89話
◇
地に降りた”緑色”が右翼を振りかぶり、そのまま一気に薙ぎ払いを寄越す。風を唸らすそれを屈んで躱しながら左手の鞘をくるりと逆手、つまり鯉口が小指のほうへくるよう持ち替え、
「……《塵突》!」
鐺による刺突。
”緑色”の胴へ向けたそれは、しかし寸でで身を翻され、返す翼で再び薙ぎ払いが襲いかかる。
「……くっ!」
なんとか咄嗟に軌道を直した鞘と、右手の”黄岩陸”を交差させて威力を殺したが、少なからぬ距離を飛ばされてしまった。中空で体勢を整え着地する。
追撃を警戒すべく”緑色”を見やると、
(またか)
例の錆色の粒子に苦しんでいるようだった。
しかし、”黄岩陸”のときよりも間隔が短いように思える。いや、正確には『この段階に至るまでの時間が早かった』、というべきか。
”黄岩陸”のときを思い出すと、まず錆色の粒子が生じたこと自体、接触からかなり経過してからであった。それに比べると、やはり今回は段階が早いのだ。
――ピュオオォォォオオオオオオーー!
と、復活したらしい。
どうにも不明瞭な錆色の粒子だが、考えてもわからないものは思案したところで無駄だ。
両翼を折り畳んだ状態からの回転突撃を、下方に入り込むように転がって躱し、すれ違いざまに《楔擲》を撃ち込む。またわずかにしか命中しなかったが、かまわない。
”緑色”は突撃の勢いのまま空へと舞い上がると、翼を解放するように広げ羽の刃を降らせてきた。鞘の鐺で地を軽く叩き、岩の壁を発生させてそれを防ぐ。
それにしても、どうもおかしい。
先ほどから幾度も幾度も攻撃を当てているのだが、どういうわけか”緑色”には傷がつかないのだ。否、ついてはいる。ついてはいるが、まるで泥沼から泥を一掬いするとその穴がすぐに周りの泥に侵食されるが如く、傷が埋まるようにして消えるのだ。
ただダメージが通ると怯むので、効いてはいるらしい。
「……《黄印:降礫》」
岩の壁を消し、上空の”緑色”へそれを見舞う。反応されて少ししか当たらなかったが、生じた残滓は《楔擲》の楔に吸収された。とはいえ、まだ弾ぜるまでには至らない。
降下による鉤爪の襲撃を飛び退きで回避し、地の力を纏わせた斬撃《穿地》を振るう。が、手応えは浅い。
翼の薙ぎ払いによる反撃を受けてしまい、直撃は避けたものの吹き飛ばされた。
追撃の突進が迫る。
中空で身を翻しての躱しざま、”黄岩陸”を放し空いた右手で”緑色”の翼を掴んだ。身体が引っ張られるままに左手の鞘で浮いた”黄岩陸”を納刀する。
と、”緑色”の身体から強い勢いで錆色の粒子が溢れ出た。
この勢いには覚えがある。
《――”嵐剣・ストームグリーン”の浄化率が50%に達しました》
《――以下の解放条件が有効となります》
≫ ”嵐剣・ストームグリーン”に触れる
そう、これだ。この通知である。
「……”終刃”!」
”黄岩陸”と《神鎧:黄裂》を戻し、空いた左手を”緑色”の頭部――”嵐剣・ストームグリーン”へと伸ばす。
怯みで地に墜ちた”緑色”により揺らぐ体勢を堪え、そして――
《――”嵐剣・ストームグリーン”の浄化が完了しました》
《――称号:『邪怨の主』の一部が浄化され
NAME:シルヴェリッサに回帰します》
≫ 回帰スキル = 『暴食』
《――”嵐剣・ストームグリーン”の回帰により
NAME:シルヴェリッサの能力の一部が復元されます》
≫ 回帰スキル = 『嵐剣・ストームグリーン』
『緑印術』
迸るは緑色に輝く無数の粒子。
やがて収まるとやはり”緑色”の姿はなく、左手には”嵐剣・ストームグリーン”が静かにその姿を見せていた。
両刃で、剣身は緑。刃の部分は色が薄い。
明緑色の鍔は、剣身の腹側から見て薄緑の風の翼を垂らしたかのような流麗な装飾をたたえており、まるで揺らめくヴェールを纏っているようにも見える。
『はばき』にあたる部分からは、蔓状の細い風を象った装飾が剣身を絡め支える形で伸び、巻きついていた。
鞘は深緑色で、鯉口にほど近い部分には3枚2対で左右に薄緑の羽状拵えがあり、鐺よりの中ほどには旋風を彷彿とさせる装飾が本体を包むように絡みついている。
剣鞘一体、さながら『風』の顕現だ。
そして、
《――神鎧:緑疾の回帰が完了しました》
己が纏うは緑の装束。
胸元から胸下までを覆う暗緑の主布に、その背部から羽のように左右二方と下部二方へ垂れるヴェール状の極薄布。そのうち左右のほうはそれぞれ両腕部の短袖に繋がっており、残りの2つはそのまま風に揺らめいている。
短袖の先には続くような形でもう1種類、薄緑色の袖があり、それは軽く膨らんでいて手首の部分できゅっと収まる形状だ。
