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彼と私の想いちがい   作者: キャプ戸 理間
その一 悪魔達の絶望
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人間と異形

 さて、デブリのことについては、少しでもお分かりいただけただろう。なので次に、人間についてお話ししようと思う。今人類が追いやられている窮状についての話を。



 ただいま人類のほとんどは、地上から立ち退き、ほっそりと地下に棲まう地底の虫けらである。


 デブリが到来し、早々に種の廃絶を予感した人類は、防戦すらも放っぽり出してシェルター作りに没頭した。殆どの国々、特に大国はその有り余る国力を全て、迷わず籠城作戦に費やしたのだ。


 原水爆が効かない訳ではなかった。戦車で勝てない訳ではなかった。それどころか拳銃だって効きはしたのだ。デブリには、十分に人類のテクノロジーが通用した。当時の人類にとって、決して攻略不可の侵略者ではなかった。それでもなぜか、デブリ撲滅作戦なんてものは行われなかった、立案すらされなかった。最初からどうにもならないものだと、どう言うわけか決めつけて、人類は地上から素早く引き下がった。


 そのおかげで、余裕を持ってデブリの侵攻をいなしつつ地底世界を構築するという、離れ業が成し遂げられた。ある大国は、このシェルター建造に際して、当時最高と言われた頭脳を持つ科学者の、チームが考案したシェルター構想を広く流布した。惜しみなくばら撒かれた、最新鋭にして最高の設計図案はどの国にも受け入れられ、結果、過去に例のない早さと、規模、性能を備えたスーパーシェルター群が各国に建造された。


 無事に引きこもる場所を手に入れた人類は、やはり素早く移住計画を実行した。次なる繁栄を願い、シェルターの居住者リストには当時の有力者、政治家、研究者、学者、芸術家、芸能人、と思いつく限りの才能が詰め込まれた。どうやら、シェルターに駆け込んだその時には、そう近くない未来に地上のデブリはきれいさっぱり消えて無くなり、またもう一度人類は繁栄を手にできると信じられていたらしい。


 だがしかし、行くあてのない方舟に未来はない。徹底抗戦の姿勢を取れなかった時点で、その将来は決まったようなものだった。気概を失った人類に、もはや再起はあり得ない。揚々と持てる宝全てを乗せて漕ぎ出した方舟は、間も無く棺桶に変わった。移住から十年経ち、二十年経ち、五十年経ち、百年経ち。全てのシェルターが最後に口を閉じてから百五十年、人類は沈黙を保ったまま、死んでいるのか生きているのかすら、今もまだ分からないままだ。

 彼らはきっと自分達も気づかないままに絶滅したのだろう。地底人類にかつての人類の面影はどうやったっても重ならない。仮に地底に生き延びた子孫達にデブリのいない地上を与えても、なんとなく生きて、なんとなく滅びてしまうに違いない。その情けなく弱り細った種としての活力は、見る影もなく憐れですらある。




 他方、方舟の選抜を逃れた人々もいる。人類史上最大規模の構築物となった地下シェルター群だが、それでも人類全てを収容するには足らなかった。地上には、完全に地底人類とは決別する事になった人間が多く残されていたのだ。


 あるいはシェルターに見捨てられ、あるいは野心を手に飛び出し、またあるいは人類を諦めなかった。様々な、不揃いな理由で地上に生きることになった彼らは、そこに大望があろうとなかろうと、立ち向かう勇気があろうとなかろうと、分け隔てなくデブリの脅威に直に向き合うことになった。


 地底人類とは対照的に、なんの持ち合わせもない脆弱な地上人類達。無論、なす術もない。数えきれない数が、文字どおりにズタボロになった。文字どおりに八つ裂きにされた。


 地上の多くが死んだ、殺され抜いた。しかしそれでも、人間は生きた。


 何度殺されても、子を成して、何度壊されても、また立ち上がった。限りない理不尽な絶望に、人間として屈さずに抗い抜いた。方舟の地底人達が心中に使った百五十年を、地上に生きる人々は、細々とはしているが、それでも滅びず生き続けようとして、生きた。


 そうするうちに、荒みきった世界には文明の灯がともった。デブリに晒されるうちに確かな進化が起きた。最適な逃げ方、食料の確保、寝所の選び方、呼吸の仕方すら人類は新たに勝ち取れたのだ。


 過去あった国家や宗教のつながりは、役に立たないしがらみとなって捨て去られた。取って代わったのは企業としての合理的な連携。イデオロギーは瞬く間に、あるだけ無価値なものへと変わった。思想も理想も関係なしに、手当たり次第に手を繋いで、生きるために様々な形の戦いに臨んだ。旧文明の施設の復旧や資材のサルベージ。農耕、火事場泥棒なんかが地上人類の新たな一歩となった。途切れることないデブリの脅威に晒されながら。歯を食いしばって、少しずつ、少しずつ、着実に。



 何よりも生き延びることが優先されていた。それなのに、無謀にも少なくない数の人間が、デブリに直接、拳を握って立ち向かっていった。そう、体一つで肉弾戦を仕掛ける大馬鹿が現れはじめたのだ。

 誰の理性も爆発寸前だった。行動に移さないまでも、憎きデブリに一矢報いることを全ての人が心の底から望んだ。本来全ての労力は、デブリの手から逃げ延びることへ割かれるべきだったが、浅はかにも、立ち向かうための技術が着々と発展していた。


 誰も、そのことを愚かだと咎めなかった。不十分な武器で多くの命が不必要に散った。それでも開発は止まらなかった。


 やがて、無力を嘆き食いしばるだけの歯は、鋭く研がれた牙へと変わる。牙は、デブリ登場から実に五十年近い歳月を経て、遂に異形の喉元にまで達した。



 対デブリ戦闘集団、通称「掃除屋」の確立である。



 生き延びるための、死なないためのその場凌ぎの防戦とは違う。デブリから地上を奪還すること、いつの日にか人類がし損ねた、デブリとの徹底抗戦。それは夢のようでありながら、夢で終わらせることのできない悲願。人間として、生物として果たさなければならない、しかし果たされることのない宿命。


 命知らず達の喉から出た手は、その果たされぬ宿命に届いたのだ。


 逆襲である。人類は、人間らしく生きることを勝ち取ろうとしていた。


 企業はどこも今日の寝床も怪しい中、デブリに通じるチカラを開発し、掃除屋は数瞬後の命も怪しい中、デブリを引き裂き返り血を浴びた。


 そのチカラ、デブリ打倒の世紀の発見。キーワードは「ノヴァ」。


 新たな進化を支える企業と、力いっぱい戦う掃除屋。置き去りにされた資源を漁る人々や、地道に食物を実らす人々。そこにちょっとの泥棒や殺しや詐欺やレイプやを加えて、人類は人間として、小さく、けれど意外にも元気よく生きている。

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