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90話

ひと月近く開いてしまいました。申し訳ない。

     ◇


 ややもなくソウェニア城が見え、そろそろ飛速を抑えようとしたときだった。空中で待っていたらしいセルリーンたちが飛びつくように勢いよく寄ってくる。


「ピュイイイイイイイイイイイーーーーッ!」


 そうして実際に飛びついてきたセルリーンを、衝撃で痛みが生じないよう少しだけふわりと後ろに下がりつつ受け止めた。そのままゆっくりと高度を下げ、飛行している他の従魔たちと厩舎のそばに降り立つ。


「グュウッ……!」


 と、どうもみな心配していたようだ。ルヴェラを先頭にどんどん集まってきた。

 安心させるように撫で、ひとしきり落ち着いた様子が見えたのを確認すると、とりあえずリフィーズへ報告するため城内へと向かう。


 やはりというべきか、空気が騒がしげだった。その理由であろう”飛竜ワイバーン”の大群はもういないのだが、まあそれについても例の緑竜ディーガナルダについても、これから報告するつもりである。


 と、玉座の間へ向かう途中で見覚えのある顔ぶれがあった。

 ガナンとアランドラがそれぞれの隊の戦支度いくさじたくをしているようで、部下と見られる騎士らに指示を飛ばしながら、時折お互いが直に確認事をしている。おそらく連繋的な問題についての確認だろう。


「むっ? もしやシルヴェリッサ殿か!?」

「! あぁ、よくぞご無事で……!」


 二人はこちらに気づくと部下に何らかを言い残し、寄ってきた。

 もしや、とはどういうことかと思ったが、なるほど自分の格好である。納得して”ストームグリーン”を終刃した。


「話には聞いていたが、なんと不可思議な……」

「すごいお力です!」


 緑色の燐光の後に元の姿へ戻ると、二人は瞠目して驚いた様子を見せる。似たような雰囲気に感じるのは兄妹ゆえだろうか。


「……報告にきた」

「承知した。陛下は今、会議室におられる。場所はお分かりか?」

「……いや」

「では案内を一人。――おい誰か! シルヴェリッサ殿を会議室へ!」

     「はっ、了解しました!」

「シルヴェリッサ殿、あの者に」

「……ん」


 うなずきを返しガナンたちと別れ、騎士の案内のもと会議室へ向かう。


 やがてそれらしき部屋の前までくると、案内の騎士は振り返って静かに礼をした。


「こちらが会議室です。只今お言通ごとどおしいたしますゆえ、お待ちを」


 そして騎士は再び向きかえり、扉の両脇で待機している衛兵に手早く事を説明する。し終えると扉を叩き、


『……何事かしら』


 部屋内から少々こわばったリフィーズの問いが返ってくると、応答の口を開いた。


「はっ、会議中、失礼いたします! シルヴェリッサ殿がご帰還され、報告に参られました!」

『なんですって!? 衛兵、すぐに通しなさい!』

「はっ!」


 衛兵の片方が返じて扉を開き、手で小さく促してきたので従う。会議室に入ると、大きな円卓に席を連ねる面々、それから中心となる一際目立つ席にリフィーズの姿が見えた。彼女は卓に両手をついた状態で立っており、こちらに身を乗り出している。

 その顔には少し気疲れのような、切迫感というのか焦燥感というのか、とにかくそういったものが窺えた。おそらく”飛竜”の大群について頭を悩ませていたらしい。


「あぁ、あぁ、シルヴェリッサ……!」


 自分の姿を認めるや、リフィーズは駆け寄ってきて両肩を取り抱いてきた。彼女が普段使いしているらしい香水か香木かの匂いが、その勢いに乗りふわりと薫る。


「よかった……よかった……本当に……!」

「…………」


 突き放すこともできるが、別にそうする意味は持っていない。よって自然に離れるまで待つも、少しばかり時間がかかった。


「ごめんなさい、取り乱したわ……報告だったわね、聞かせて頂戴」

「……ん」


 そうして話そうとしたときである。

 脇から横やりが入った。


「お待ちを、陛下」


 元老院長サイモン。

 その男が口を開き、注目が集まる。表向きでないにせよリフィーズと敵対している者がここにいていいのかと思うが、国とは複雑なもの。自分ではわからない理由しがらみなどがあるのだろう。


「今は重要な会議の最中です。それを中断するほどの価値があるのでしょうか。ましてやその者は本来この国とは――」

「黙りなさい、サイモン。妾が、聞くと言っているのよ」

「……左様で、ございますか」


 しかしリフィーズが睨めつけると、少し渋った様子ながら黙る。他の隣り並び合っている幾人かの老人らも渋り顔をしていることから、おそらくそのサイモンと同じ心境、ともすればリフィーズを狙う仲間であるのかもしれない。


