80話
◇
厩舎の表に連れ出した馬魔物たち。
うち”スヴァジルファリ”の背に、様子を見つつ跨がった。
内腿と尻に”スヴァジルファリ”の皮膚の感触と、体温が伝わってくる。
馬具などはないが、『空駆』の確認をするだけなので問題はないだろう。
と、”スヴァジルファリ”の首もとに手を添えたとき、見えない空気のような力に身体を支えられる感覚がやってきた。それにより、体勢が崩れる気配が全くない。
これは……なんだろうか。
少し考えてみると、心当たりに至った。
(『騎獣』のスキルか?)
他に可能性は思い当たらないので、おそらくそうなのだろう。
効果としては、騎乗者の体勢の補助といったところか。
様子を見る限り、このままこれを頼りに乗り続けても大丈夫そうではあるが、だとしても馬具はあったほうがいいはずだ。後にそろえておくことにする。
「フシュー、フシュー……!」
興奮しているのか、”スヴァジルファリ”の息が荒い。それから他の馬魔物たちが、どこか羨ましそうな目で”スヴァジルファリ”を見つめている。
やはり馬ということで、人を乗せるのが好きなのだろうか。
《――『ニギデトルーコ』が完成しました》
《――完成品のステータスを通知します》
=== =========================== ===
⇒ ニギデトルーコ 料理【☆10(MAX)】
[味質:EX]
[新鮮:EX]
[腐敗:0]
=== =========================== ===
……”ニギフ”の葉の件が完成したらしい。そういえば、あれからもう3刻ほどだ。
しかし、離れていても通知がくるとは、少しばかり驚いた。
と、今はそれよりも『空駆』である。
いきなり発動させることはせず、まずは軽く歩かせようと”スヴァジルファリ”の首もとを小さく叩いて合図をした。
すぐさま短い嘶きが返ってくると、緩やかに歩が進み始める。
”スヴァジルファリ”の脚歩によって、わずかに視界が上下動していた。生物の背に乗るのは初めてだったが、乗り心地はかなりいい。
端で食い入るように見学しているアーニャたちの注目の中、しばらく前後左右、旋回などの調子を確かめる。特に問題はなかった。
次いで、重要な『空駆』に移る。
刻印を通してその意思を伝え、いよいよスキルを発動させた。
”スヴァジルファリ”の脚もとから生じた灰色の燐光が、背に跨がるシルヴェリッサごと全体を包み込んで消えると、やがて身体がふわりと浮かび上がる。
「「「「「「「「「「ふおぉぉ!!」」」」」」」」なのー」」
「「「ピュイー!」」」
「「「グゥウッ」」」
『『『ヴヴヴヴ!』』』
「くむぅー!?」
『『『~~っ♪』』』
アーニャたちをはじめ、他の従魔たちも驚きの声をあげた。
そんなうちにも高度は徐々に上がっていき、間もなくして城壁より少し低いくらいにまで到達する。今回はただの確認なので、ちょうどいい頃合いだ。
巡回していた兵士やら城仕えがこちらに気づき、そこかしこで驚愕しているのが窺えたが、気に留めず『空駆』を続ける。
旋回、停止、急回避。
いろいろと試した結果、順調に動けることがわかった。
もうそろそろいいだろう。”スヴァジルファリ”の首もとを軽く叩き、着陸させる。
彼女の種族特性である『地属性の力を持つ者を乗せると騎獣としての能力が増す』を、”黄岩陸”で試してみるつもりだったが、それは次の機会だ。ここでは元の能力の全開ですら、少し狭いだろう。
「「すげー!」のだ!」 カーヤ クアラ
「「「「「「です!」」」」」」 アーニャたち
「「なのー!」」 ケニー コニー
さらに興奮しているようだ。
どうもかなり興味があるらしいので、『空駆』なしで乗せてみようかと思う。
いま試してみた限り、『騎獣』スキルがあれば幼女たちでも大丈夫なはずだ。
まず10名中でも一際なカーヤに寄っていき、屈んでそっと両脇に手を入れ抱え上げる。
「ひゃっ、な、なにっ///」 カーヤ