主布と同色で暗緑の下履きも似たつくりで、腰から膝下までを覆い先が締まっている。腰巻き状のヴェールはいくつもが規則的に結い絡み、まるで翼を麗しく下方へ垂らしたかのようにも見えた。
編み上げのサンダルの脛側部と、袖先の手首部分にはそれぞれ2枚に重なった羽が装飾されている。
全体的に軽やかな意匠であった。
それから、髪もまた変化している。
瞳も同じくだが緑銀に変わり、両の下方側頭部にそこそこ大きな輪状の結い束ねができていた。
《――復元された能力値の算出が完了しました》
《――新たな能力値を通知します》
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NAME:シルヴェリッサ ♀
AGE: 17
Lv: 160
HP: 16190/16190
MP: 15770/15770
STR: 6311
DEF: 5992
INT: 6147
RES: 6086
DEX: 6103
SPD: 7007
LUC: 5100
スキル: □神の瞳 □神の庫
□神の手 □獲得経験値増加
□全状態異常完全無効 □言語修得高速化
□剣技能Lv10(MAX)
□刀技能Lv10(MAX)
■憤怒 ■暴食
六刃: ■砕刀・黄岩陸 ■神鎧:黄裂 ■黄印術
■嵐剣・ストームグリーン
■神鎧:緑疾 ■緑印術
言語: □アルティア標準語 □エルフ語 □竜語
称号: △六刃使い(凍結中) ■異界の救世姫
■邪怨の主
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(……これで、2つ)
目を閉じて、ひとつ息を吐く。
あと残っている情報の当ては、クーナだ。おそらくこれに関しては、もうしばらくすれば詳しく得られるだろう。
ともあれ、この場での目的は達した。
ソウェニアへ帰還すべく、”ストームグリーン”の力で風を従え空へ舞い上がる。そしてふと、とある方角に目を向けた。例の緑竜、ディーガナルダが飛び去った方向だ。
エラッフェ旋塔。
先日『エッテアック』で聞いた女冒険者たちの話に出てきた塔である。どうやらそこが塒とみて違いなさそうだ。
まあとにかく、今はひとまず戻ったほうがいいだろう。
と、ソウェニアへと振り返り、進を向けた。
◆
ソウェニア王国・庶民街。
魔獄七将の一角たる”グラトニーゼブブ”のゼビアは、人間の姿に化けて街を歩いていた。隣には同じく魔獄七将である”モナークグリードオーク”のマムモムもいる。
「ねえねえマムちゃんッ☆」
「どうしたのな?」
体格差がすごいのでほぼ上を向いて声をかけると、マムモムもほぼ下を向いて反応してくれた。
「その竜ちゃんの素材でほしいのは~、どこのどれとどれとどれなのかなッ☆」
「ん、鱗と牙と爪と、できれば角もほしいのな」
「ほ~ほ~、じゃ骨とか皮とかはいいの~?☆」
「本当は全部ほしいのな。でもあいつはたしかに嫌なやつだったけど元仲間だから、さすがに殺すとかまでは忍びないのな」
それはまあ、わからないでもない。
「うんうん、あいつドラゴン以外は見下してたよね~。サディちゃんの言うことは聞いてたけど、それでもすっごい嫌そうだったな~☆」
「10日で魔王軍やめたやつは初めてだって、ルシーナスもちょっと呆れてたのな」
「ほ~ほ~、最年長のルシちゃんがね~♪ あ、サディちゃんといえばね~、副官ちゃんと若い頃の話で盛り上がってたよ~☆」
「副官って”クリスタルワイバーン”の、たしかリステルなのな?」
「そうそう、リスちゃん♪ ふたりともね、人間の村とか見つけたら襲わずに捧げ物をさせてたんだって☆ そうすると美味しい獲物とか楽に食べられるんだって言ってたよッ☆」
「体が鈍りそうなのな」
それは言えている。が、少なくともサディーラに限ってはそうでもなかったらしい。
「でもでもサディちゃんはね~、その代わりに守ってあげたりしてたみたいッ☆ それに色~~んなとこで同じことしてて、気まぐれに飛び回ってたから運動はそこそこしてたってさッ☆」
「なるほどなのな」
と、そこでにわかに鼻と腹を刺激する芳しい香りが風に乗ってきた。街中ということでもちろんそこかしこで食べ物の匂いはしていたが、これはもう完全に別格と断言していい。
どこから匂ってくるのか、鼻に己の全てを集中させて嗅ぎ探る。
「くんくん、くんくんくんくん……見つけたッ!☆ ――およ?」
全身全霊全力全開で駆け出そうとした瞬間、脇からひょいと抱え上げられた。目線がみるみる高くなり、やがてマムモムに肩車される形で落ち着く。
「はぐれないようにオイラが乗せて歩くのな。さ、どっちに行けばいいのな?」
