77話
※『地』と『他』の読み間違いにお気をつけください。←自分もたまに読み返すときに間違うことがあります(苦笑)。
◇
『エッテアック』での仕事を終え、城へと戻ってきた。空はもう完全に夕色に染まっている。
歩みそのまま壁門をくぐり過ぎようとしたところ、衛兵の1人に呼び止められた。
「シルヴェリッサ殿、お待ちを。つい先ほど、魔術師ギルドの者がシルヴェリッサ殿を訪ねてきたのですが、お心当たりはございますか?」
「……ん」
「では、連れて参ります」
そう一礼すると、衛兵は壁門の根元にある扉――おそらく待機所かなにかだろう、に消えていく。ややあってから、ローブ姿の女性2名を連れて出てきた。
「お、お待たせして申し訳ありません!」
「ご依頼たまわりました光と闇の魔術師でございます!」
そろって勢いよく頭を下げてくる。少しばかり声が上擦っていたが、それは別にいい。
一拍おき、衛兵が「それでは」と礼を残して元の場所へ戻っていった。
「……こっちに」
「「は、はい!」」
緊張と張り切りの混じったような様子の2名を連れ、従魔たちのいる厩舎へ向かう。
到着すると、途端にセルリーンが飛んできた。
「ピュイイイイイイイイイィィィィーーッ!」
「「きあああああああっーー!?」」
本気で驚いたらしい魔術師たちには全く目も向けず、そのままシルヴェリッサの胸に顔を埋めてくる。
とりあえず一度それを受け止め、ふた撫でしてからそっと離した。
そのときふと、2枚3枚だけ抜け落ちた彼女の羽根を見て、リフィーズにそれを売ってほしいと言われていたのを思い出す。今朝に飛びついてきたときは抜けていなかったが、あのときは距離も速度も羽根の強度に及ばなかったのだろう。
ともあれ落ちたそれら計3枚を拾い、手に持っておいた。
「あ、じ、従魔か」
「びっくりしたぁ~……!」
魔術師たちがほっと胸を抑えて息を吐く。
それからセルリーンの姿をとても珍しそうに眺めはじめたが、シルヴェリッサが歩みを再開すると慌ててついてきた。
厩舎に着くと、それぞれリーダー格を筆頭に邪魔にならない程度で寄ってきた。さらにジェムコクーンたちは魔術師2名に気づくと、何かを悟ったように固まり集まってくる。
先の馬魔物たちもそうだったが、もしや魔物は己の進化条件を理解しているのだろうか。どうもこの様子では、完全にではないにしろ感覚として曖昧には把握しているように思えた。
「……ルヴェラ、ネレイア」
セルリーンはすでに自分の横、どころかくっついているので残りの2名を呼ぶ。
おずおずと前に出てくるルヴェラと、るんるんと嬉しそうにやってきたネレイア。
火の魔力と水の魔力。これで、地の魔力の他はそろったことになる。
その地の魔力、すなわち”黄岩陸”については、うまく代用になるかわからないのでとりあえず後へ回すことにした。
「す、すごい、見たことない魔物ばっかり……」
「ほ、ほんと」
呆然としている魔術師2名の前へ、ジェムコクーンが自ら寄っていく。
特にどの進化先がいい、というものはないようで、セルリーンたちの許へも揉める気配なく散らばっていた。あるいはあらかじめ自分たちで決めていたのかもしれないが。
「……魔力を」
「「あ、は、はい!」」
「ピュイー」
「グュゥ」
『~~♪』
そうしてそれぞれ魔力を与えはじめて数瞬。
《――”ジェムコクーン”から”ダイヤモンドパピヨン”への
進化条件を満たしました》
《――”ジェムコクーン”から”オニキスパピヨン”への
進化条件を満たしました》
《――”ジェムコクーン”から”ルビーパピヨン”への
進化条件を満たしました》
《――”ジェムコクーン”から”サファイアパピヨン”への
進化条件を満たしました》
《――”ジェムコクーン”から”エメラルドパピヨン”への
進化条件を満たしました》
問題なく済んだようなので、それぞれ進化先を選んでいく。
そして、
「え、なっ、なに!?」
「こ、これって、まさか進化!?」
「うそっ、私はじめて見る!」
「私も! すごい感激!」
