72話
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城を出てすぐの区画、貴族街というらしいそこを歩いていく。道中いくらか視線を浴びつつも、目的である次の区画、商業区画へとたどり着いた。
ここには様々な商店をはじめ、職人たちが作業をする工房などが集まっていると聞いている。
ちなみにこのさらに次は住民たちの暮らす居住区らしいのだが、今回は特に用はない。
用があるのは、素材ギルドおよび魔術師ギルドだ。
具体的には各色『マナリーフ』と、光と闇の魔力である。
それからなにより、もう一つ。
ラナンド商会とやらの支部を探し、六刃の情報を訊かなければ。
これについてはしばらくして落ち着いてからにするつもりだったが、せっかく街に出たのだから一緒に済ませればいいだろう。
ともかく、まずは一番近い素材ギルドだ。
ラナンド商会の支部らしき建物も並行して探しながら、綺麗に整備された煉瓦造りの道を行く。
(……風が多いな)
そう強いわけでもないが、やはりここは風数が多いので髪が靡いて仕方がない。
しかし、こういうときのためにと結い紐があるのだ。周りにわからないように”神の庫”から2本とも取り出し、ささと結い留める。
歩きながら1本を口にくわえ、まずは後ろ髪を軽く纏めて束にし、残り1本の結い紐でその根元を結んだ。そして仕上げに、くわえていた1本で束の端を留める。
「ふぅおっ、グッときたぁ……!」
「ヤバい、同じ女だけど惚れそう……!」
「あの髪ペロペロしたい!!」
「「え……」」(※ドン引き
「え?」(※真顔
周囲がなにかやっていたが、興味もなかったため気には留めなかった。そんなことより、そろそろ目的地である。
件の素材ギルドらしき大きな建物が見えてきた。
外見としては、短めの廊下で本棟と繋がった左右の別棟の他、そう変わったところはない。人の出入りは間断ないが、それも冒険者ギルドとほぼ変わらないくらいだ。
中へ入ると、いくつも点在するカウンターと壁に連なった物置棚が目に映る。各カウンターの上部には天井から垂れ下がったような形の壁があり、なにやら様々な素材の資料や活用法などが張り紙されていた。
そこらの壁の物置棚には、これも様々な素材が置かれている。
さておき、とりあえずカウンターに向かった。
「素材ギルドへようこそ! ご用件をお伺いいたします」
と、女性職員に笑みで迎えられる。
彼女ら職員の服装だが、どうやら肌の露出がほとんどない物のようだ。下半身もスカートではなく、身体の線に沿うような造りのズボンだった。
ちなみに上服は長袖のブラウスで、それのカフスと一体になっているらしい革手袋も窺える。
「あ、この服、気になります? いろんな素材を扱うので、なるべく素肌に触れることがないように、こういう格好をしているんですよ」
「…………」
別に訊いていないのだが。
まあ、そういった理由なら道理ではある。
「脱線してしまいましたね、すみません。では、改めてご用件をどうぞ!」
「……マナリーフを探している」
「マナリーフ、ですか。色種の指定はございますか?」
「……あれば全色」
「はい、承りました! 在庫のほうを確認いたしますので、少々お待ちを」
「……ん」
女性職員がカウンターの上の垂れ壁に手を伸ばし、書類の束を取り出してきた。どうやらこの垂れ壁の裏は戸棚になっているらしい。
そうして彼女はペラ、ペラ、とそこそこ早い速度で書類に目を通し始め、やがて再び顔を上げた。
「お待たせいたしました。青、黄、緑の色種でしたら、どれも1800g程度の在庫がございます。それから赤、白、黒の色種ですが、記録によりますと数日前にラナンド商会支部へ卸しておりました」
「…………」
思案する。
サブライムホースの進化の分岐先は6つで、もともとちょうど6匹でそれぞれに進化させるつもりだった。なので青、黄、緑の数については問題ない。
あとは残りの3種だが、ラナンド商会の支部へは六刃の件で赴くので、そのときついでに訊けばいいだろう。
「……3種類を1000gずつ」
「はい、青と黄、緑の3種ですね。承りました。ではすべて合わせて460100メニスになります」
「よんじゅっ!?」
