Prologue.1
青空が広がる広大な空間の中に、巨大な塔がある。
[空間]という表現をしたのは、大自然が広がっている訳ではないからである。
かといって他に建造物など目を引くようなものはなく、比較的平坦な地面が地平線まで伸びているだけだ。
地球ではなく、どこか別の惑星かと思わせる殺風景な景色であり、一度方向を見失ったら彷徨うしかない。
塔の風貌は古風ではなくむしろ近代的な容姿をしているが、まるで大昔からそこにあったかのような荘厳な雰囲気だ。
頂点が雲にかかっているのではと目を疑わせるほど高くそびえ立っている。
この塔以外に周囲には建造物はない為、遠くからでもはっきりと確認できるほど存在感を放っていた。
神秘的で、神々しいとさえ感じる。
見ているだけで時間を忘れてしまいそうだ。
この巨大建造物の周囲に、いくつもの黒煙が立ち昇っていた。
無線が騒がしい。
「東ゲートを攻撃していたアルファ中隊が壊滅、残るはあなたたちデルタ中隊だけです。時間がありません、何としても南ゲートを突破してください」
南ゲートには既に決着がついた北、西ゲートから大量の敵が押し寄せていた。
戦闘開始時には150人いたデルタ中隊だったが、もはや半数以下になってしまった。
しかも手負いの兵士が数多くいる。
「二時方向距離1300、ホムンクルス!小隊規模!」
兵士が叫んだ。
最前線にいるロクは、カバーポジションから二時方向を目視で確認する。
30体程のホムンクルスが一挙にデルタ中隊に向かってきていた。
ホムンクルスの姿は一見人間のようだが、白く無表情な仮面を被っており見る者に無機質な恐怖を植え付ける。
地を這うように手足を用いて四足歩行をし、とてつもない速度で移動する。
初めて見る者には相当な衝撃を与えるに違いない。
また、全身が金属でできており銃弾を一、二発撃ちこんだ程度では動きを止めることはできない。
「これはやべぇぞ、白兵戦になったら終わりだ」
汗と泥のついた頭をわしゃわしゃと掻きむしる。
ロクはホムンクルスの脅威を十分理解していた。
これまでSF映画なんかでよく殺人マシーンが登場し、武器を持った人間相手に暴れ回る作品があるがまさにあれだ。
ホムンクルスと初めて遭遇するまでは、まさか我が身に襲い掛かってくると思いもしていなかった。
今となってはスクリーン越しに広がる他人事の世界ではない。
ロクは手に持っているサブマシンガンのマガジンを交換した。
「ロク、弾をくれ」
ロクはスガに弾の詰まったマガジンを渡す。
「これでラストだ」
「さんきゅ」
ロクは目を閉じた。
ゆっくり、時間をかけて深呼吸する。
「マリ・・・」
ロクの頭上を幾千の銃弾や砲弾が飛び交っていた。
もはや戦場に長く居ることによって銃弾に対する恐怖は麻痺し、強めの雨に当たらないよう雨宿りしているような感覚さえ覚え始めている。
死んでからでは遅い、と分かってはいるが精神が疲弊し切っているのだ。
無線から爆発音や悲鳴が途切れることなく聞こえてくる。
時折やってくる熱風が全身を包み、この不快な感覚を息を止めてやり過した。
あちち、と言いながら熱された服をさすり熱を外に逃がす。
そんな状況でもデルタ中隊は任務遂行を諦めていなかった。
デルタ中隊が南ゲートを突破できなければ、何千もの核爆弾が地球上で花を咲かせることになるのだから。
世界滅亡のカウントダウンを止めることができるのは、もう彼らしかいないのだ。
この精鋭部隊の肩に掛かる責任の重さは相当なものであると理解している。
命を捨てる覚悟は出来ている。
問題は死ぬまでに何が出来るかだ。
「残っているミニガンを全てホムンクルスの撃退に回せ!EMPグレネードは・・・」
こんな絶望的な状況の中、隊員達は指揮官の指示で淡々と行動する。
顔には疲労と汗が見てとれるが、見事に訓練され一枚岩の結束を発揮している。
ミニガンが3門設置され給弾ベルトが取り付けられた。
5.56x45mmの弾を毎分6,000発降らせ、大地に大穴を空けビルをも破壊する威力がある。
怪物3門による、一斉射撃である。
「撃ぇ!」
甲高い炸裂音と共にミニガンが火を吹いた。
一瞬にして着弾地点がミニガンの銃弾によってえぐり取られ、大穴を空けた。
一帯が濃い砂埃に覆われる。
十秒程で山積みだった弾薬がなくなった。
視界不良で状況がよく見えない。
すぐにミニガンに新しい給弾ベルトが取り付けられる。
取り付けが終わり、射手が引き金に指をかけた瞬間だった。
一発の銃弾が射手の頭を打ち抜いた。
