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84話

明けましておめでとうございます(もう10日ですが……)!

     ◇


 朝。

 いつものようにカーヤたちを連れ立ち『エッテアック』へ向かうと、なにやら神妙な顔をしたクーナが寄ってきた。明らかに何かあった様子だが、なんだろうか。


「あの、さ。こないだの、その……残飯あさりのこと、覚えてる?」

「……ん」


 忘れようがない。

 しかし、そのことはもう済んだはずだが……。


「昨日みんなが帰ったあとね、こないだみたいに裏口から物音がして、見にいったらまた散らかってたの……まあ前よりもマシではあったんだけどさ」

「…………」


 それで神妙な顔をしていたらしい。

 だが、たしかに妙な気はする。


「なんかこう、気になるんだよねぇ……マシになってたってことは、私が言ったのを聞いてたってことだと思うし」


 そう、まさにそれが妙なのだ。

 散らかさないようにしようという意思は感じるのに、実際は少し改善されていながらも、また散らかっていた。


 カーヤたちも不思議に思っているようで、そろって首を傾げている。


「んー……まあ、わかんないものはしょうがないね」


 あごに手をあて、ややの時間かんがえていたクーナだったが、答えはみつからなかったようだ。気持ちを切り替えるように「よしっ」と手を軽く叩くと、


「それじゃ、そろそろ準備にしよっか。シルヴェリッサはいつも通り私と買い出しで、ちびっこたちは軽く掃除と食器とかの準備ね」

「……ん」

「「「「「おー」」」」」 カーヤたち





 開店から、しばらく。

 いま、今日最初の帰り客の会計を、カーヤがやろうとしている。ついに算術を使えるまでに修得が進んだのだ。習い始めてわずかだが、やはり子どもの学習力は高い。


「えっと、300メニスと250メニスがふたつで、それから……」


 計算するときの癖なのかそれともまだ慣れていないからなのか、両手を胸の前で指を小さく彷徨さまよわせ、虚空を見上げている。

 ややもすると計算が終わったようで、パッと表情を明るくさせた。


「ぜんぶで1250メニスだ! あ、です!」


 どうもカーヤは敬語を不得手としているらしい。時折ああなるのだ。

 微笑ましげにメニスを差し出す女性、おそらく冒険者からそれを受け取り見送ると、カーヤはこちらに気づいて小走りに寄ってきた。


 そして目の前で立ち止まると、少しだけもじもじと不安げにしながら上目で窺ってくる。さらにその橙色の虎耳もペタリとへならせ、尻尾を落ち着かなそうに揺らめかせていた。


「で、できてた、よな……?」


 なるほど、どうやら間違っていなかったかが不安であったらしい。

 計算の遅さはたしかにあったがそれは仕方のないことであるし、決して間違ってはいなかったので肯定の代わりに少しだけ笑み、頭を撫でてやった。


「! ぇ、えへへ……///」


 カーヤは一瞬だけ耳と尾をピク、と立たせ、嬉しそうにはにかんだ。

 初めてやらせる作業だったので見守っていたが、これならば大丈夫そうである。念のためにあと数回だけ様子を見て、支障がなさそうであれば任せても問題ないだろう。


   「超ぉぉぉぉぉぉぉぉぉう羨ましーーーッ!」

   「私もなでなでされたいほめられたいよおぉぅッ!」

   「「「おなじくううううううううッ!!」」」


 それからちょくちょくとカーヤたち5人の会計の様子を見てみたが、みな特に支障は見受けられなかった。もちろんながらたどたどしくはあったものの、それは自ずと改善されることである。

 ちなみにカーヤ以外の4人にもなにやら同じようにもじもじとされたので、1人ずつ頭を撫でてやった。




 そうしたことがありながらも普段の通り順調に仕事をこなし、やがて昼をそこそこ過ぎたころ。

 食べ終えた皿や食器をまとめて厨房へ運ぶ途中、後ろから聞こえるいつもの賑やかしい喧騒が急にピタと止む。


 不思議に思ったが、とにかく食器を片してしまうことにした。

 厨房と廊下の間の壁をくりぬき、木板を数枚さしこんだ造りの吹き抜けの食器置き棚に、持っていた皿などを置いていく。これで中のクーナがあとで回収するはずだ。


   『ふざけんじゃねえぞクソガキッ!』


 と、男の怒鳴り声が聞こえた。

 ガキという言葉にもしやと思い、駆け戻る。


「やめなさい!」

「ああ? なんだ小娘ぇ、関係ねえ奴ぁすっこんでろ!」


 すると、なにやら華美な深緑のドレスを着た少女が、柄の悪い男の集団に食ってかかっているところだった。そしてその彼女の後ろにはもうひとりドレス姿の少女がいて、そちらは震えて怯えているキユルを庇っている。