「な、なにあの美人……」
「どっかの令嬢……?」
「……ん」
「はい。――はい、たしかに460100メニスいただきました。1万メニス以上をご利用の場合、ご希望の方には品物をお届けすることも可能ですが、いかがいたしましょう?」
「……ん」
「承りました。では、お名前とお届け先をお教え願います」
「……シルヴェリッサ。ソウェニア城」
「……………………え?」
「い、いま、なんて?」
「ソ、ウェニア城……?」
「え、え? あの美人まじで何者!?」
ざわつき出す周囲。
騒がれるのは好まないが、こういった状況はこれまでにもあった。それにここでの用はもう済むので、捨て置くことにする。
「……おい」
「――ハッ! し、しし失礼しました! シルヴェリッサ様に、お届け先はソウェニア城ですね! たしかに承りました!」
と、女性職員が緊張したような様相で、ばっ! と頭を下げた。なぜか他の職員もそろって。
ともあれ、これでここでの用は終わりである。
次に向かうのは、魔術師ギルドだ。
素材ギルドからしばらく歩くと、少し暗い色の壁が特徴的な建物が見えてきた。
人の出入りはそこそこで、あまり騒がしい気配はない。
屋内は少しばかり明かりが乏しく、全体的に静やかな印象を受ける。
商品も扱っているのか、よくわからない物品がいくつも陳列された棚が、そこかしこに並んでいた。入り口の向かい壁には扉があり、その両脇には小さめのカウンターも窺える。
職員、かどうかはわからないが、周囲のほとんどの者たちの服装も地味な色合いだった。
フード付きで、全身をすっぽり覆うくらいの長ローブ。
さらにその上から着けた形で、様々な装飾が見受けられる。といっても、これに関しては個々人が各々で着けているらしく、統一性はなかった。
まあそれは置いて、隅のほうにひっそり設けられたカウンターへ向かう。
「おや、いらっしゃいな」
フードを被った齢25ほどの女性に、静かに迎えられた。
「……魔術師を探している」
「詳しい条件とかはある?」
「……光と闇」
「それは、両方とも使える1人じゃなくて、どっちかそれぞれ使えるのを2人。ってことでもいいの?」
「……ん」
「はいよ。じゃあ探しとくから、頼みたい仕事の内容と報酬、教えてね」
言うと女性は、カウンターの内側から紙を取り出した。
しかし、仕事内容はともかく報酬はどうすべきだろうか。基準や妥当額がわからない。
「……従魔に魔力を浴びせる」
「魔術を修得させたいってわけだね、了解。それで報酬は?」
「……妥当な額がわからない」
「え? んー、そうだねー……危険のない仕事だけど、たぶんほとんどの魔力を使っちゃうだろうから、5000メニスくらいでいいんじゃない? ちょっと高いけど、魔術師にとって魔力が切れるって相当なことだからさ」
「……それでいい」
「はいよ。じゃあ、一応2人分の報酬で10000メニス預かるね、よろしく。それと、受けてくれる人が見つかったら訪ねさせるから、場所を教えてくれる?」
ということらしいので、スカートの裾中に横から手を入れ、そこから取ったように見せつつ”神の庫”からメニス袋を取り出す。
「おー、大胆ねー」
少し面白げな様子の女性に、メニス袋から10000メニスを渡した。
「はいよ、確かに。それで場所のほうは?」
「……ソウェニア城」
「……………………え、マジで?」
「……ん」
とそこへ、彼女と同じようなローブ姿の、別の女性が飛んできた。こちらはもう少し年齢が上に思われる。
「もももも申し訳ありませんでしたぁー! この娘は敬語ができないだけで、悪気は全く本当にないんです! どうかお許しをー!」
「お、お許しを!」
ガバッと頭を下げてきた。
しかし、別にそんなことはまったく気にしていないので、謝罪などいらないのだが。
「……別にいい」
とりあえず率直に、気にしていない旨を口にする。
すると2名は心底ほっとしたような様子になり、「ありがとうございます!」と再度ぺこりと頭を下げてきた。
「……もういいか」
「はい! 確かに承りました!」
「ま、ました!」
となると、もうここにいる意味もない。
なので最後の目的地であるラナンド商会支部へ向かうべく、早々に立ち去った。