「お~、ありがと~ねマムちゃん、大好きだよッ☆ あ、そこの道はいって~☆」
「ん、わかったのな」
自分とマムモムはとても仲が良い。というのも、お互いの趣味というか生き甲斐に関係がある。
食いしん坊の自分と収集家のマムモム。
マムモムは日頃からありとあらゆる様々な物品を集めてコレクションとしているのだが、その中でも食べ物は置いて飾っておこうにも腐ってしまうので、ひとしきり眺めるとすべて自分にくれるのだ。
そのお礼として自分も収集の手伝いをする、というわけで自然と仲が良くなったのである。
「あそこの路地裏ッ☆」
「ほいのな」
「つぎ左ッ☆」
「のな」
「しばらくまっすぐ――」
――唐突に、とある方角に意識を引き寄せられた。
「? ゼビア、どうしたのな?」
「――――」
あちらにあるのはたしか……フィンルフと呼ばれる大森林だったか。
なんだろう。安心するような、心が優しく包み込まれるような、そんな感覚だった。
やがてそれはゆっくりと収まっていき、我に返る。
「……はっ。そこのちっちゃい階段おりてッ☆」
「? ん、わかったのな」
少し首を傾げたマムモムだったが、すぐにうなずいてくれた。自分も疑問ではあるも、今はそれよりごはんである。
そうしてとにかく匂いを追いかけていくと、やがて『エッテアック』という名の店にたどり着いた。マムモムからぴょんっと降り、ばばーんと中へ入る。
「ごはんく~ださいッ!☆」
『えっ、ちょ、なにっ!?』
と、誰もいないフロアの奥から女の声がした。次いで小走りの足音とともに人間の女がやってくる。
「え、えっと、お嬢ちゃん? 悪いけど今日はもう店じまいなんだ。また明日おいで」
「む~、でもいい匂いしてるもん~、なにかあるんだよね~?☆」
「あ~、と……まあ小腹が空いたからスープ温めなおしてたとこだけど」
「それそれそれっ♪ お金は払うからちょうだいちょうだいッ☆」
「え、えぇ……」
困った反応ばかりでうなずかない女に、ぷぅっと小さく頬を膨らせる。
「なんでくれないの~ッ? ちょうだいちょうだいちょうだいッ!☆」
「ちょ、ちょっと、おちついてよお嬢ちゃんっ」
「すまないのな。この子は美味しい物のことになるとわがままになっちゃうのな」
マムモムが女に謝りを入れる。が、自分はわがままではない。ちょっと強引になってしまうだけだ。
「お、美味しい物……こほん。ま、まあ? そこまで言うなら特別に出してあげてもいいかな」
「え、ほんとッ? わ~いありがと~ッ♪☆」
「おぉ、なんて無垢で輝かしい笑顔……あっ、そのかわり皆には内緒ね? そっちの薄桃色の髪したおっきいお姉さんも食べる?」
「すまないのな、いただくのな」
「はいよ。じゃ、こっちおいで」
案内された先の部屋で少し待つと、とても芳しい湯気を立たせるスープが目の前に出された。その皿に鼻を近づけてすぅっと嗅ぐ。やはり食欲をそそる良い匂いだ。
ややもあらず完食し、
「おかわりッ☆」
「は、はやいね。これ私の、いま持ってきたばかりだから食べる?」
「うんッ☆」
「美味しいのな」
「ふふ、ありがと」
そうして何度かおかわりをしてひとしきり満足(満腹ではない)すると、店の女に向き直る。
「ありがと~、すごく美味しかったよ☆」
「ごちそうさまなのな。それでいくらなのな?」
「はい、お粗末さま。お金はいいよ、どうせ残り物だったし。それにあれだけ気持ちいい食べっぷりを見せてくれたんだから、もう満足だよ」
「いいのな?」
「いいっていいって。気に入ってくれたんだったら、今度は普通にお客さんとしておいでよ」
そうにこやかに言った女の顔を、下からじぃっと覗き込む。
「あ、あの、お嬢ちゃん?」
「お名前はなんていうの~?☆」
にまっと訊ねた。
「え、私? クーナだけど……」
「クーちゃんだね♪ あたしチャンはゼビアっていうの☆」
「オイラはマムモムなのな」
「それでね、あたしチャンてばクーちゃんのこと気に入っちゃった♪ だから~、なにかあったら守ってあげるねッ☆」
「え、っと。そう? ふふ、じゃあお願いしようかな」
「まかせなさ~い☆ それじゃいこっかマムちゃん♪ クーちゃんばいば~いッ☆」
手を振りながらクーナと別れ、マムモムと一緒に店を出る。
「さ~てとッ☆」
「なのな」
食欲も満足(満腹ではない)したので、ひとまず旅の疲れを癒すために改めて休む場所を探すことにした。
嵐剣フォームのシルヴェリッサの衣装と髪型、ちゃんと伝わったかな……。
あと『はばき』は漢字で書きたかったんですけど、変換に出てこなかったので諦めました。くそう。




