78話
◇
厩舎での件も済んだので城内へ移り、メイドを介してリフィーズにセルリーンの羽根のことを伝える。するとすぐに取引の準備が整えられ、しばしの後に一室へと案内された。
そこで待っていたのはリフィーズとユリーヴィア、さらにもう一人が、顔に少し皺の刻まれた男。知らない顔だが、この男は何者だろうか。
「来たわね、シルヴェリッサ」
「シルヴェリッサさま、ごきげんよう」
「さ、貴女も座って頂戴ね」
「……ん」
にこやかなリフィーズとユリーヴィアに迎えられ、促されるまま自分も席についた。ちなみに配置はリフィーズとユリーヴィアが並び、卓を挟んで向かいにシルヴェリッサ、最後に男が脇に控え立っているという具合だ。
徐にリフィーズが口を開く。
「さて。まずはそこで控えている男だけれど、この者はこの城で抱えている職人の代表よ。細工が領分で、国でも一番の腕なの」
「恐縮でございます」
リフィーズの紹介に合わせ、細工職人の男が頭を垂れる。
なるほど、実際に素材を扱う職人に羽根を見せるつもりのようだ。たしかにそのほうが順当な値段をつけられるだろう。
こちらとしては、特に否はない。
しかしどうでもいいが、リフィーズの腕に抱きついたユリーヴィアはなぜ、己の胸を度々それに押し付けているのだろうか。
「それで、例の羽根を売ってくれるということだけれど……」
「……3枚ある」
うなずき、手に持っていたそれらを卓に置く。
リフィーズら、特に細工職人の男の目が大きく見開かれた。
「改めて見ると、本当に美しいわね……」
「綺麗ですわ……」
「…………」
リフィーズとユリーヴィアはうっとりと、細工職人の男のほうは無言で前傾になりじっくりと魅入っている。
たしかにこの羽根は普通の物と比べて艶やかで、加えて触り心地も柔らかくなめらかだった。ベタつきもなく、手が汚れることもない。
やがて満足したのか、細工職人の男が姿勢を戻す。そして感嘆したように息を吐いた。
「なんと素晴らしい……! このような素材を扱うことを想像すると、武者震いが止まりませぬ」
「でしょうね。それで、この羽根に値をつけるならどのくらいが相応しいのかしら?」
「あくまで私個人の見立てですが、そうですね……1枚10万メニスは下らないでしょう」
3枚で計30万メニス。
いくら素晴らしい品といっても、単なる羽根にいささか値が過ぎるのではないだろうか。と思ったが、『素材』を扱う専門者たる職人が言っているのだ。おそらく金額相応の価値があるのだろう。
「国一番の職人の目よ。他に順当な値をつけられる手段を、妾は思い浮かばないわ」
「フィーさま、それでは?」
「ええ、買い取るわ。シルヴェリッサ、それでいいかしら?」
「……ん」
「ふふ、ありがとう。取引成立ね」
リフィーズは満足げに微笑みうなずいた後、軽く手を二回、パンパンと叩いた。
何事だろうと疑問に思う前に、両手で上等な袋を持ったメイドが楚々と部屋に入ってくる。そして一礼すると、そのまま待機した。
一拍おき、リフィーズがそのメイドに指示を出す。
「金貨を3枚、シルヴェリッサに渡しなさい」
「畏まりました」
了承の礼をしたメイドが卓に寄って膝まずき、その手に持った袋をそっと卓上に置く。そして丁寧な手つきで袋から3枚の金貨を取り出すと、それを両手で恭しくこちらに差し出してきた。
シルヴェリッサとしても否む要素はなかったので受け取り、代わりにセルリーンの羽根を3枚、リフィーズに渡す。
「ありがとうシルヴェリッサ。有効に使わせてもらうわね」
「シルヴェリッサさま、わたくしからもお礼を申し上げますわ」
「……ん」
取引は問題なく済んだ。
今回のことで少し思い至ったが、これだけの値段がつくほどに活用価値があるのなら、一度『素材』の扱い方を詳しく調べてみてもいいかもしれない。
「あ、おねーさん、果実酒5つ追加いいかな!」
「……ん」
「こっちは3つお願いー!」
「……ん」
「”オークの切り肉焼き”2つー!」
「……ん」
「ごちそうさまー、お会計してー」
「……ん」
「お姉さん、おっぱいもませてー♪」
「…………」
「あはは、無視されてるわ! ざまぁないわね!」
「じゃあアンタのもむわ」
「えっ、ちょ、なに、きゃわぁああっー///」
翌日の『エッテアック』は朝から続けてこのような具合だった。それぞれ席で飲み食いしながら盛り上がっているらしく、どうにも騒がしい。
