75話
ちょっと流れが急だったかな……違和感あったらごめんなさい。
◇
それほど数は多くなかったのもあり、オーガたちの進化はすぐに済んだ。それぞれほぼ即時に『火魔術』を習得したようなので、もしかすると種族的に適性が高いのかもしれない。
作業の詳細としては、ルヴェラが放出した赤い燐光の魔力を順に浴びていく、というものだった。各々瞑目してしばらくだけ集中したかと思うと、一拍後には進化条件を満たしたとの通知がきたのである。
そして全てのオーガがフレアオーガとなり、あとに残るはジェムコクーンだけとなった。しかし、やはり光と闇の魔力については魔術師を待つしかないのと、時間も朝食まで少しといった具合に潰せたので戻ることにする。
……いや、毎度のことながら一つ忘れていた。
厩舎から少し離れたところにある、水汲み用の溜め池。そこに集まっているセイレーンたちに寄っていく。
こちらに気づいて嬉しそうに小さく歌い始めた彼女たちの中で、最も尾ヒレが大きく立派で、鰭の節が膜を越して通常より倍も長い個体の前に立った。
『~~♪ ~~~~♪♪』
一層うれしそうになったこの個体が、おそらくこの群れのリーダーだ。この間までの旅路でもそういう素振りがあったので、ほぼ間違いないだろう。
「……ネレイア」
『!! ~~~~♪♪♪♪』
いつものように直感で名付けたが、当の彼女はとても気にいったようだ。他のセイレーンが羨ましそうにしている中、胸の前で祈るように手を組んで身体をゆらゆらさせている。
そんな彼女の頭を軽く撫で、改めて城内へ歩を向けた。
ちなみにセイレーンの髪についてだが、実はこれは毛髪ではない。一本一本が小指ほどの太さのそれらは、それぞれ膜のない節だけの鰭なのだ。
しっとりと仄かに水気を纏ったような質感で、触れると微かに手に貼り付くような感がある。鞭のように振るうことで武器としても使えるらしい。
『――失礼いたします。お食事をお持ちいたしました』
「……ん」
部屋に戻ってしばらく後。
メイドがやってきて扉越しにそう言ってきたので、昨日の食事のときと同じように中へ入れる。アーニャたちとカーヤたちも、それぞれ遊びやらを中断し席についていった。
「失礼いたします」
「「「「「「「「「「失礼いたします」」」」」」」」」」
最初の1名に次いで、さらに10名のメイドが入ってきた。何名かは食事を載せた台車を押している。これも昨日の食事時と同じ要領だ。
ちなみに最初の1名はシルヴェリッサ、あとの10名はそれぞれ幼女たちに宛がわれたメイドである。なぜかは不明だが、自分につく者が決定するのには少しばかり時間がかかったらしい。ただ、本人であるメイドからは「勝ちました」とだけ聞いている。
入ってきたメイドたちがそれぞれの担当者へすばやく配膳を始め、やがてすぐに食卓が整った。幼女たちは終始からだを強張らせていたので、やはりまだ世話をされることに慣れていないのだろうと思われる。
「――では、僭越ながら本日のお品をご説明いたします。まずはメインの『”ゼルフェバード”の香草焼き』ですが、お召し上がりやすいように一口大に切り分けさせていただきました。こちらは『”ルフーレン茸”と”フォリアシード”のスープ』です。”フォリア”とはウィンデラ特有種の草で、葉と種ともにほんのりと爽やかな味わいが特徴でございます」
見てみると、『”ゼルフェバード”の香草焼き』は大皿に丸焼き状態の5匹分が載っていて、肉と香草の合わさった芳しい匂いを漂わせていた。”ゼルフェバード”とやら自体はそれほど大きくはないようなので、量としてはちょうど皆で食べきれるくらいだろう。
次に、『”ルフーレン茸”と”フォリアシード”のスープ』。
捻れた茎に絡む、傘のヒダから垂れた無数の繊維質が特徴的な薄緑のキノコと、小指の太さ程度の大きさの種が入っている。その2つの旨味が感じられるような湯気が、芳醇に薫り立っていた。
