73話
服装を考えるのが大変(特に制服系の)ですが、楽しいです。
可愛いと思っていただけていれば良いのですが。
◇
少しばかりの時間は要したが、特に変わったこともなく無事にラナンド商会支部へたどり着いた。
予想していたよりも遥かに大きい。出入りする人数はそこそこだが、併設されている馬繋場の馬車、馬(ミークホースの他、牛のような魔物も窺える)はかなりの数だ。
おそらく、主棟だけで冒険者ギルドの3、4倍はあるだろうか。
出入口は正面から見た限り3つあり、一階に2つ、二階に1つと分かれている。
二階にも出入口があるので当然なのだが、階段も設けられていた。少し外側に弧を描くような形の、くねったものが2つだ。
馬繋場も主棟を挟んで左右に2つずつ縦に並んでいるので、建物だけ見ると全体で左右対称になっていた。
それにしても、なぜだろう。妙に二階が空いている。
理由がわからなかったので少し逡巡したが、結局は特に問題も見当たらなかったため階段を選んだ。
のだが、
「失礼、お嬢様。誠に恐縮でございますが、ご家名をお教え願えますか?」
と、二階に待機していたらしい女性、おそらく職員に呼び止められる。
服装は白い長袖ブラウスに、赤茶色のベストとスカート。リボンタイの中心の留め金は印章になっており、手には少し薄地の革手袋、足には濃い灰色の長タイツを履いていた。
と、それはそれとして……。
「……ない」
何の意味があって家名など問うのかはわからないが、とりあえず答えておく。
すると女性は少しだけ困ったように眉をひそめ、言った。
「申し訳ございませんが、こちら二階は上流階級の方々専用となっておりますので……」
「……わかった」
仕方がないのでそう返じ、階段の手すりに手をかけ飛び降りた。ちなみに、きちんと空いたスペースに着地したので問題はない。まあ今の女性職員も含め、少し驚かれはしたが。
とにかく、改めて一階の入り口から中へと入る。
(……広いな)
外観に反さず、中も相当に広大だった。
壁際や所々に設けられたカウンターと、奥のほうには個室もいくつか見える。両隅のカウンターの内側には、地下や二階へ伸びる階段も窺えた。
ひとまず空いている列を探し、そこに並んで順番を待つ。
やがて自分の番がきた。
「ようこそいらっしゃいました。ご用件をお伺い致します」
「……マナリーフがほしい」
「ご希望の色種をお教えくださいますか?」
「……赤と白、黒を1000gずつ」
「かしこまりました。では担当の者を呼びますので、少々お待ちくださいませ」
言うとその女性職員は、カウンターから棒のないベルのような物を取り出し、コンコンと指先で軽く叩いた。するとそれに反応したのか、ベルが穏やかに発光と消光を繰り返し始める。
いったいこれはなんなのだろうか。
そう疑問を浮かべてまもなく、他の女性職員がやってきた。
彼女がこちらに来るのを確認すると、カウンターにいたほうの職員が再度コンコンとベルを叩き、それを沈黙させる。
なるほど、明滅で人を呼ぶための道具だったらしい。おそらくではあるが魔巧器だろう。
「こちらの方が、赤と白、黒のマナリーフを1000gずつご所望です。対応をお願いします」
「はい、了解です。ではお客様、横へずれてお待ちいただけますか? 在庫のほうを確認して参りますので」
「……ん」
促されたように横にずれ、もうしばらく待った。
やがて短い時間で戻ってきた職員が、カウンターの内側に回りシルヴェリッサと向かい合わせになる。
「お待たせ致しました。在庫のほうですが、3種とも問題なくお売りできます。よろしいでしょうか?」
「……ん」
「ありがとうございます。では合計で、752600メニスとなります」
先ほど素材ギルドで購入した3種より高いが、これは色種による違いだろう。
そう判断し、またスカートの裾中でメニス袋を取り出した。
「……ん」
「はい。――確かにいただきました。お届け先をお教えくだされば配送も可能ですが、いかがいたしましょうか?」
「……それで」
「かしこまりました。ではお名前と、お届け先をお教え願います」
「……シルヴェリッサ。ソウェニア城」
「え……あ、失礼致しました。ソウェニア城のシルヴェリッサ様でございますね。承りました」
先の2ギルドほどではなかったものの、ここでもソウェニア城の名に反応があった。ただ、近距離で聞こえていたらしい真横の列はざわついているが、それだけで騒がれる様子もなかったのでよしとする。
「他にご用件はございますでしょうか?」
「……特殊な刀剣を探している」
「特殊な刀剣、でございますか……ご希望の情報かはわかりかねますが、『剣のようなものを生やした魔物を見た』と仰っていた女性がおられます」
「……どこにいる?」
「『エッテアック』という食事店の店主で、クーナという方です」
「……わかった」
なかなか良好な情報を得られた。
とはいえ、そろそろ夕刻である。時間としては少しばかり微妙な頃合いなので、その『エッテアック』に赴くのは後日に回すほうがいいだろう。
ともあれ、ここでの用も全て済んだ。ソウェニア城に戻ることにする。
「お役に立てて何よりです。ご利用ありがとうございました」
そんな職員の声を背にしつつ、ラナンド商会支部を後にした。
貴族街に差し掛かってしばらく。
なにやら同じような服装をした子供たちの姿が、ちらほら見えはじめた。どういった集まりなのだろう。
クリーム色のブラウスに、深緑のコルセットスカート。
そして同じく深緑色のジャケットは、長袖ではあるが裾が短く、胸下あたりまでしかなかった。
大きな薄緑色のリボンタイの中心には、静かに淡い光を反射する小さな緑石が煌めいている。リボンタイ自体もなめらかな布光沢を湛えていることから、それなりに上等なものに思えた。
「それではみなさま、ごきげんよう」
「はい、また明日に」
「ご機嫌よう」
「「「ごきげんよう」」」
「「「ご機嫌よう」」」
そんな具合に、やわらかく淑と挨拶を交わし合い去っていく少女たち。
改めて見ると、そのほとんどに対し革鞄を持ったメイドが付き従っているようだった。ますます何の集団なのかわからない。
(戻って訊くか)
それが一番はやいだろう。
判断し、引き続き帰路を進んでいった。
「ああ、それはアルティール学院の生徒と、その従者ですね」
ソウェニア城に戻って早々メイドに会ったので訊ねたところ、そう返ってきた。ちなみにアーニャたち10名は、シルヴェリッサの帰りを待っていたらしくすでに傍にいる。
「決して安くはありませんが、お金さえ払えば誰でも入学できるんですよ。読み書きなどの基礎的なことから、歴史や魔術理論も学べます」
なるほど、理解できた。
(読み書き、か)
そして、エナスがそれに興味を抱いていたのを思い出す。
当の彼女に視線をやると、兎耳を忙しなく曲げ伸ばししながら、メイドに目を釘付けていた。しかしシルヴェリッサの目に気づくとはっとして、何かを我慢するように少し俯く。
遠慮でもしているのだろう。
入学させるのは全くもって構わないのだが、しかし二月後にはここを離れねばならない。
彼女らだけ置いていくとしても、”ストームグリーン”と代表騎士の件が終われば自分は結局ここを去る。この街に住まわせるという手も打てるが、そうなるとかなり重要な決め事になるので慎重に考えたかった。
もしここよりも安全で、なおかつ学院も有する街があるならばそこを選びたい、という思いもある。
なので、自分がここを去るまでの間に、じっくりと調べてみることにした。
他の娘たちに比べてエナスの出番ちょっと多いかな……?
後々ほかのところで調整とか穴埋めしたほうがいいかもしれませんね。