88話
予定よりバトルが薄味になってしまった……申し訳ない。
◇
『待ちなさいシルヴェリッサ! どこへ行くつもり!?』
リフィーズが叫ぶのが聞こえたが、止まる気はない。先に聞いた『緑色の巨鳥』が”ストームグリーン”である可能性がある以上、この機を逃すなどあり得なかった。
廊下を駆け抜け、階段は縁から飛び降り、厩舎へとたどり着く。
「……こい!」
「ヒ、ヒヒーン!」
そして手早くスヴァジルファリを連れ出すと、その背に跨がり空へと駆る。と、後ろからセルリーンや他の馬魔物たちも続いてきた。どうもついてくるつもりらしい。
飛竜がいかほどの強さかはわからないが、たしかに彼女たちで対処できそうな具合であればそういう手も打てる。
「……危険なようならすぐに退け」
「ピュッ!」
「「「「「ヒヒーン!」」」」」
セルリーンはともかくとして、馬魔物たちは実戦の経験が乏しい。その点も踏まえた上で判断するべきか。
いや、いまはとにかく件の場所へ向かわねば。
フィンルフ大森林。”ストームグリーン”の捜索で以前に赴いたことがあるので、方向は問題ない。
全速に近い速度でしばらく行くと――
(あれか)
見えた。”飛竜”らしき複数と、それに群がられている形で飛び舞う”緑色”の影。どうも”飛竜”らが”緑色”を襲っているようだ。
そしてそれらを視認した瞬間――
ピュオオォォォオオオーーーーッ!
感じる”嵐剣・ストームグリーン”の気配と、同時に”緑色”がこちらに目を向け甲高く鳴き、直後に翼を折り畳んだ状態で突進してくる。
やはり襲いかかってきた。”黄岩陸”のときと同じだ。
急上昇によりその突進を飛び越えるように躱し、
「……《黄刃抜刀》!」
『地』を顕現させ、纏う。これにより騎獣であるスヴァジルファリの能力も増すので、立ち回りやすくなったはずだ。
同時に数瞬だけ”飛竜”へ目を向け、”神の瞳”を発動させた。
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○ ワイバーン
Lv: 34
HP: 108/457
MP: 173/292
STR: 272
DEF: 302
INT: 248
RES: 223
SPD: 274
DEX: 165
LUC: 131
スキル: □飛行Lv4 □息撃Lv3
□無魔術Lv2 □魔力感度Lv3
□狩猟技術Lv3
言語: □竜語(簡式)
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かなり傷を負っているようだが、万全の状態であったとしてもさほど強くない能力具合だ。”飛竜”の総数も、”緑色”が討ち減らしたのか思っていたよりかなり少ない。これならばセルリーンたちに任せて問題なさそうである。
ピュオオオオオオーー!
と、再び”緑色”が攻撃してきた。その2つの鉤爪を鞘でいなしながら、セルリーンたちに向けて叫ぶ。
「……油断するな、いけ!」
「ピュイイ!」
「「「「「ヒヒヒーーンッ!」」」」」
それを受けると彼女らは雄叫びのようなものを上げ、こちらに猛り来る”ワイバーン”の群れへと向かっていった。
能力的に問題はなく、さらに相手は手負い。それこそ油断しなければ十全に対処できるはずだ。
意識を”緑色”へと集中する。
やはり間違いない。あの頭部の冠羽に紛れた一振り、”嵐剣・ストームグリーン”だ。
ピュオオォォォオオオーーーーッ!!
「……っ」
鉤爪の攻撃が一瞬とまると、すかさず頭突きのような形で”ストームグリーン”が振り下ろされた。”黄岩陸”で受け、弾くと同時にスヴァジルファリに念で指示をやって距離を取る。
すかさず左手の鞘をクルリと一つ回し、黄色い燐光を纏ういくつもの小さな刃を生成した。さらに鞘を軽く振り上げ、楔状のそれらを”緑色”に飛ばす。
遠距離攻撃なら”クラーケン”に使った《黄印:降礫》もあるが、この《楔擲》は普通の攻撃ではない。本体の威力自体は《黄印:降礫》よりもさらに低いものの、撃ち込まれた楔は”黄岩陸”の戦闘行動における力の残滓を吸収し、最後には弾ぜるのだ。
とにかくそれがいくらか命中し、外れたものは消滅した。さほどの命中数ではないが、その程度でいちいちかまうことはしない。
ピュオオオオーーッ!
