82話
大変お待たせいたしました。
◇
「――さ、それじゃ昨日に仕込んだ”ニギフの葉”のやつ、続き見せてもらおっかな」
「……ん」
店を開ける準備も諸々済んだところで、クーナが寄ってきた。
うなずきつつ、昨日に仕込んでおいた鉄型を調理台の隅から持ってくる。
「んー、ちょっと色が薄くなってるけど……これでいいの?」
「……ん」
続いて必要なのは、酒だ。これがなくてはどうにもならない。
「……酒は?」
「へー、お酒も使うんだ。ちょっと待っててね」
クーナがにこやかに言い残し、厨房を出ていく。ややもあらず戻ってくると、その手に持った木製の飲み器を”ニギデトルーコ”の鉄型の横に置いた。きちんと酒が入っている。
「適当に在庫量が多かった”ヴィッフ”の果実酒にしたけど、大丈夫かな?」
「……酒精があればいい」
「そっか、よかった」
鉄型から”ニギデトルーコ”を一掴みし、浸かっていた液体から上げる。
「えっ、もしかしてこれ、撥水してる? あんまり滴ってないけど……」
「……完成したあとは、そうなる」
「なるほど、珍しいね。で、それからどうするの?」
口答する代わりに、作業を続ける。
といっても大それたことはなく、ただ酒に入れるだけなのだが。
それから、変化は即座に訪れた。
「うわっ、な、なにこれ!?」
その様子を見たクーナが大きく驚く。まあ、無理もないかもしれない。
何せ、”ニギデトルーコ”が入った瞬間、酒からジシュワァッ……と大量の粒泡が生じ出したのだ。彼女の反応は至極まともだろう。
そういえば前いた世界で、自分は飲んだことはないが同じような飲料があった。たしかあれは、『炭酸』といったか。
もちろん今となっては実際に比べようもないが、様子からしておそらく似た具合の飲感だと思われる。
さらに変化はそれだけで落ち着かず、”ニギデトルーコ”がまるで翼を広げるかのように繊維を散らべ、やがて小さく丸まり収まった。
「おお~……! な、なんかこう、おもしろいねっ。こんなの初めてだよ!」
クーナが興奮している。料理人から見ても珍しい物のようだ。
かなり気を引かれるのか、次いでまじまじと観察をし始めた。
「繊維で編み編みだけど、綺麗な丸玉。ちょっと丸薬みたい。……ねえ、これって食べられるの?」
「……ん」
「食べてみていい?」
「……ん」
「あっ、ど、毒とかないよね?」
「……ん」
「そういえば”デト草”使ってたっけ。毒あるほうがおかしいよね、ごめんごめん」
「……ん」
クーナはそう眉尻を下げて謝ると、木匙を持ってきて”ニギデトルーコ”をすっと掬った。それに伴われた粒泡が、シュワシュワッと匙の上で蒸発するように消えていく。
「あ、消えちゃった、けど……いいのこれ?」
「……いい」
「そういうもの、ってことかな。それじゃ改めて、いただきます。ぁむ……んっ、なにこれ美味しいっ!」
顔をきらめかせて感動している。続いて”ヴィッフ”の果実酒のほうをほんの少し口に含むと、
「んぐっ、こ、これもすごい! なんだろ、お酒の旨みと一緒にチカチカしたのが口の中をつついてくる感じ。こんなの初めてだよ!」
どうでもいいが、クーナは酒を飲んでもよい年齢なのだろうか。
いや、そもそもこの世界と以前いた世界とは違うのだから、そういった決まりごとなども異なって然るというものだろう。
ともすれば自分も酒を飲んでよい年齢なのかもしれないが、別段興味もないので特に口にしようとは思わなかった。
「確実に人気でるよ、これは! ああでも、今日は少しだけしか出せないか……よしっ、じゃあ本格的にメニューに加えるのは明日からにして、今日は試しってことで、先着でお酒の注文と一緒に出してみよう」
「……ん」
返じながら空き容器を手元に寄せ、残りの”ニギデトルーコ”を移していく。