そのまま一番近くにいた馬魔物――”ユニコーン”のもとへ行くと、こちらが意図を伝えるまでもなく四肢をたたみ、その身体を低く屈めてきた。そこへカーヤを乗せる。
幼女ということで体躯が小さいので、もう1人くらい共に乗せられそうだ。
「あっ///」 キユル
続けてキユルも抱え、カーヤの後ろに跨がらせた。
残りの8名も同じようにし、他の馬魔物たちに2人ずつ乗せていく。
それが済むと馬魔物たちへ「ゆっくり歩き回る」ように伝え、楽しそうにはしゃぐ皆をしばらく見守った。
「――では、マッサージのほう、始めさせていただきますね」
大浴場の更衣室。
シルヴェリッサの担当メイドが代表して口にする。
「……ん」
自分も受けることになっていたとは思わなかったが、まあいい。
湿気に強いらしい木椅子に身体全体を預けながら、同じように座しているアーニャたちへ視線を巡らせていく。
各々その顔に緊張や好奇を浮かべつつも、おとなしくしているようだ。この様子なら、それぞれ担当のメイドに任せても大丈夫だろう。
「初めは、お耳からいたします。少し冷たいかと存じますが、徐々に人肌の温度に変わりますので」
グチュ、グチュ……と、粘性のある音が、メイドの声とともにそこかしこから聴こえてくる。これは、何の音だろうか。
「こちらは、”スライム”の粘体を加工した物です。これを馴染ませた手で肌を揉むと、肌表面の小さな汚れまで吸着してくれるんですよ。――では」
メイドの声がそこで切れると、両耳の裏にひんやりと吸い付くような感触がやってきた。それとほぼ同時に「ひゃぅっ///」という小さな叫びがいくつも聴こえてきたが、アーニャたちにも同じ感触がきたのだろう。
……何名かメイドの息づかいが少し荒くなった。まだ始めたばかりで大して動いていないというのに、そんなに体力がないのだろうか。
と、それよりもアーニャたちである。様子を見るべく、再び視線をやった。
おそらく心配ないとはいえ、小さく叫んでいたのだ。やはり気にはなろう。
見やったとたん、獣人メイドのうち3名が耳と尻尾をひときわ大暴れさせているのがわかった。あれは、ウルナとエナス、それからクアラの担当か。
メイドたちは皆、それぞれ担当する者と同じ種族だ。よって彼女らは犬と兎、狸の獣人ということになる。
「くゅ、んっ……///」 ウルナ
「はぁ……はぁ……!」 犬人メイド
なにかを我慢するようにきゅっと唇を引き結び、喉を鳴らすウルナ。
対する犬人メイドはひたすら無言で、彼女のヒクつく犬耳をまるで「逃がさない」とばかりに両手で挟み込み、執拗なまでにグチュグチュ揉み続けている。
そしてエナスのほうは――
「んゃ、ぁ……っ///」 エナス
「大丈夫です。大丈夫です。大丈夫です。大丈夫――」 兎人メイド
頬を薄桃に上気させ、兎人メイドに声を漏らすエナス。
その兎人メイドは取り憑かれたように何度も何度も同じことを優しく囁きながら、彼女の兎耳を付け根のほうからゆっくり搾り上げる動きで揉みほぐしていた。
クアラのほうは――
「く、くすぐった、っのだ……///」 クアラ
「はぁ~い、動いちゃだめですよぉ~」 狸人メイド
唾液が糸引く口内を見せつつ、潤んだ瞳で身を捩るクアラ。
狸人メイドは間延びした柔らかい口調でそれをたしなめ、彼女の垂れた狸耳の先端部をコリコリと指で揉み弄っている。
この3組だけは少しばかり妙な気がしないでもなかったが……放っておいても問題などはなさそうだ。
よって自分の耳に意識を戻す。
(……悪く、ないな)
ニジュ、ニジュ……と、ちょうど良い間隔で揉み込まれ、その度に吸い付く粘性がとても心地いい。耳の付け根にも緩やかな指圧がくるのだが、それもまた良かった。
目を閉じ、深く呼吸を沈めていく。
そうしてしばらくの間、安らぎに身体を落ち着けた。
次話についてですが、もう少しマッサージの部分を掘り下げるか否か。ご希望があればそちらを踏まえようかと思います。