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続 まるめがねコレクション

作者: 色斑にじみ

色斑にじみ(イロムラニジミ)と申します。

短編 まるめがねコレクションの新エピソードとなります。


今作を読んでから前作を読むのもおすすめです。

「待ってて、トモミ。あたしが絶対トモミを探し出すから」


 火曜日は比較的ゆっくりと時間が流れる。

この店は「Collection」(コレクション)、いわゆる眼鏡店だ。非常に小さな店だが、アンティーク調に統一されている落ち着いた雰囲気は、居心地が良いと評判だ。私は数年前亡くなった祖父から譲り受け、この店を独りで営業している。地元駅から数分の場所にある当店の前は、週末はそれなりの人通りがある。来客も増えるので、月曜日は週末の後処理に追われる事となる。火曜日は仕事もひと段落ついて、店の前の人通りもまばら、という訳だ。どうかこんな日に来店されるお客様には、ゆっくりとお過ごし戴きたいものだ。私は来客を待ちながら、お客様へのおもてなしの為、当店自慢のコーヒーマシンのスイッチを入れた。


 暫くすると店のドアが静かに開いた。私は店内に入ってきた人物に声を掛ける。

「いらっしゃいませ」

入ってきたのは制服を着た女子高生であった。この店は若者の来店も少なくないので、さほど珍しいとは思わないが、彼女はどうやら眼鏡が欲しいお客様という雰囲気では無さそうだ。

「あの、お仕事中にすみません」

凛とした声だ。鈴の音の様な澄んだ響きと、芯のある、意思の強さを感じる発声。

ショートボブの髪型が良く似合っている。しかし平日の昼間にこの場所に来られるというのは、学生としていかがなものか・・。刹那に彼女の来店動機を妄想してしまったが、その間に彼女は一枚の写真を差し出していた。

 写真には美しい少女が写っていた。目の前の彼女とツーショットで微笑んでいる。肩くらいまでの黒髪と、長い睫毛、大きな茶色の瞳は高校生にしては大人びて見える。その大きな瞳に掛かる細身のチタンシルバーの眼鏡が、一層知的な雰囲気を醸し出している。

「この娘を探しているんです」

「探している?」

「居なくなっちゃったんです・・私の、親友なんです」

「それは大変だ」

彼女はつぶやくように続ける。

「あたしが学校に行かなくなって」

「それであたし達、しばらく会ってなくて、連絡も全然とってなくて。それで突然トモミが居なくなったって聞いて」

「この娘はトモミさん、と言うんですか」

「芹沢朋美って言います。あたしもトモミも隣町からこの町の高校に通っているんです」

「手がかりが何も・・ない?」

「はい。だからあたし達の生活の範囲で何か気づいた人がいないか、聞いて回っているんです」

「なるほど。残念ながら私には心当たるものはありませんが、何かお役に立てる事があれば協力は惜しみません」

「ありがとうございます」

「しかし、一言お話させて頂きます。人が一人失踪しているという状況で、あなたの行動は危険かもしれない。何らかの事件性があった場合、あなたも巻き込まれる恐れがある。お友達が心配なのはわかりますが、こういった事は警察に任せるべきでは?」

「大変厳しい事を言いますが、あなたにできる事など、それほど多くありませんよ」

「そんな事、分かってます!!」


私の指摘を遮るように彼女が声を上げる。

「だけど、あの子がいなくなっちゃったのはあたしのせいかもしれないんです!あたしは本当に中途半端で、傷つくのが恐くて、苦しい事から逃げて、学校も行かなくなって・・ずっと、ずっと自分の事しか考えてなくて。でもそんなあたしをトモミは守ろうと、助けようとしてくれたんです。そのせいでトモミが学校でつらい思いをしていたのに。だけどあたしは手を差し伸べてあげられなかった。それから、ずっとずっと後悔してたの。殻に閉じこもって、耳を塞いでいたせいで大切なものを無くしてしまった自分が嫌!トモミに謝りたいの!もう後悔するのは嫌なの!」