電池が切れたロボットのように力を失う。
射手の体はミニガンに覆い被さるようにして倒れ込む。
そしてミニガンの銃口は180°向きを変えた。
不運にも、引き金に指が掛かった状態で。
甲高い炸裂音と共に、ミニガンの銃弾が後方にいた兵士達を襲う。
周囲の兵士でこの死の雨を避けることは誰一人出来なかった。
被弾した人間は見るに堪えない死に様だった。
悲鳴を上げる暇もない。
硬い地面に思い切り叩き付けられたトマトのように、赤い液体を残して消え去った。
そこから敵は攻撃の手を緩めることなく襲い掛かってくる。
「爆撃ドローン接近!」
前方から低く唸るような音を出しながら大きなボールのようなドローンが接近してきた。
迎撃の為、スティンガーミサイルがドローンへと向かっていく。
白煙を残し、物凄い速度で一直線に進む。
着弾するかと思った瞬間、一定速度で飛行していたドローンが急に不規則な動きを始めた。
ミサイルは外れて彼方へ飛んでいく。
銃火器による弾幕を張るが、ドローンの装甲を破壊することはなかった。
ドローンの駆動音が、耳元に死を囁く。
そしてついに、ドローンがデルタ中隊の頭上に爆弾を落とした。
「ロク伏せろ!」
スガはロクの体を力ずくで突き倒した。
すさまじい閃光と共に、爆炎と爆風がデルタ中隊を巻き込んだ。
ロクとスガも爆風で吹き飛ばされる。
「ゴホッゴホッ・・・」
ロクは苦痛で悶えた。
爆風で死ぬことは免れたが、吸う空気がとても熱く肺に火傷を負ったのか痛みを感じる。
熱と呼吸困難でのたうち回る。
なんとか呼吸を戻そうと深呼吸するが、未だ酸素が薄く苦しい。
意識がどんどん薄れていき、真っ白になりそうだった。
ロクは自分の喉を抑え、必死に深呼吸を繰り返した。
なんとか命と意識を保ち、脳に酸素を送る。
そして鉛のように重い頭を上げた。
そこには、地獄ような光景が広がっていた。
焼け焦げた隊員たちの亡骸がそこら中に転がっている。
焼けた肉の匂いが嫌でも鼻から入ってくる。
その中には無残な姿になったスガがいた。
「おい・・・」
ロクはスガに歩み寄る。
即死だった。
ロクに覆い被さり、ロクを生かす為に死んだのだ。
「あ・・・あぁ・・・」
言葉にしようのない悲しみと憎しみが腹の底から湧き上がってくる。
ロクは力なく地面に膝をついた。
涙は枯れ、泣くこともできない。
長年時間を共にした友が、一瞬で焦げた肉塊になってしまった。
さっきまで会話をしていたのに。
「こんな別れ方は無ぇだろ・・」
戦場で仕事をしている以上、起こりうることだ。
だが兄弟のように親しかった人間が死ぬのは、やはり辛かった。
そんな中、地獄のような光景の中から一人の男が立ち上がった。
「おい、泣いてる場合じゃねぇぞ・・・ゴホッ」
「ミラ・・隊長・・」
ミラと呼ばれた男は落ちていた銃を拾う。
「最後の一息まで諦めたら駄目だろうが!」
声がかなり掠れている。
おそらく喉と肺に火傷を負ったのだろう。
ロクは投げられた銃を受け止め、ゆっくり立ち上がった。
爆発の煙が完全に晴れる前に生き残りを寄せ集めた。
生き残りは6名だった。
「もうどうしようもない、どうしようもないんだ」
右手に火傷を負った隊員がうなだれる。
「寝ぼけてんのか?奴ら全員に銃弾をぶち込めば終いだろうが」
「捕虜になって洗脳されるくらいならここで死んだほうがいい・・・」
「ばっ」
ミラが言葉を発した瞬間だった。
隊員の背後の地中からホムンクルスが飛び出してきた。
火傷を負った隊員の首を掴む。
そしてそのまま首をへし折った。
隣の隊員が振り向く間もなくホムンクルスよって投げ飛ばされる。
そして地面に叩きつけられ絶命した。
さらにロクに腕が振り下ろされ、とっさに反応し防御するも吹き飛ばされる。
次に狙われたのはミラだった。
ミラはベルトからサバイバルナイフを二本取り出し、ファイティングポーズをとった。
「来いよピエロ野郎」
ミラはホムンクルスを挑発した。
ホムンクルスに心と呼べるものがあるかはわからないが、挑発したミラの方へ急に向きを変えた。
ミラはホムンクルスが伸ばしてきた腕を紙一重で躱す。
そのまま薙ぎ払ってきた腕も躱すと、懐に飛び込み馬乗りになった。
そして仮面と装甲の隙間にナイフと突き立てる。
「とっとと死ね」
ミラがそう言って喉を掻き切ると、ホムンクルスは力を失い倒れて動かなくなった。
その様子を肩を抑えながら見ていたロクは安堵の目を向けた。
が、すぐにその目は恐怖に歪んだ。
煙の中からホムンクルスが二体、ミラに飛び掛かってきたのだ。