86話
脈絡もなにもありませんが、ハッピーバレンタイン!
◇
数日が経った。今日も変わらず『エッテアック』の手伝いである。
ここしばらく、空いた時間に『空駆』で”嵐剣・ストームグリーン”も探しているものの、結果は芳しくない。リフィーズからもらった”緑の巨鳥”の目撃情報を基に廻っているのだが、やはり飛行する相手ということでなかなか苦い状況だ。
しかし、あまり焦って探したところでどうにもならないだろう。これについては今後もそのまま続けるとして、今は店の準備だ。
アーニャたちももう慣れたもので、それぞれ分担なりしながら動いている。
自分もいつも通り厨房で準備を手伝っていると、一緒に作業をしているクーナがなにやら話を始めた。
「なんか最近さ、なんでかわかんないけど子供の頃のことをよく思い出すんだ。夢もけっこう見るし」
どこか懐かしむような、そして少し楽しそうな口調だ。いや、実際たのしいのだろう。
「私ってさ、ごく普通の村の出身で、実家も普通の家なんだけどね。年に1回だけお祭り――といってもただ村人で集まってほんの少し大層なお祈りをするだけのものなんだけど、まああってね、その日だけ家で贅沢な料理が食べられたんだ」
「…………」
「お父さんが鳥を狩ってきて、お母さんは森でキノコを採って、私は近所に住んでたお姉さんと川で魚を獲ってきてね。楽しかったなぁー、料理もお母さんとお姉さんと一緒で……実は料理人を目指したきっかけもそれなの」
「…………」
「そういえばあのお姉さん、この国のどこかのお屋敷に奉公に出ることになったって手紙で聞いたけど、元気にやってるかなぁ」
「…………」
「あの……聞いてる?」
「……ん」
「そ、そう? ならいいけど」
どうもクーナにとって、そのお姉さんとやらは大きな存在らしい。それからもいろいろと聞かされた。準備が終わるまでずっとだったので、時間としてはそこそこだろうか。
優しくて綺麗だった。
料理が得意だった。
家事もできた。
憧れだった。
など、とにかくそんなことを楽しそうに語られた。こんなふうに話すクーナを見るのは初めてかもしれない。
「よしっ、じゃあ今日もよろしくねみんな!」
多分に話せてすっきりしたのか、その声もいつもより幾分か喜色を孕んでいる。
「……ん」
「「「「「はいっ」」」」」 アーニャたち
まあ何であれ、自分たちのやることは変わらない。そろってうなずいた。
『エッテアック』の手伝いも支障なく終わり、いつものように昼過ぎに帰ってきた。
普段ならこれから”ストームグリーン”を探しに行くのだが、今日は以前リフィーズに言われた通り何人か貴族と会うことになっているので、このまま時間まで待機するつもりである。
そう。その貴族だが、先日『エッテアック』で会ったエルツィアという少女の家らしい。ソリステラという少女もいたが、彼女の家のほうはどうも例の元老院長サイモンが何やらあるようで、今回は来ないそうだ。
代わりに、というわけではないだろうが、たしか騎士団長ガナンと女騎士団長の家の者にも会ってほしいと聞いている。ちなみに二人は兄妹らしい。もうひとり姉もいるそうで、両家とも家族そろって来るそうだ。
(そういえば、”ジュエリーパピヨン”を見せてほしいと言っていたか)
リフィーズを通じてそのように頼まれているのを思い出す。なのでいったん屋外へ出て、厩舎へ向かった。
「ピュイイーッ♪」
「グュウッ」
と、いつもの如くセルリーンが飛びついてきたのだが……なぜだろう、顔がベトベトしていて、なにやら甘い匂いもする。次いでやってきたルヴェラも、口元に少しベタついた液体のようなものをつけていた。
しかし、この匂い。『エッテアック』で嗅いだ覚えがあるが、何だっただろうか。
疑問するも、ふと見やった先の光景で答えに思い至った。
(……蜂蜜、か)
そこでは、数体のスティングヴェスパたちがエリアルハーピーたち全員に群がられていた。
初めて知ったが、どうも”スティングヴェスパ”たちには蜜を溜め込むための部位があるようで、腰と尻の外殻の隙間からそれが膨らむ形で左右に出ている。見た目としてはポーチのような形状だ。
そしてハーピーたちはそれに吸い付くようにちゅうちゅうと蜂蜜を味わっているらしい。あまり慣れていない食法ゆえか少なからず口から漏れ溢れているが、さらにそれをペロペロと舐め取っている者もいた。必然くすぐったいようで、喘ぐような声も時折きこえる。
ちゅぱじゅぱ じゅちゅっぅ
ちゅぅちゅぅ ちゅるっじゅ
じゅろぢゅぴ ぢゅじゅじゅっ
そこかしこでそんな音が充満していた。
まあスティングヴェスパらに嫌がっている様子は感じられなかったので、特に問題はなかろう。
しかし従魔の世話係の女たちが真っ赤な顔に内股で座り込み、この様子を呆然と見つめていたが、なにをしているのだろうか。少し考えてみたがわからず、さほど興味があるわけでもなかったので無視することにした。
『ギヂ、ギヂヂ』
と、ハニエスがこちらに気づき、寄ってくる。彼女もポーチ状の蜜袋が膨らんでいるが、他の個体が2つなのに対し4つ有しているようで、色艶も見るからに良かった。やはり女王種ということで特別なのだろうか。
前までやってくると、彼女は自分の蜜袋を1つずつプチッと取り外し、両手に抱えて差し出してきた。もらってほしいということらしい。
取り外しが利くとは思わなかったが、一度ごとに使い捨てのような部位なのだろうか。とにかく受け取り”神の庫”に3つ仕舞って、残った1つは手に持っておくことにした。あとでアーニャたちと食べることにする。