こちらの遠距離攻撃に反応してか、”緑色”もなにやらその場で動く。両翼を抱くように畳むと次いで一気に広げ、羽の刃を飛ばしてきた。
飛来するそれらを駆け回りながら躱し、《黄印:降礫》で相殺しつつ”緑色”へ距離を詰めていく。”黄岩陸”を取り戻したときは、たしか解放条件がなにやらという通知がきたのだが……その前に柄を取っても回収することはできないのだろうか。
考えながらも”緑色”と攻防の押収を繰り返し、肉薄する隙を窺う。
そのとき――
「クハハハハハハハーーッ! ヴォーレア、テメンヴ!」
《――『竜語』を修得しました》
下方からそのような強い声が響いてきたかと思えば、突如として巨体の竜が現れた。どうもいまの言語は『竜語』であったようで、「小畜にしては、やりおるな!」という意味らしい。
強靭な体躯。苔むしたような色の外殻や鱗に、巨大な両翼。
”飛竜”が二肢と翼手であったのに対し、この竜は四肢があり、翼は翼で独立している。頭部に生えた二つの角も大きく、長い。
セルリーンたちが戦いながら警戒を顕にするが、その新手の竜は全く意に介した様子がなかった。襲ってくる気配はないものの、狙いも何もわからない。
だが”緑色”から意識を外すわけにもいかないので、竜へは少し警戒をやりながらもこちらの対処を続ける。
[それに比べてなんじゃ、うぬらは。鳥の1つも落とせずその体たらく、竜の恥面どもめがッ!]
「ピュイッ!?」
「「「「「ヒヒン!?」」」」」
怒声を上げた竜が大口を開けると、凄まじい風を纏う息を吐き出した。それは空気を震わすほどの勢いを以て”飛竜”たちへと迫り、一瞬で呑み込む。そして”飛竜”の群れは跡形もなく消え去り失せた。
いまのは……なんのつもりなのか全くわからない。
しかしあの威力、下手をすればセルリーンたちも巻き込まれていたし、そうなれば無事では済まなかっただろう。
このまま放っておくのは危険が過ぎる。自分はともかく、結果として”飛竜”が消えた今、セルリーンたちがここにいる意味はない。
ピュオオォォオオーー!
(”すぐに退け”!)
「ヒヒン!?」
幾度めか鉤爪を立ててきた”緑色”を強めに上方へ弾き、スヴァジルファリから滑り降りながら、念で彼女やセルリーンたちに命令を飛ばす。みな驚き少しだけ躊躇っているようだったが、着地して再び念をやると悔しげに竜を一瞥し、ソウェニアへと向かっていった。
これでこの場にいるのは自分と、”緑色”、そしてあの竜。
どうも”緑色”に関しては、”黄岩陸”のときと同じように自分の他は眼中にないようだ。先ほど”飛竜”を相手取っていたのは、おそらく向こうから襲ってきたからだろう。
竜は去っていくセルリーンらに一瞥も向けることなく、こちらへ合わせて滞空のまま高度を下げてきた。追ってくる”緑色”が迫るまでのわずかな隙に、”神の瞳”で竜を視る。
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NAME: ディーガナルダ
◆魔人◆
○ タイフーンドラゴンロード
『風』
Lv: 121
HP: 2035/2035
MP: 1800/1877
STR: 1139
DEF: 1124
INT: 952
RES: 901
SPD: 1007
DEX: 863
LUC: 611
スキル: □飛行Lv7 □息撃Lv6
□無魔術Lv3 □風魔術Lv5
□魔力感度Lv4 □風竜Lv4
言語: □竜語 □アルティア標準語
称号: □颱竜の王 □元魔王軍
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捨て置こう。
と判断し、意識の大半を”緑色”に移した。称号の『元魔王軍』というのが気にならないでもないが、”ストームグリーン”に比べれば全くもってどうでもいい。
ピュオ、オォォォ……ッ!