 どういった経緯かはわからないが、とにかく自分も足早に男たちの前に立った。


「ぁ……」


 こちらに気づいたのかキユルが小さく声を漏らす。安堵や怯えがない交ぜになったような、そんな声色だった。


「なんだぁ? てめえここの店員だよなぁ。そこのクソガキの代わりに詫びにでもきやがったか?」

「詫びもなにも、この子はなにも悪くないでしょう!」

「うるせえ小娘ッ、てめえは黙ってろ!」

「そうだ黙ってろ! 上等なもん着やがって金持ちが!」

「つうかなんだよその変なボサボサ頭、くははっ」

「っ! わ、わたくしの髪は関係ないでしょう!」

「おーおー、さては気にしてやがんな? 確かに色気もクソもねえや!」


 深緑ドレスの少女が言う通り、キユルが悪いことをするとはとても思えないが、まずはなにがあったかを聞くべきだろう。


「……なにがあった?」

「ふんっ。そのガキが品物しなもんを出せねえっつうからよぉ」

「客に対して舐めてんだろ?」

「けどまあ姉ちゃんが詫びてくれるんなら許してやってもいいぜぇ?」

「もちろんその身体で、だけどな!」

「「「ギャハハハハッ!」」」


 この男たち、見た目からしておそらく冒険者の集団と思われるが、この店には珍しい種類だ。ここに食べにくるのはほとんどが女性客で、それなりの数やってくる冒険者も皆そうだった。

 そのあたりは少し気になるが、しかし今はそんな場合ではない。


「だからこの子がちゃんと説明していたでしょう! もう材料が切れたから出せないって!」


 とても話に入れる様子ではないキユルの代わりに、深緑ドレスの少女がそう言い返した。それが本当なら完全にこの男たちの言いがかりだが……周りでおそるおそるこちらを窺っている客や、心配そうにキユルに寄り添いにいったカーヤたちがコクコクとうなずいているのを見るに、どうやらその通りらしい。


「んなもん知るか!」

「客に飯を出すのが飯屋だろうが!」


 なんと身勝手なのだろう。

 とてつもなく疎ましい。怒りがこみ上げてくる。


「……だまるか失せろ」

「あぁ? てめえクソあま、誰に向かってほざいてんだ、あん?」

「俺たちゃBランク冒険者ビーベさんの舎弟だぞコラァ」

「それに俺らもCやDランク揃いだぜ。これでもまだそんな口きけっか?」


 男たちが睨みながら指をパキポキと鳴らしつつ、にじり寄ってくる。

 これは……もしや威圧しているつもりだろうか。だとすれば冗談としか思えないくらい、全く意味を為していなかった。


「いくら高ランクの冒険者といえど、このような暴力沙汰が許されるとお思い!?」

「さあ、どうだろうなぁ?」


 深緑ドレスの少女が警告を飛ばすが、しかし男たちは卑しくニヤニヤするだけで怯まない。

 ランクといえば自分はAなのだが、わざわざプレートを見せてもこの者らがおとなしくなるかはわからないし、なによりキユルをああまで怯えさせたのだ。もう今さら矛を鎮めるなどできなかった。


 とはいえ、このまま店の中で荒事を始めるわけにもいくまい。


「……表へ出ろ」

「しゃらくせえ上等だオラァッ!」


 男たちはこちらの言葉を無視し、そのまま襲いかかってきた。しかたがないのでなるべく店に害が及ばぬよう立ち回ることにし、まずは最も目前の男のわき腹を蹴り、勢いで床に転がす。

 もちろん加減はしているので死んではいない。気絶しているだけだ。


 今の動作をやる直前の時点で、また周囲の動きがとても緩やかになっていた。この街に着く前、リフィーズを狙った賊と戦ったときと同様の現象である。推測だが、おそらく能力差が原因だろう。


