて来る。殺さなくてはなるまい。他ならぬこの俺が、この手で。歪みきった今の俺の手で。

『安全策を取るなら、絶対に接触は避けるべきだ』

「出来るんだろう、『Blood』なら。勿体つけずに言え」

『… 』

「お前も、分かって俺に寄越したんだろう。俺に、この願っても無い力を。」

 デブリを殺す力。薄汚れたデブリの命を無に帰す力。

「さっさと認めろ」

『…ぃ』

「言え」

『…ぁ』

「言え」

『…理論上、不可能では、ない』

 やっぱりか。「Blood」、コイツはまだ底を見せていない。「Blood」は、その本性を俺の前に隠している。カマトトぶったってダメだ。今にボロが出る。お前がデブリの死を吸い込んで機嫌良くしてるのはとっくの昔にバレてるんだ。俺の身体で善がりやがって。段々分かってきた、お前が悪魔の道具だということ。生意気な道具、しかしやはり性能は最高。

「ほんとう、最高だなあ。グッジョブだ、助手」

 今日の愛すべき出会いを、神と助手とに感謝だ。

 バラバラに殺してやる、糞デブリ供。


 

 

 

 



 この時、助手の声がひどく掠れていた事に気づけていれば、何かが変わっていただろうか。


 いや、ないか。同じことだ。

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