96話
◇
翌日。
朝から素材ギルドやラナンド商会で必要な物を見繕い、また昨日と同じく厩舎の傍で作業を開始する。時間としては昼食までにルヴェラの分の装備を作り終えられれば上々といったところか。
土の作業台に出した素材のうち、暗い赤色の革と革紐を手に取り、
「……ルヴェラ」
「グ、グウ」
ルヴェラを傍に呼んで彼女の胴体や四肢の長さ大きさなどを計測していく。
昨日、装備について詰めているときに気づいたのだが、彼女にはもともと炎状殻でできた籠手と脚甲のようなものがあるのだ。なので武器に関してはこれらを基に考えて作らなければ邪魔になってしまう。
とはいえ、もうどのような形の武器にするかは決めている。腕輪だ。
腕輪ならば炎状殻よりも上の部分、つまり二の腕につけることができるので問題もないだろう。
ただ残念なことに、いま作ることはできない。
というのも、自分が想定している物を作るには、金属素材でなければ少し具合が悪いのだ。この城には鍛治に使えるような炉や設備はないらしいので、今回は諦めている。
よってこれから作るのは防具だ。
ルヴェラの場合、戦闘スタイルを考慮して服という形にすることにした。革の素材で軽鎧も考えたが、身体の線に沿った物のほうが動きを阻害しないだろう。
ともかく基本素材となる赤色の布と朱華色の布を手に取り、用意していた裁縫具を使って裁断、縫製していく。
この赤い布は特殊な物で、かなり高価だった。ファイレウス大陸でのみ採れる植物の繊維で織られていて、さらに”レッドスライム”の粘液と[赤纏鉱]の粉塵で作られた特殊な液体を染め込まれているらしい。
もともと火の耐性がとても強い植物の繊維なのだが、その液体の効果によってさらにそれが強固なものになっているそうだ。
朱華色の布はただ色が違うだけで、物としてはこの赤布と同じらしい。
(……こんなものか)
しばらく作業を続け、ほぼ仕上がった。
まず胸部。たしかチューブトップといったか、とにかく胸を包む帯のような形状で、中央より少し上の部分に革を裏地にして赤い宝石のブローチを縫いつけてある。このブローチは自作品ではなく、もともと売っていた物だ。セルリーンのボーンエッジハーネスもそうだったが、魔巧を仕込む場合この位置につけるのが一番無駄がない。
そして上から羽織るタイプの上衣は、前が開いていて留められない形状の物にした。袖はなく、肩口の部分は軽く反り返りが付き、それが火の波のように見える。背部の裾は腿の辺りまでの長さにした。これにも火を彷彿とさせる拵えがあり、装備すれば炎をまとっているように見えるだろう。
ズボンは暗赤の革で作り、裾が腿の半ばまでで全体が肌にぴったり沿う物にした。そして腰の左右には布帯をくねらせて飾りあしらえ、背部には上衣に合うような腰マント、前部には前垂れをつけている。
(問題は……ないな)
確認を終え、仕上げの作業に移る。呪刻だ。
この装備用にと考えていた呪紋を作っていき、ささと上衣の裏地に刻んでいった。効果はもちろん六つ。
〈HP回復速度+極大〉
〈MP回復速度+極大〉
〈火属性耐性+極大〉
〈HP吸収耐性+極大〉
〈MP吸収耐性+極大〉
〈回避力+極大〉
あとは魔巧だが、これは武器と連動させる形で仕込むつもりなので今回はこれで仕上がりだ。名前は……『炎鬼の闘衣』といったところか。
《――『炎鬼の闘衣』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ 炎鬼の闘衣 防具【☆10(MAX)】
属性:『火』
物理防御力:208
魔術防御力:273
基礎能力:火属性耐性<Lv7>
=== =========================== ===
素材や道具などを一旦すべて袋にかたづけ、作業台の脇に置く。
そして、
「……厩舎に戻るぞ」
「グウゥ」
さっそく着替えさせるべく、完成した装備を手に屋内へ。適当に場所を見繕い、ルヴェラに指示をする。
「……しゃがめ」
「グゥ」
「……脱げ」
「グ、グゥ」
少しの恥じらいと緊張した様子で従った彼女に、
「……腕を上げろ」
「グォ」
まずチューブトップを上から被せ、着せる。あとの装着法はおそらく己でわかるだろうので、とりあえずズボンを渡してみた。穿くには足の炎状殻が邪魔に思えるが、伸縮性が十分にある革で作ったので問題はないだろう。
「グゥ、グウ」
やはり、うまく足を通せたようだ。
最後に上衣を差し出すと、それもすんなりと羽織った。
全体の具合を見てみる。
特に問題はなかった。
「……武器はまたの機会に」
「グゥオンっ!」
満足そうだ。上衣のマントを摘まんでひらひらさせたり、尻や腰の部分などを撫でたりしながら嬉しそうに頬を緩めている。
……さて。
昼食まではまだ少しある。なので城内へ戻る前に、ハニエスとティグアーデ、ネレイアの身体の測定を先んじてしておくことにした。
食事を終えて、再び作業台に戻る。今度はアーニャたちやメイドたちもついてきたがそれは置いて、次につくるのはハニエスの装備だ。
ただ、彼女の場合も少し問題がある。というのも、飛行に関しては種族的にハーピーよりも繊細で、さらにもともと全身が甲殻で覆われているため無理に防具を重ねる有効性が低いのだ。