「そして最高品質の”ロロ小麦”を使用した『ロロブレッド』と、最後のお皿が『”ククゥ”卵と野菜の菜物』でございます。食後には様々な果実をご用意してございますので、ご希望でしたらどうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ」
「……ん」
そうしてシルヴェリッサが食事に手をつけると、後に続くようにアーニャたちも手食器を取った。
食事用ナイフの扱いにはまだ慣れないらしく、ほとんどフォークに頼った食べ方だったが、別に食べられればそれでいいだろう。
それに、食器の扱いなら自分とて少し前は似たような具合だった。今はもうそれなりに慣れたが。
食事も終わり、今はまた昨日と同じように街中を歩いている。ラナンド商会で聞いた、『エッテアック』という食事店に向かうためだ。
昨日は貴族街、商業区画までしか行かなかったが、今回はその更に外側にある庶民街に用がある。少々入り組んだ路地をいくつか抜け、人気のほとんどない裏路地にたどり着いた。
特に薄暗いわけでもないが、あまり活気があるようには感じられない。かといって寂れているようでもなく、実に微妙な具合である。
まあともかく、目的の『エッテアック』を発見した。
建物自体の造りは他のものと同じ煉瓦と石積み状で、外観の違いで目立つのは大きさと、あとは看板などだろうか。
緑色の花や植物が並ぶ鉢もいくつかあり、木製の立て看板には料理名らしき一覧が書かれた貼り紙も窺える。
外から見る限り客が入っていく気配が全くもってないが、別にこの店の繁盛状況になど興味はない。気に留めず入った。
「!! い、いらっしゃいいいいいいいいいーーッ!」
まるで絶望したかのごとく丸卓に伏していた女が、ガバッと飛び起きて感激したように声を張り上げてくる。
給仕服らしき格好で、半袖でカフスに小さなリボンのついたブラウスに、膝下くらいまでのスカートと腰エプロンを身につけていた。
ブラウスの襟はスカーフ状になっており、頭には髪が邪魔にならないようにか、耳から逆の耳へアーチを描くような大きめの髪留めを戴いている。あまり見ない形状で、正しい名称はわからない。
と、それはそれとして、どうも客と思われているようだ。状況からして無理もないが。
「……客じゃない」
「え…………えぇ~…………」
「……『刀剣を生やした魔物』について訊きたい」
「…………いや、あのさぁ。いきなり来てなんなのそれ? まあたしかに、ラナンド商会で開業の挨拶したときそんな話したけど」
と、呆れたように小さく嘆息する女。
気持ちは全くわからないわけでもないが、自分はこの『店』ではなく、この女という『人物』に対して訪ねてきたのだ。
ここが店であろうが、この女がその主であろうが、客ではないからと帰されるいわれはない。営業的に都合が悪いと言うなら別だが。
「……忙しいなら、また来る」
「はぁ~……忙しいように見える? 立地が悪いうえ、開業する前にすべきだった前準備とか段取りミスってこの様だよ」
「……そうか」
「そうか、って……まあたしかに他人事だよね。はぁ~あ……ん? ちょっと待って――ねえ君、『刀剣を生やした魔物』のこと聞きたいって言ったよね、さっき」
「……ん」
「じゃ、じゃあさじゃあさ! その条件として、しばらくここで働いて、って言ったらどうするっ?!」
急に興奮しはじめた。
そんな彼女の様子に少し小首を傾げつつ、問われたことについて思案する。
確定ではないが、六刃に繋がるかもしれない情報だ。そのためならば、代償としてそれくらいは致し方ないだろう。
しかし、そうなるとこれだけは先に確認しておかねばならない。
「……期間は?」
「で、できれば、その……ひ、一月くらいで、お願いしたい、んだけど……?」
「……わかった」
「えっ、い、いいのっ?! ほほほほんとにいいのっ?!」
「……ん」
一月の間ならば、リフィーズの頼みである披露会には影響がないだろう。
――という顛末で、シルヴェリッサはここ『エッテアック』で働くこととなった。