(これは……)
”黄岩陸”――あの”黄色”のサルのときと同様に、”緑色”の身体から錆色の気が漏れるように生じては消えていく。あのときはたしかこれが激しくなった頃合いで、例の解放条件が云々の通知がきたのだ。
「光栄に思え、そして誇るがいい人間の雌よ」
と、竜――ディーガナルダだったか――がなにやらアルティア標準語で高々に話し出した。いまは構っている暇はないのだが、なんだろうか。
「クハハハ、その鳥から目が離せぬか。まあ人間は弱く臆病で矮小なる存在、この我輩ディーガナルダはその程度で怒るような小器者ではないゆえ、許す。ありがたく思うがよい、クハハハッ!」
「…………」
「さて本題だが、我輩はいましがた腹を満たして機嫌がよい。よって、うぬに話を興じてやろう。では聞け」
意味がよくわからない。つまりは、自分が話したいから聞けということだろうか。だとすれば勝手というか面倒が過ぎる。
「我輩はそこらの木っ端竜とは頭の出来も器も違ってな。まあそういうわけでつい先日にも、見かけた人間の群れに一つ命じたのよ、供物を寄越せと。たしかに一気に喰ろうてやるのは簡単じゃが、それではその一時で終わる。しかし供物を捧げさせるやり方にすれば、人間も逃げぬし長く味わえるというもの。どうじゃ、賢いじゃろう?」
賢かろうと訊かれても、正直どうでもいい。
まあ生きるためにしたたむ物の食し方については何ら云々ないが、言うとすれば己で狩るなり手に入れろ、とは思う。
ピュオオォォォオオーーッ!
と、”緑色”が復活したようだ。軽く飛び上がる状態からの嘴による刺撃を後ろへ躱し、
「……《転砂掌》!」
鞘を粒子に変えて背に負う形に直すと、同時に前へ軽く跳躍しながら身体を捻って回転し、砂粒のような燐光を纏った左手のひらをその勢いのまま”緑色”の額に叩きつける。
ピュオオォォォオオオオオオオーーッ!
この技は力を溜めると威力が大きく増すのだが、即時発動の威力でも少なからず効いたようだ。よろめきながら怯んでいる。
「ほう、見せ物としてはまずまずじゃな。そうそう、話の続きじゃが、その供物の件を命じた群れがそれを盗まれたなど抜かしおってのう。まあ真偽は如何あれ、命令をこなせなかった報いとしていくらか喰ろうてやったわ!」
……人間を食した、と。なるほど。
「…………それは」
「む? なんじゃ、我輩の威容に感嘆したか? よいぞ、申してみよ」
「……生きるために食したのか?」
訊くとディーガナルダは一瞬だけきょとんとすると、やがて笑い声を上げた。
「クハハハハハハハハハ! 報いと言ったであろう。雄や老い者は不味いゆえ踏み潰してやったわ! 群れの半数は残しておいたゆえ、これに懲りて供物の命を死守するであろうよ」
「…………」
ディーガナルダへ刃を向けようとした――が、
ピュオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオーー!!
「……! くっ!」
急突進してきた”緑色”の嘴に突き上げられ、空中で受け身を取りずざざっと着地する。やはりいまはこちらを先に済まさねば。ディーガナルダに気を取られている場合ではない。幸い”緑色”は再び錆色の粒子を漏らして苦しんでいたため追撃はこなかったが、そんなものは油断の材料になどなり得ないのだ。
「そろそろ話も飽いてきたな……おお、そうだ人間。聞く余裕と群れに帰ることができたらば伝えるがよい。我が供物を盗んだ罪、真偽の如何によらず裁くゆえ、そうじゃな……うむ、3日後。3日後の中天に群れ全体で懺悔の姿勢を取るがよい。気が向けば許してやるかもしれんぞ? ではな人間。クハハハハハハーッ!」
逃げられてしまった。いや、いまは捨て置こう。
何度もいうように、この機を逃すわけには絶対にいかない。
”嵐剣・ストームグリーン”。
それを戴く”緑色”は、飛翔し、今にも鉤爪を攻めかけんとしている。
なんとしても――
(ここで取り戻す!)
ディーガナルダは「他と違う自分かっこいい」「小者がじゃれているのを意に介さず見物する自分つよい」、そう、つまり中二病です。