1話「メイス」
ベッドの上で上体を起こし、さっき見た夢を思い出した。
またこの夢か。これで何回目だろう。
多分あれは、俺にとって無いに等しい幼い頃の記憶なのだろう。まだ、兄がいた頃の。
寝ぼけた頭でそんな事を考えながら、寝室のカーテンを開けた。
ここは二階の部屋でしかもちょっとした高台に家があるから、見晴らしがいい。晴れた日、ちょうど今日なんかは街がよく見える。
今日もいい天気だな。せっかくの休日だし、朝メシ食ったらまたあそこへ行くか。
一階へ降り、洗顔等を済ませ、キッチンへ向かう。食器棚に雑に置いてあった食パンを袋から出し、バターを乗せ、トースターにつっこむ。その間に、お湯を沸かしてコーヒーの準備をする。二、三分でパンが焼き上がり、お湯も沸いた。お湯をインスタントコーヒーに注ぎ、パンとともに食卓へ持っていく。
食卓には、一枚の写真が飾ってある。
そういえばまだ挨拶していなかったと思い、写真に向かって言う。
「おはよう、兄さん」
天・冥・魔。三つの空間に、三つの世界がそれぞれ成り立っている。それぞれが独立して、独自の文化を築き上げた。
そのうちの、ここは冥界。天界の人間と魔界の人間のハーフが住む空間。
その冥界の主要都市の一つ、ケルシスタの郊外に俺ことメイスは住んでいる。
今はいない両親がこの家を残してくれた。立地、住み心地などが良く、とても快適だ。
ある一点を除けば。
冥界には他にはない差別がある。俺や俺の家族、その他何世帯かがこの地域の差別対象だ。
差別は幾つかある主要都市の郊外を行けば行くほどひどくなっていく。さっきも言ったが、我が家は郊外にある。それゆえ、毎日家を出れば隣近所の人から見下す目で見られる有様だ。
とはいえ俺は今年で17。通っている高校には行かなくてはならない。よって今日のような休日は、一人、ゆっくり散歩出来る。誰もいない所まで。
朝食を食べ終えた俺は、例の場所へ行くことにした。
「行ってきます。兄さん」
目指したのは、家の近くのガケのそばにある、一本の大きな木。
ガケが目の前ということもあり、全くと言っていいほどここは人が来ない。俺にとっては絶好の場所だ。俺はこの木の下で本を読んだり眠ったりすることが休日の日課である。晴れた日限定で。
持ってきた本を開き、続きを読む。
心地良い風に吹かれながら、読みふけっていく。
そこに、集中を切らすかのような高めの声がした。
「あれ?人がいる…」