よくよく見ると、蜂蜜を味わっているのはハーピーたちだけではないようだ。他の従魔たちも取り外した状態の蜜袋に口をつけたり、手に垂らした蜜を舐めとったりと、各々の食べ方で味わっていた。
そういえば、と思い出す。
ここ最近スティングヴェスパたちが、数体ずつあちこちの方向に飛んでいく姿を何度か目にした。どうも蜜を採る場所を探していたらしい。しかし、怪我などなかったようで何よりだ。
ともあれ、目的のジュエリーパピヨンたちも蜜に夢中になっているので、終わるまで待つことにした。
~ ■ ~
大闘技都市ラーパルジ。
何日かの旅道の末たどりついたドゥムカは、ふうと一息を吐いた。
(ちょっと一休みしたいニ)
体力的にはさほどの疲労でもないが、気疲れはさすがにある。それに今後の具体的な目的地も定めたいので、情報収集がてら少し落ち着きたいところだった。
ということで、宿を探さなければ。
(っとと、その前に……)
そう大層なことではないが、ちょっとした用向きを先に済まそうかと思う。適当に道行く人に場所を訊ねながら、その目的となる建物に向かった。
ラナンド商会ラーパルジ支部、ここである。
受付にしばらく並び、やがて自分の順が回ってきた。
「ラナンド商会へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「これを買い取ってほしいニ」
にこやかに対応してくれる受付嬢に答え、軽く一抱えの皮袋をカウンターに置く。中身は道中に手に入れた鉱石類だ。やはりガガレ岩野は非常に肥沃な鉱床地帯である。……まあ半分以上は自分の『採鉱』スキルの影響だろうが。
「はい、確認いたします。――これは……見事ですね」
「ワグームから来たニ」
あえて自分でいつどこで掘ったとは言わない。また妙なのに絡まれても面倒だからだ。神子として目覚めたいま、その辺の賊やチンピラ相手に遅れなどは取りようもないが、面倒なものは面倒なのである。
「なるほど。しかしこれほどの物はなかなか見れるものではありません。貴重な機会、ならびに私どもへのご売却ありがとうございます」
この様子なら旅金の足しとしては十分な額になりそうだ。備えはたくさんあるに越したことはないので、よかったと思う。
「どれくらいで買い取ってくれるニ?」
「そうですね、物が物で量もございますので、査定も含め少々お時間をいただきたく思います」
「じゃあ明日また来るニ」
「かしこまりました。ではお越しの際はこちらの番号札をご提示ください」
「わかったニ」
差し出された鉄札を受け取り、仕舞う。
それからついでだ。情報も訊ねてみることにした。
「あと、聖女についてなにか知ってたら教えてほしいニ」
「聖女様、ですか? そうですね……あ、そういえば少し前に、女神様からご神託を賜って旅に出たと窺いました。行き先については、申し訳ありませんが存じ上げません」
「ん、わかったニ。ありがとうだニ」
「いえ、ご利用ありがとうございました」
なるほど、やはり女神様の指示で動いているようだ。それについては予想通りだったのでいいが、しかし行き先や目的が不明瞭なのは少し苦わしい。
多少なりの距離であれば彼女の存在や居場所を感じ取ることもできるが、今のところ反応はなく、ある程度の居場所を知らないことにはどうにもという状態だ。
今現在、自分以外の神子が目覚めているかどうかもわからない。このまま聖女の居場所が知れないとなると……、
(むー……困ったニ)
「おうロヴィス! 相変わらずデケーな乳、揉ませろや」
「テメーは毎回毎回毎回毎回それしかねぇのかエロじじ女ぁっ!!」
「ロ、ロヴィスさん、おちついて」
「ロヴィス、怒る、だめよ」
と、なにか騒がしげなやりとりが聞こえてきた。
珍しい。エルフがいる。アルティア標準語に慣れていないのか少々たどたどしいが、会話が成立する程度には話せるようだ。
「いい加減オレっちの愛に応えてくれよぉ~、もう2年も経つぜ~? んなにジラされたらおかしくなっちまうって~……下が」
「だっ、だからそういうことをところ構わず言うなつってんだろッ! それにあたしにそっちの気はねえ!」
「くぁ~っ、その反応がまたたまんね~~~っ! そそられるわ~~~っ!」
「テメーここの支部長だろうが! ちったぁ自重しやがれ!」
なんと、支部長だったらしい。
上着をはだけてブラウスも首から胸下まで開けているなど、妙に扇情的でとてもそうは見えなかった。というか娼婦といわれたほうが納得できる。
「もうちょいイチャつきてぇところだが、まだ仕事が残ってっからなぁ……ちくしょ~名残惜しいぜ」
「こっちはせいせいすらぁ」
「まあまた今夜いくからよ、カラみあおうぜ……ねっとりと」
「来んなっ!」
……と、野次馬をしてしまった。そろそろ宿を探して休もう。
「ったく、あいつはいつもいつも……」
「まあまあロヴィスさん」
「ロヴィス、まあまあ」
あちらも用向きは終わったようだ。自分と同じく、そろって出口へ歩いている。
「そういえばシルヴェリッサさん、そろそろウィンデラについたでしょうか?」
――――今、なんと言った?
「――そ、そこの3人、ちょっと待つニ」
バレンタインということでヒロインズより。
シルヴェリッサ「……ハッピーバレンタイン」
リゼフィリア「えっと。ハッピー、ばれんたいん? です!」
ナーラメイア「ハッピー。タイン」
ドゥムカ「はぴばれだニっ♪」
チョコは各自でご用意ください。