なので思案した結果、武器の他にアクセサリーを作ることにした。といってもそう大それた物ではなく、簡単に首環を拵えるつもりである。
アクセサリーは武器や防具と違って呪刻で施せる効果の最大数が少ないのだが、まあしかたがないことだろう。
(まずは……)
素材ギルドで購入した[プリックヴェスパの甲殻]を手に取り、鱗や甲殻素材などを縫製するためのワイヤーを使って少し小さめな剣の柄を拵えていく。続けて同じ物を、全部で八つ作った。
できるだけ使う本人に合ったものをと考えて選んだが、ハニエスとしてはこの同族の素材に対して特に思うところはないらしい。野生に生きていた者として使えるものは使うという感覚があるのだろうし、そもそも別の群の個体だから、という部分もあるのだろう。
それはそれとして。
次は、[ニードルスパイダーの毒尾針]。
手のひらほどの大きさのそれを八つ、いま作った甲殻の柄にそれぞれ宛てがいワイヤーでしっかり固定する。これでひとまずは短剣と呼べる形になった。
続いて拵えるのは、これらの鞘となる物。
また[プリックヴェスパの甲殻]をワイヤーで縫製していく。左右の腰の位置にくる二つのホルスターを革ベルトに着けたような形で、それぞれの鞘に四本ずつ納められる物にした。ちなみに両ホルスターの外側には一つずつ、蜂蜜色に淡くきらめく[琥珀晶]をあしらえてある。
ひとまずできたそれらを脇に置き、呪紋の生成作業に移った。
(……よし)
終えると再び鞘を手に取り、左右のホルスターに三つずつ呪刻を施していく。この武器は八つの短剣と鞘までが一個の装備になるので、これで全ての短剣に効果が乗るのだ。付与した効果は、
〈急所攻撃威力+極大〉
〈帯毒特効 極大〉
〈麻痺特効 極大〉
〈HP吸収 極大〉
〈MP吸収 極大〉
〈出血付与 極大〉
ずいぶんと物々しい具合だが、もともとハニエスは種族柄それほど能力値が高くないし、そもそも命を預ける武具の性能にやりすぎなどないだろう。
最後に仕上げとして鞘の[琥珀晶]二つに魔巧を仕込む。うまく機能するかの確認のため、短剣をすべて抜いてバラバラの場所に避けた。そして[琥珀晶]に魔力を込めると、
「「「「「「「「「「おお~!?」」」」」」」」なのー」」
まもなくしてすべての短剣が鞘に納まっていく。アーニャたちの感嘆とメイドたちの「お見事です」という声。
成功だ。武器名は『蜂華の八投刃』とでもしておく。
《――『蜂華の八投刃』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ 蜂華の八投刃 武器【☆10(MAX)】
物理攻撃力:148
魔術攻撃力: 98
基礎能力:毒撃<Lv6>
痺撃<Lv4>
=== =========================== ===
武器はこれで完成として、次に首環の作成に移る。
下地は黒色の革で作り、左右の少し背面寄りの部分には[プリックヴェスパの甲殻]を沿わせるように拵え、前面の中央には黄色い[プリックヴェスパの甲殻]で蜂の頭部をモチーフにした飾りをあしらえた。
仕上げに裏地へ呪刻を施し、完成だ。単純に『女王蜂の首環』といったところか。
《――『女王蜂の首環』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ 女王蜂の首環 アクセサリー【☆10(MAX)】
物理防御力:31
魔術防御力:23
基礎能力:毒耐性<Lv3>
痺耐性<Lv2>
=== =========================== ===
そして、呪刻による効果は三つ。これがアクセサリーに付与できる最大数だ。
〈回避力+極大〉
〈回避成功時HP回復+10〉
〈回避成功時MP回復+10〉
ハニエスの場合は、武器も含めてこういった効果が向いていると考えたのでその方向性でまとめてみた。おそらく悪くはないだろう。
「……ハニエス」
『ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!』
無意識だろうか、頭の触角が嬉しそうに鳴っている。
まず腰に『蜂華の八投刃』を着けてやるとまた触角の音が増し、
「……首を」
『ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ!』
滞空状態で届かないので、上半身ごと前傾姿勢を取らせてから『女王蜂の首環』をはめてやると、また一層に触角を鳴らしていた。
かと思うと、やがてなにやらソワソワとし始める。城壁の外のほうとこちらに視線をさまよわせている様子を見るに、どうも新しい力を馴らしたいようだ。
「……あまり遠くにはいくな。襲われたとき以外は殺さないようにしろ」
『! ギヂヂヂヂヂヂヂヂヂィッ!』
『『『ヴヴヴヴヴヴ!』』』
自分の言葉にうなずくと、ハニエスはさっそく平原のほうへ飛んでいった。後ろから他のスティングヴェスパたちも何匹か追従していく。満足すれば帰ってくるだろう。
……さて。と、作業台に向き直る。
残るはティグアーデとネレイアの装備だ。
朱華色は橙色っぽい感じの色です。漢字じゃなくてもちょろっと平仮名で検索すればすぐでてくると思います。
読んでて気づいた方もいるかもしれませんが、実はシルヴェリッサは物作りを少なからず楽しんでいます。本人に自覚はありませんが。