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転生ラミアのお食事タイム

 

 昼間は酷い雨だった。


 こんな夜は、農民は作物の様子を見るために家を出る。

 心許ない灯りを片手に、村はずれの果樹園までやってきたひとりの人間――質素な服を着て、痩せ細った中年男が足を止めた。

 闇のなかぼんやりと、白いものが浮かんでいる。鬼火のようなそれが女の肌だと気づくまで、さほどの時間はかからないはずだ。


 その女――わたしは、ぶどう園の地に倒れ込み、わずかに上半身を起こしていた。

 その状況を把握して、やっと男は声を上げた。慌てて駆け寄ってくる。


「お、お嬢さん、どうなさった。こんなところで倒れて……」


 わたしは起き上がった。


「……ああ、助かった。あなたがここにきてくれて、わたしはとても助かりました」

「な、なんだ。行き倒れか? それとも奴隷商人の馬車から逃げ延びて――」


 と、口にしながら、男は息を吞んだ。まずはわたしの、肌の白さに。続いてやけに豪華絢爛な宝飾品をまとっているのに気がついて。

 男の喉がゴクリと鳴った。


「……と、とにかく……よかったらその、うちで休んでいきなさい。このあたりは危ないよ。蛇の化け物がでるってこの頃噂になっているからな……」


 わたしは微笑む。


「ありがとうございます。だけどわたし、なによりもまずなにかを食べたいの。おなかがとてもすいているのです」

「そうか、そうか。貧しい農村だ、うちにもなんもねえが、あったかい汁と蕎麦団子くらいなら」

「お気遣い無く」


 わたしは、笑った。


「こちらで狩りますから」


 言葉と同時に、わたしは腰をくねらせた。落ち葉のなかにかくして置いた、下半身を一気に引き出す。


「――! 足が、蛇……!!」


 ソレが男の最後の言葉。わたしは蛇の身体をぐるぐるっと男に巻き付けて、全力で締め上げた。ゴキゴキボキリと鈍い音、スネも腿も粉みじん。一度放して、もう少し上に。ベキパキゴギリ、骨盤と背骨を粉砕しておく。


 ぴくぴく動くだけの芋虫になった男を見下ろして、わたしは舌なめずり。おっと、品のないことをしてしまった。ちゃんと両手を合わせて挨拶しなくては。


「いただきまーす」


 うん、この儀式は、欠かせない。


 二十年間、『俺』は日本人として育ったんだ。その魂は忘れちゃいけないよな。

 たとえこの異世界に転生し、蛇妖女ラミアとして生きると決めたとしても。


 ぺろり。


 ――そんな効果音がぴったり合う速度で、わたしは男を平らげた。


 わたしの上半身は、ごく普通の女のそれである。むしろ小柄な方かな? 異世界の女をあまり知らないので、平均並みはよくわからない。なんにせよ、エサよりずっと小さいものである。しかし下半身はごんぶと大蛇だ。臍から下のほうがはるかに長く大きくて、食べ物はたいていそこに行っているかんじがする。いま丸呑みにしたところだというのに、満腹感が訪れない。

 うーん、とわたしは首をひねった。


「やっぱり貧乏農家のおっさんじゃなあ。味ものどごしもいまいちだし」


 下半身で作ったトグロの上で、わたしは腕を組んで嘆息した。



 『俺』が、ラミアになってはや、二年。最初は洞窟すみかを訪れた冒険者を、返り討ち兼『お掃除』しているだけでそれなりに満足していた。

 しかしこの頃、ソレが噂になってしまったらしくてな……滅多に客がこなくなってしまったのだ。この身体は、ヒトとちがって毎日食べる必要は無いらしいが、それでも週に一度は人間一匹丸ごとくらいは必要だ。仕方なく、わたしは洞窟を抜け出した。最初の犠牲者は洞窟のすぐそばで、ザコスライムを狩っていた初級冒険者ご一行。どうやらこのへんはそういう場所フィールドらしい。勇者さまレベル3を平らげて、それで洞窟へと帰っていった。


 ……白状すると……魔法使いの女のほうが、食欲はそそられた。それでも彼女を逃がしたのは、理屈で説明できるものではない。


 二年前――このラミアの身体に転生する以前、『俺』は地球の男だった。特別フェミニストを気取るつもりはなかったが、やっぱり、なんとなくな。

 ……この魔物の身体。生きていくために、ヒトを食うことは悪ではないと思う。かつて『俺』が牛や豚を食べていたのとおなじことだからさ。でもやっぱり、なんとなくな。

 女子供を食うのは……『俺』の中で、許せないものがあるんだ。

 そちらのほうが男より美味しそうに見えるあたり、そんな理性もいつまで続くかわかったもんじゃないけども。


 わたしはハラを撫でた。


「やっぱりまだものたりない。もうひとりくらい食べたいなあ」


 果樹園の向こうには農村がある。電気やガスのない世界だ、貴重な油を使い灯りをともしている家はない。


 ……むう。また果樹園に誰かきてくれたらいいんだけど……いっそ、村を襲ってみたりする……?


 それはとても甘美な誘惑だ。

 わたしは半ば引き寄せられるようにして、蛇の脚をうねらせ、村に向かって進んでいった。

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