とりわけて感動的な魔術師たちの他、離れた場所でチラチラと様子を見ていた城の従魔の世話係も注目する中、やがて進化の光が収まっていった。
「え……」
「うそ……」
なぜだろう。魔術師たちと、それから遠目の世話係も唖然としている。
セルリーンら従魔のほうは、進化を終えた仲間を祝福するように各々喜んでいた。
「”ジュエリーパピヨン”……?」
「すごい……すごいよこれ、超感激っ!」
そういえば、一般にはとんでもなく希少なのだったか。ならば今の反応もうなずける。
が、とはいえ涙ぐむほどであろうか。
いや、それよりあとは目の前の残り一匹だ。
改めて考えると”黄岩陸”をアーニャたち以外の人間に見せるのは初めてだが、まあ大きな問題はないだろう。そもそも武器である以上、これから先も衆目に晒す機会などいくらでもあることは想像に難くない。
「……《黄刃抜刀》」
手に持ったセルリーンの羽根を近くの台に置き、呟く。
別に言葉にせずともいいのだが、こちらのほうが少しばかり楽なのだ。
口に出すぶん抜刀までの時間もかかるものの、緊急時でもない今は何ら問題はない。
ややもあらず顕現した”黄岩陸”と”神鎧:黄裂”に、魔術師たちと世話係が硬直して驚いていた。あまりの驚きで言葉も出ないようである。
捨て置いて、残ったジェムコクーンに手をかざした。
それから半拍おき、地の力をゆっくりと放出する。
《――”ジェムコクーン”から”トパーズパピヨン”への
進化条件を満たしました》
《――ジェムコクーン(※個体名なし)が
称号:『地術の極み』を獲得しました》
≫ 獲得条件 = スキル『地魔術Lv10』の習得
先の5匹ではなかった表記があった。
どうも『地魔術』のLvが一気に上がったようである。”黄岩陸”はすさまじい地の力を秘めているので、おそらくそれが原因だ。
が、別に悪いことではなく、むしろ良い結果なため気を揉むことではないだろう。
ともかく進化先を選択し、見守る。
やがて無事にそれが終わると、改めて進化後の姿を確認した。
色はそれぞれ白、黒、赤、青、黄、緑の容貌。その違いの他は全くもって同様で、6匹ともに美しい。
透き通った4枚の翅と、クリクリとした瞳。
硝子のようにきらめく、毛先の色が少し濃い髪。虫の触角のような毛も二本、飛び出ている。
身に巻き付けるようにまとった結い紐状の布も、以前に見た”トパーズパピヨン”と同じであった。
次いで”神の瞳”で能力の確認に入る。
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○ トパーズパピヨン
Lv: 50/75
HP: 383/383
MP: 795/795
STR: 37
DEF: 30
INT: 479
RES: 466
DEX: 355
SPD: 381
LUC: 303
スキル: □採集Lv2 □飛行Lv3
□無魔術Lv2 □魔力感度Lv5
□地魔術Lv10(MAX)
称号: □地術の極み
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代表として一番近い場所にいたトパーズパピヨンを視たが、やはり変わらず魔術能力に特化していた。
続いて残りの5匹にも”神の瞳”を向ける。
視た限り、スキルと称号の他はほとんど同じくらいであった。
スキルの『魔力感度』に関しては、これも”黄岩陸”の影響があったようで、トパーズパピヨン以外はLvが3だ。
(……これで進化のことは片付いたな)
と、軽く一息を吐き、置いておいたセルリーンの羽根を再び手に取った。
ジュエリーパピヨンらは自分たちの進化を喜び、ゆらゆらと飛び踊っている。
「こ、こんなにいろんな色……!」
「白と黒とか、聞いたことすらないのまで……!」
「生きててよかったよぉ~……」
「うんっ……うんっ……!」
そこまで泣くことだろうか。
まあともかく、彼女らの仕事も終わりだ。
「……満足したら帰っていい」
「「え? あ……はいっ」」
2名の返事を背にしつつ、一通りリーダー格の従魔たちを中心に撫でて厩舎を後にした。