そして残った液体を全2本の空き瓶へ、ちょうど同じくらいの量になるよう分けて入れた。
「ん? その水、捨てないの?」
「……肌と髪にいい」
「そこんとこ詳しく」
顔が近い。
まだこの薬品のほうは完成していない状態なので、とりあえずそれに必要な材料があるか訊ねる。
「……獣乳はあるか?」
「はいこれ」
早い。
まあともかく差し出された器を受け取り、また先ほどの瓶に少しずつ入れていった。中の液体と混ざるように、時折瓶の底を揺らして円を描きながら。
そうすると――
《――『ニデセラム』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ ニデセラム 薬品【☆10(MAX)】
[効果:EX]
=== =========================== ===
これで完成だ。
別に自分で使うつもりで作ったわけではないので、2本ともクーナに渡した。が、すぐに笑みとともに1本を返される。
「もともと捨てるつもりの葉っぱが材料だったし、”デト草”はシルヴェリッサのなんだから、取っといてよ。こっちのは獣乳の対価ってことで。あ、使い方はあとで教えてね」
「……ん」
否む理由もないので受け取った。今のところ使う気はないが、とりあえずあとで”神の庫”に仕舞うことにする。
「よっし、じゃあそろそろ店を開けるとしますか! おーいちびっこたちー、準備はいいーっ?」
結果、”ニギデトルーコ”は10と余人に配られた。
反応は軒並み良く、
「シュワシュワしておもしろい!」
「このガリパリ食感、クセになりそぅん♪」
「ほん~のり苦くて、それでいて薄らとした酸味がいいわぁ~」
「なんかこう、飲んだときのチカチカしたのが、疲れと一緒に溶けてく感じ」
といった具合である。否定的な感想は全くなかった。
あまりに美味しそうな様子だったからかアーニャたちが唾を飲んでいたが、さすがに彼女らの年齢での酒はまずかろう。
ともかく、”ニギデトルーコ”の人気は十分そうだ。
それはそうと、日に日に客足の勢いが増しているようだが本当に大丈夫だろうか。こちらの人手はともかく、いよいよ厨房のほうが気揉みである。
しかし考えてみると、クーナが料理をしているところを実際に見たことはなかった。案外ひとりでも余裕があるのかもしれない。
「なんか最近さー、エラッフェ旋塔の様子、おかしくない?」
「あ、私もそれ思った」
「おかしいって、具体的に何が?」
「あんなとこ危険すぎてたどり着けないよね、あたしらDランクだし」
「いやいやランク関係なしに無理だって」
「ていうか、この街からでも様子くらいは見えるでしょ?」
ふと、そんな会話が耳に入ってきた。Dランクというのはおそらく、冒険者ランクのことだろう。
この街からでも見える、というと、ずっと東に霞んで見える緑色の塔のことだろうか。
「そういや雲が急に濃くなったり、オレンジっぽくなったりしてたような」
「逆に雲ひとつなかったりもあったねー」
「なんかいんのかな」
「なんかって?」
「それはほら、エラッフェ旋塔のヌシ……的な?」
「あ、私”ジュエリーパピヨン”がいい!」
「いや、『がいい!』って言われても……」
「そういえば今、ソウェニア城に”ジュエリーパピヨン”が6色いるって噂――」
「「「「なにそれ詳しくッ!!!」」」」
「お、おう」
話が変わった。
別に聞こうとしているつもりはないのだが、聴こえるものはしかたがない。
ちなみにソウェニア城の”ジュエリーパピヨン”とは、間違いなく自分の従魔のことだろう。だからといってどう、ということでもないが。
「シルヴェリッサ! 看板さげてきて!」
と、飛んできたクーナがそれだけ言って厨房に返り戻った。今日も早いうちに食材が切れたようだ。
彼女の当初の目的であった店の人気についても、どうやら順調そうである。