朝一番の客の中には昨日シルヴェリッサが初めて店に連れてきた女冒険者たちがいて、彼女ら曰くどうもここの料理が美味しかったらしく、冒険者ギルドや宿で触れ回ったのだそうだ。
その結果が今の状況、というわけである。
ただ、間断のなかった客列は徐々に途切れ、そろそろ落ち着きそうだった。あとしばらくもすれば一息つけるだろう。
しかし、今後もこの調子が続くようなら、人手の確保を優先的にしたほうが良いのではないだろうか。シルヴェリッサとしては別に苦でもないが、自分は一月でこの店からは離れるのだ。少しでも早く人手を見つけ、今のうちに慣らさせたほうがそのときの反動が少なく済むだろう。
「シルヴェリッサ、表の看板さげてきて! もう食材きれそうだから!」
と、厨房から出てきたクーナが早口に言い置き、すぐにまた戻っていった。
そういえば厨房も彼女1人だが大丈夫なのだろうか。思いながら、指示通り看板を内に入れる。
まあ、料理を担当しているのは彼女だ。
もし厳しいようなら、自分で判断するだろう。
「ねーねーお姉さんー、お尻さわらせてー♪」
「…………」
さほど時間もかからず客が全て帰った後、クーナと2人で片付けを済ませた。
「ん、んぅ~……っはぁ、終わった~。昨日の今日でこんなにお客さんが入るなんてさすがにびっくりしたけど、もうそれ以上にうれしいよ!」
身体をほぐすように伸びをしたクーナが、本当に嬉しそうな笑顔で喜びを述べる。
が、次には真剣な表情で顎に指を添え、何事かを思案しはじめた。
「たった1日だけでこんなに増えたんだったら、きっとこれからもっともっと多くなるよね……もちろんそれはすっごくうれしいけど、やっぱり人手が少しきびしいかなぁ。というわけで相談なんだけど、知り合いで働いてくれるようなひととかいない? 正式な働き手が見つかるまで、しばらくの間だけでもいいんだけど……」
「…………」
やはりクーナも人手のことを案じていたようだ。
さておき、考える。
心当たりがあるとすればアーニャたちだが、本人たちとしてはどうなのだろう。訊いてみるしかなさそうだ。
「……子どもでもいいなら、訊いておく」
「ほんとっ!? うんうん、全然いいよ働いてくれるなら!」
そのときだった。
――――ゴトッ……
「え……なに、今の音」
急な物音に反応して、クーナが不安げな声を出す。
今のは……何かが落ちた、あるいはぶつけた音、だろうか?
「裏口のほうから、聴こえた、よね……?」
「…………」
「あっ、ちょ、私もいくよ!」
とりあえず様子を見にいこうとすると、クーナがあわててついてきた。やけに距離が近いが、まあいいだろう。
そうして裏口に着き、クーナがその扉越しに声を上げる。シルヴェリッサの腰に隠れながら。
「だれかいるのーっ?」
――――ガタタッ!
「ひゃあっ!?」
と悲鳴のようなものを上げ、さらにくっついてくるクーナ。しかし構っている場合でも、またそのつもりもない。
放って裏口の扉を開きにいく。
「え、ちょっと、危ないよ!」
裏口から出ると、そこには……
「こ、これって……」
残飯と、それを纏めておいた箱や樽が散らばっていた。人影はすでになかったが、明らかに何者かがここにいた様子である。
(……残飯あさり、か)
「なぁんだ、よかった~。強盗かなにかかと思ったよ。……まあ、これもこれで片付けるの面倒だけどさ」
散らかしたことは否やと思うが、こういった行為自体を責める気には、なれそうもない。……自分も、飢える気持ちが痛いほどにわかるからだ。
残飯を片しはじめたクーナに続き、自分もそれらを拾って箱と樽に入れていく。
「こういうのは、さ。仕方ないと思うよ、私は。食べないと死んじゃうしさ、言い方は悪いけど捨てるものだし、これ。まあ、こっちから積極的にあげるのはちょっと、その、あれだけど」
「……なにが言いたい?」
「あー、つまり、その……こほん、やるなら散らかさないでってこと!」
周りにはだれもいないというのに、なぜか声を大きくして言い放つクーナ。なにがしたいのだろうか、と少し考えて答えに至り、正解かはわからないが一応の納得をする。
そうしてそれきり黙ったクーナとともに、やがて片付けを終えた。
近いうちにアーニャたち(withメイドさんたち)のサービスシーンを入れようと思っているのですが……需要どれだけあるのかな。