 まあとにかく次だ。ふたり並んだ男らに、返す足の踵であごを横から蹴る。

 そしてふたりの間を縫い、残りの者らにも蹴撃をくらわせていった。






 一対多の戦闘は、今までいとわしいほどに経験している。いまさらこの程度の数、苦になりようもなかった。


 ともあれ男たち全員を気絶させ終えたので、未だ怯えが消えきらないらしいキユルへ歩み寄る。

 嗚咽を漏らしながらこちらを見上げる彼女を、そっと胸に抱き寄せた。


「ぁ……ぅ、ぅああああんっ!」


 安心からせきを切ったのか、キユルはぎゅっとこちらに身を埋めて泣き出す。彼女が落ち着くまでの間、しばらくその頭部を優しく撫でさすった。


「ぐす……すん……」

「……もう大丈夫か?」

「すん……はいっ」


 赤く腫らした顔で、キユルがにこっと笑う。

 そんな彼女の頭を最後にそっと撫で、傍で見守っていた深緑ドレスの少女に向き直った。ちなみに他の客たちは気を利かせたのか、気絶している件の男らを外に運び出している。「あたし警邏隊けいらたいよんでくる!」と聞こえたので、あとは任せてよさそうだ。


「もう平気なようですね」

「……ん」


 この少女と、連れのもう1人の少女。

 彼女らが庇っていなければ、下手をするとキユルが怪我をしていたかもしれなかった。


 礼でもすべきかと考えていると、なにやらその深緑ドレスの少女が居住まいを正し、改めてこちらに姿勢を向く。なにかあるのだろうか。


「申し遅れました。私、エルツィア・ファースアルと申します」


 両手でドレスの裾をつまみ、一礼を寄越してくる。所作といい服装といい、どうも一般の民人たみびとではなさそうだ。

 と、もう1人の少女も傍にやってきて、同様に一礼をしてきた。


「ソリステラ・サーヅリスと申します」


 しかし、わからない。


「……なぜ名乗る?」

「私たちの名にお心がかりがないのでしたら、申し訳ありませんが私たちの口からそれをお話するわけにはいきません」

「ですが、きっと近いうちにまたお耳に入るかと存じますわ」


 先に言ったエルツィアのほうは普通であったが、後のソリステラはなにやら妙な表情だった。笑みは浮かべているものの、そこに困ったような哀しそうな、そういった色が混じっていたのである。

 本当に何がどうなのかわからない。


 だが近くわかるだろうということなので、気にしないことにした。

 ……と、それはそれとして、である。


(礼、だったな)


 同時に、先ほどエルツィアが男たちとのやりとりで髪を気にしているらしいのを思い出したので、『ニデセラム』を2つ例によって取り出した。昨日と、今日分の『ニギデトルーコ』の仕込みで作ったものである。


 食事を再開しながらもちらちら視線を寄越してくる客らなどは気にせず、エルツィアとソリステラに一つずつ差し出した。

 ソリステラのほうは髪の悩みの有無がわからないが、クーナの食い付きからして女性であれば喜ばしい物だと思われるので、彼女もおそらくこれで良いだろう。


「あの、これは?」

「もしや、お礼の品でしょうか?」

「……髪と肌にいい」



     !!!!!



 うなずいて言うとなぜか周囲の視線が『ニデセラム』に突き刺さった。とても真っ直ぐ集まっているが、ただ注目だけだったので無視する。


「髪に、ですか……ありがたく頂戴いたします」

「あ、ありがとう存じます」


 なんだろう。表情こそ笑顔だが、わずかばかりエルツィアが困ったような空気を孕んでいるように感じる。ソリステラもそんな彼女に一瞬だけ気をやるような視線を移していた。


 どうもわからなかったが、とにかく『ニデセラム』の使用法を説明する。


「……湯に濡れた手に少し取って、なじませてから肌に塗るか、髪ならそのまま撫で洗えばいい」

「わかりました。さっそく今日、使わせていただきますね。……では、騒ぎも収まったことですし、私たちも席にご案内いただいてもよろしいでしょうか?」

「……ん」


 もちろん否やはないのでうなずき、空いている席へと座らせた――。





 その後、閉店の片付けの際に今回の顛末を聞いたクーナに「ええ!? ご、ごめんっ、まったく気づかなかった!」と謝られたが、ともあれこの件はそれで完全に落着となったのだった。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。



……新年一発目で荒事させてごめんシルヴェリッサ。


シルヴェリッサ「……別にいい」


ありがとう!


シルヴェリッサ「……ひとり泣いたが」


……ごめん、マジごめん。


シルヴェリッサ「……ん」

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