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世間知らずのラミアと役立たずの少年

 結論から言うと「盲目の子は、なんにもできない」というのは、わたしの偏見でしかなかった。

 ちっぽけな人間の少年――シエルは、体調が回復すると、急速にその生活力を発揮した。


「ねえラミア! このチクチクするはっぱの形は、ヒョウモンソウだね。これは土のなかにある塩分を吸い取って溜めてるんだ。煮汁を乾かせば塩ができるよ」

「果物を煮詰めてジャムを作ったんだ。ほら、甘いでしょ」

「獣の肉は、しとめてすぐにちゃんとシメると格段においしくてやわらかくなる。おねえちゃん押さえてて、ぼくがやるから。手触りでわかるんだ」

「水場はどこ? 案内だけしてくれたら、洗濯と洗い物をやっておくね」


「……お、おう……」


 てきぱきちゃきちゃき、働く働く。


 わたしは半ば呆然と、彼の活躍を眺めていた。


 もちろん盲目ゆえ、出来ないことはたくさんある。だが歩くのもおぼつかないなんてのはまるきりわたしの偏見だった。音と気配、壁伝いの手触りで、日常生活は不便がない。むしろ暗闇に慣れている分、健常者より洞窟内では動きがいいだろう。

 わたしが村から子供靴を拝借してくると、これで森を出歩けると彼はたいそう喜んだ。そして実際、洞窟周辺を歩き回った。


「ラミア、みて! 罠でおっきな雉を捕まえた!」


 そう自慢げに持ってくる。


 その手に道具を持たせてやれば、わたしなどよりずっと器用に手早く、色んなものを自作してくれるのだ。


「……すごいな。本当に見えてないのかって疑わしいくらい」


 そう言うとシエルは笑った。


「二歳のときから、ずっと見えてないよ。でも村はほとんど自給自足だし、農家の子はみんな大人に混じって働くから、これくらいはできなくちゃいけないんだ」


 謙遜でもなく、自慢でもなく彼は言った。そんなもんなのか……。だけど日本のような福祉精神や点字、読み上げソフトなどなにもないこの異世界である。ここまでできるようになるまで、血のにじむような苦労があったんじゃなかろうか。


 ……強い子だな。

 体つきは、まだまだ華奢だけども。

 物怖じしないし、親に捨てられて弱音ひとつ吐かないし。ちょっとメンタル強すぎやしないか? 実はこいつ、超人かっ?


 そんなことを、わたしが思ったそのとき。

 シエルがフウと息をつき、わたしのからだにもたれかかってきた。


「ちょっと、きゅうけい」

「……病み上がりで、頑張りすぎたんじゃないのか」

「んー。うん、ちょっとだけ。でも平気」


 シエルは俯いた。目を閉じたまま、わたしのほうへ顔を向ける。閉ざした瞼越しに、わたしの顔をうかがうようにして。


「……ぼく、役に立ってる?」


 わたしはシエルを抱きしめた。ぎゅうと胸に顔を埋めさせ、後ろ頭をわしゃわしゃなで回す。


「もちろん、役に立ってるとも! ものすごく助かった。シエルはえらい! すごいぞ!!」

「えっ、わ」

「強い、頑張り屋、明るくて優しくて賢くて可愛い! すごい! えらいぞシエル。シエルはえらい!!」

「ラ、ラミア――うぎゅ」


 わたしの胸元でムウムウ呻くシエル。苦しいようというクレームをうけて、わたしはようやく彼を放した。しかし今度は肩を抱き寄せて、しっかりと抱擁する。


 わたしに抱きしめられて、シエルはしばらく無言――戸惑い、わずかに震え、体温を上げてもじもじしていた。少しだけ抱擁を緩め、覗き込んでみると彼の顔は真っ赤になっている。


「……ありがと……ラミア」


 顔ごとわたしからそらし、ぼそぼそと言う。


 薄暗くじめじめとした洞窟で、シエルの姿は輝いているようだった。白髪にちかいきれいな金髪、十の男子にしては小柄な体躯。

 よく食べるようになり、健康的な肌はつやつやとしていた。まだまだやせっぽちだったけど、頬は子供らしくふっくらしていて、かわいらしい。


 ……可愛いなあ、シエル。ベタ褒めの言葉はぜんぶ本心で言った。

 彼を捨てようとした親は大馬鹿だ。こんなにもいい子をなぜ手放した。


 わたしだったら、そばにおいておきたい。そばにいてほしい。もっと彼を見ていたい。

 もうしばらくは、この少年の人生を、なるべく近くで見届けたい――


 ねえシエル、と、わたしは言った。


「ここで、いっしょに暮らさない?」


 問いかけは、改めて今更というものだった。正直あの果樹園で背負ったときから視野にあったんだ。シエルには帰れる家がないし、いくらシッカリ者とはいえ盲人が独り、町へ出るには年が若すぎる。

 シエルにはこれしか道はないはず。一生とは言わない、だけどとりあえず数ヶ月、数年――わたしとここで。


 シエルはわたしの腕の中で、アゴを引いてうつむいていた。静かな声で答えてくる。


「……うん」

「ほんと! やったぁっ!」


 大人の体裁もなんにもなく、わたしは両手を挙げた。シエルはのけぞって驚いたようだ。魂が抜けたような声で呟く。


「ラミアが、よろこぶんだ……?」


「当たり前でしょう」


 わたしは言った。シエルへの同情やお節介なんてせいぜい半分程度。シエルをよろばせるため、なんかではない。わたしがそうしたかったのだ。


 わーいわーいと、蛇の尾をどたばたさせて喜ぶわたしに、シエルはなにか不思議なものを見たような顔で、閉ざしたままの目をわたしに向け、じっと黙り込んでいた。



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