「ごめんなさいシルヴェリッサ、続けて頂戴」

「……”飛竜”の群れは消えた」


 言うと、室内の全員がその意味を図りかねたようで、少し戸惑いの空気が漂った。


「消えた、というのはどういうことかしら?」

「……新しく緑色の竜が現れて、すべて吹き飛ばした」


 にわかにざわめきが起こる。そして、


 ――サイモンの眉が、微細に揺れた。偶然、だろうか。


「……それは、『竜』で間違いないのね? ”飛竜”ではなく」

「……ん」

「本当に……本当に、間違いではないのね?」

「……ん」

「なん、てこと……!」


 リフィーズが絶望を見たような顔で頭を抱える。どうも『竜』と”飛竜”では感覚が大きく異なるようだ。

 他の者らも同様の様子であったのだが……なんだろう。サイモンとその仲間らしき輩だけは、微妙に悲観の色が薄いように感じる。やはりどうにも怪しいが、しかし今のところ子細はわからないためひとまず意識から外した。


 重い静寂が場を包み、やがてリフィーズが顔を上げる。


「けれど……その緑竜はなぜ”飛竜”を吹き飛ばしたりなんて……」

「……『竜の恥面はじづら』と言っていた」

「”言っていた”、ですって……? シルヴェリッサ、貴女まさか、竜と言葉を交わしたの!?」

「……ん」


 うなずくと、周囲が唖然とした。……やはりサイモンらだけは妙な違和感があったが、それはもういい。


     「まさか、そんなことが?」

     「いや……そうおかしな話ではないぞ」

     「そうだ。伝承や古文書などにも『竜との対話』の記述はある」


 などとやりとりをして納得する周囲は放っておき、続けて報告を口にする。


「……3日後、裁きにくると言っていた」

「裁く? それはどういうことかしら?」

「……供物を盗まれたと」


 怪訝そうなリフィーズの問いに答える。その盗人がこの国の者とは限らないし、そもそも本当に盗まれたのかもわからないが、緑竜ディーガナルダは関係ないと言っていた。なんにせよ来るのであれば、ここで詳しく流れを話したところで意味はないだろう。


「供物を、盗んだ? ……盗賊。盗賊ね! 下衆どもがッ!」


 リフィーズが忌々しげに声を荒げ、卓を強く叩く。他の者も次々に続いた。


     「くそっ、賊のせいか!」

     「どうする! どうにか捕らえて差し出すか?」

     「三日しかないのだぞ!? それよりも他の方法を――」

     「思いつくかもわからないことを考えている場合か!」

     「ではやはり賊を探し出し捕らえるか?」

     「いやしかし……」


「落ち着きなさい!」


 リフィーズが一喝すると、乱れかけた空気が鎮まった。

 それから一拍し、彼女はこちらに目を寄越す。なんだろう。


「シルヴェリッサ。その盗賊について何か情報はあるかしら?」

「……ない」

「そう……」

「……竜ならわたしが」

「駄目よッ!!」

「…………」


 自分が倒すと言おうとしたのだが、先んじて強く止められた。なぜだろう、と沈黙する。


「貴女がどれだけ強くても、人であることに変わりはない。たった一人で竜と戦って勝つなんて、絶対に無理よ。……今回みたいに勝手に動くのは許さないわ、いいわね?」

「…………わかった」


 難なく勝てると思われるのだが、この様子だとそう言ったところで信じはすまい。

 しかたがないので従うことにした。いざディーガナルダが現れたときは、被害が及ぶ前に対処すればいいだろう。


 リフィーズはこちらがうなずいたのを見ると小さく笑み、姿勢を直して周囲をひとつ見渡した。


「三日間。これはとても短いわ。逃げるにも足りず、早馬で救援を乞うにも絶対的に足りない。話し合いで良い案が浮かぶ可能性もわからない以上、取れる行動は賊を探し出して差し出す以外ないわ。なお……心苦しくはあるけれど、民草の混乱を防ぐため情報は外秘とするように。以上、解散しなさい!」

「「「「「はっ!」」」」」


 一同は一斉に返じると、次々早々と解散していった。

 まもなく会議室は閑散とし、最後に残ったリフィーズが歩み寄ってくる。


「さ、シルヴェリッサ。貴女ももう戻りなさい、疲れたでしょう? さっきは厳しいことを言ってごめんなさいね」

「……いい」

「そう。よかった」


 安堵を浮かべるリフィーズ。ついで手をこちらの背に添えて促してきたので、そのまま二人で部屋を出た。


「それじゃあ、ゆっくり休みなさい」

「……ん」


 そうして別れ、アーニャたちの待つ自分の部屋に歩き始めたときだった。







          気配。







 ほんの少し西寄りの、南方。方角的に見てウィンデポート方面だろうか。

 そちらから――――”黄岩陸”に似た気配を感じた。


 しかし”黄岩陸”はたしかにここにある。妙だ。

 妙だが、なんだろう。その気配が高い速度でこちらに向かっているのも、その存在自体も、なぜか自分は『当然』のことと認識しているのだ。警戒心も不思議と湧かない。


 不気味、とも思えなかったが、とにかくひとまずは心に留め置くことにした。






「リフィーズ見て! おかげで”ストームグリーン”取り戻せたよ!」


……という報告をすることは絶対にないシルヴェリッサ。なお、自分の目的は達しましたがリフィーズとの契約は全うします。そのへん真面目な娘なので。

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