溜め込んでいた感情が決壊したように、彼女は泣き崩れた。

恐らく自分を保つのが精一杯の所で踏みとどまっていたのだろう。

私はしゃがみ込んで泣いている彼女の肩に手を掛け、自分の胸へ引き寄せた。

「あ、あたし・・ごめんなさい・・」

我に返ったようにつぶやく彼女。

「いいですよ、泣きたい時は泣いたらいい」

思わずそっと彼女の髪を優しく撫でてしまう。

私もまだ20代とは言え、いい大人が・・これ以上は犯罪でしょう。

「う、うあぁぁあぁぁっんっ!」

冷静な私とは対照的に、彼女は私の腕の中でもう一度、泣いた。


落ち着いた様子の彼女を座らせ、私はコーヒーを勧める。

「どうぞ」

「ありがとう・・ごめんなさい、コーヒーは苦手なの」

「・・それは失礼」

「あたし、相川優奈と言います。トモミの事、目撃情報とか、何かわかったらよろしくお願いします」

そう言って彼女は、先程の写真を渡してきた。

「諦めないんですね」

「もちろんです!それに・・」

「?」

「な、なんでもありません。それじゃ、失礼します」

彼女は見送る私を何度も振り返りながら、去っていった。

彼女が言いかけた言葉の真意はわからなかったが、私を見つめる潤んだ瞳と、少し赤く染まっていた頬は、先ほどまで泣いていたせいだったのだろうか。


 この店には秘密がある。それは、私以外誰も知らない「地下室」の存在だ。

私は今、その地下室へやってきた。店の営業中に足を踏み入れる事は殆どしない。

しかし今日は特別だ。

つけてもなお薄暗い照明のスイッチを入れ、古いソファに腰掛ける。

手には、先程渡された写真がある。

私は、その写真を見つめながら、エクスタシーにも等しい興奮を押し殺していた。

「ぐふ、うふふふふふ・・・なんと・・いう事でしょう!!」

「実に、実に、じ、つ、に美しいじゃありませんか!お互いを思いやる少女達。そして尊き自己犠牲の果てに待っているのは悲劇!!自分の未熟さで相手を苦しめてしまったという自責の念、念、ねんんんん!」


地下室を区切っているカーテンを乱暴に開く。

そこには、ガラスケースに収められた、まさに写真の中で微笑んでいた眼鏡の少女!!!

血の気を失った肌は人形の様に白く、それでも液体に沈められたその肢体は、今にも目覚めそうな瑞々しさを保っている。

ガラスにへばりつくと「トモミ」に話しかける。

「トモミぃぃ・・あなたは実に素敵なお友達をお持ちですねぇ。まさか彼女が親友のユウちゃんだったとは・・。あなたは容姿も魂もとても美しい。故に私のコレクションに選んで差し上げたのですが、まさか親友までもが私のコレクション候補になるとは・・」

「本当は今すぐ仲良く隣に並べてあげるつもりだったのですが、あのコーヒーが飲めないのでは仕方ありません」

「ええ、待っていて下さい。すぐに再会させてあげますからね・・。

「おっといけない、店を開けたままでした。戻らねば・・」

私は地下室を出て、店を閉める準備を始めた。



「嘘、でしょ」

あたしはさっきの眼鏡店に戻ってきていた。

トモミがいなくなってから、ずっと自分を責め続けていた。

もう、会えないんじゃないかって半分頭で分かってた。だけど、それを認めてしまったら、あたしの免罪符が無くなってしまう。あたしは醜い人間だ。だけど誰にも言えるわけない。だからあたしはこれからもトモミを探し続けると思う。

でも、彼は優しかった。あたしの本音の一部分だけど、受け止めてくれた。こんなに気持ちが安らいだのは久しぶりだった。彼になら、あたしの全てを委ねてもいいって。

なんかごめんね、トモミ。

だから、もう一度お店に戻ってきた。

なのに・・・。

店に戻ると彼は居なかった。

一人でお店やってるみたいだし、奥の方から音がしたからそっと覗いてみたら、地下への階段があった。


そこで見た信じられない光景。

さっきまでの優しい彼は、どこにもいなかった。

「逃げなきゃ」

咄嗟に思ったけど、足が震えてうまく歩けない。

彼が上がってくる気配がして、必死で物陰に隠れた。彼に見つからずに身を隠すには、一瞬の隙をついて地下室に逃げ込むしかなかった。


「と、トモミ・・」

それは間違いなく朋美だった。小さい頃から一緒だったあたしの親友。

落ち着いていて、いつも優しくて、勢い任せのあたしとは違う。

あたし、朋美にずっと憧れてたんだよ・・。

その変わり果てた姿を前にしてあたしは動けなくなっていた。

ここから逃げ出さなきゃ、冷静にならなきゃいけないのに、涙が止まらない。

彼は異常だ、このままじゃヤバい。

どうして、こんな事に・・・。


「なにを、しているのです」


振り返ると、彼がいた。

「___っ!」

その声に心臓を鷲掴みにされたようだった。呼吸がうまくできない。

一歩づつ近づいてくる彼。


だめ、足が動かない。

ガタガタ震える体も自分の意思ではどうにもならない。

恐怖に押しつぶされて声が出せない。

いやだ、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い怖い怖い__。


「助けて」


かすれ声でやっと一言、そう発した。

目の前にまで迫っていた彼は、それを聞いてちょっと目を丸くした後、あたしを抱きしめた。

「優奈、あなたは友達思いの素敵な人です」

ああ、さっきと同じ。女の子の香水やシャンプーと違う、男の人の香り。

こんな状況なのに、記憶がさっきの優しさを呼び起こす・・


「ですが」


「戻ってくるとは、思っていたより美しくなかったようです」


抱きしめられると同時に、あたしの背中にはナイフが突き刺さっていた。

痛みよりも先に全身から力が抜ける。

糸の切れた操り人形のように、丁度、朋美の前に崩れ落ちた。

意識が朦朧としている中で、朋美と目が合ったような気がした。

その次の瞬間、あたしはただの塊になった。


「なんかごめんね、朋美」



 水曜日、「Collection」は定休日だ。

一人でやっている店なので、定休日を設定しないと休めない。

もっとも、休日に済ませておかなくてはいけない事も何かとあるものだ。

そう、例えば火曜日の後始末であったり・・・。



ご覧頂き、ありがとうございました。

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