70話
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ガナンとの手合わせも済んで、宛がわれた部屋にアーニャたちも落ち着けさせた。1人につき1人のメイドが付けられてあわあわしていたが、それは世話をされることに慣れていないからだろう。放っておいても問題はないはずだ。
それはともかくとして、ここに至って自由に動ける暇ができた。なので今は、以前に話で聞いていた書庫へ調べものをしに向かっている。
中央棟――つまりこの建物の二階にあるとは訊いたのだが、慣れた場所ではないので、実のところどう向かえばいいのか把握できてはいない。
――と、そこへメイドが通りがかった。ちょうどいいので訊ねようと声をかける。
「……おい」
「シ、シルヴェリッサ様!? はははいっ、どうかなさいましたか?」
妙に頬を染めてそわついているが、特に気にするほどのことでもないだろう。
「……書庫に行きたい」
「はいっ、大書庫でございますね。では、ご案内いたしますっ」
なぜだか、はりきった様子のメイド。
そんな彼女の後ろに付いて、豪奢な絨毯の敷き詰められた廊下を歩いていく。ちなみにこの絨毯は踏み心地が良く、歩跡も残らない上等な物のようだ。
何度か他の者たちとすれ違い(なぜか他のメイドが羨ましげな視線になり、それを受けた案内のメイドが優越そうに胸を張っていた)ながら廊下を行き、階段を下りること数回。ようやく目的の大書庫にたどり着いた。
二階の中心あたりから奥部にかけて作られているらしく、かなりの広さだ。
ずらりと規則的に並んだ書棚。その高さは、目測でシルヴェリッサの背の倍は優に超えている。
さらに壁面も、胸の高さくらいまでではあるが全て書棚となっているらしい。それ以高には絵画と、定間隔で壁灯が誂えられていた。
吹き抜けの上階も設けられているようで、そこは書読用の空間なのか長机と椅子が見える。
そして部屋の中心には円形の開けた場所があり、そこの円カウンターでなにやら3人の女性がそれぞれ作業をしていた。
「あら、ご利用の方ですか?」
「初めて拝見するお顔ですね」
「私共は、この大書庫の管理を任されております司書です」
改めて見ると、3名とも眼鏡をかけている。
服装も同じで、長袖のブラウスに暗緑色のベストと、襟にはスカーフタイ。そして腰から裾にかけて細くなっていく形のスカートに、ベストと同じく暗緑色の手袋という格好だった。
案内のメイドが、その司書たちに軽く会釈をする。
「こちらは、リフィーズ様が例の代表騎士としてお選びになった、Aランク冒険者のシルヴェリッサ様です」
彼女は司書3名にそれだけ説明すると、次いでシルヴェリッサに向き直り、
「で、では、シルヴェリッサ様。私はこれで失礼いたしますっ///」
「……ん」
一礼して去っていった。
先ほどより強く頬を染めていたが、まあどうでもいいことだろう。
とりあえず、読むものを見繕うべく書棚の間を歩いていく。途中途中で木梯を使い上段の書も取りながら、ひとまず5冊だけ選定した。
『世界の植物素材』
『魔術学 ~入門編~』
『アルティアに於ける不可思議な体験談 ~其は現か、あるいは幻か~』
『超魔巧都市マギス・ペルタ』
『~魔物と生きた少女~』
別段時間に追われているわけでもないので、順にじっくりと読んでみることにする。
まずは、『世界の植物素材』からだ。
サブライムホースたちの進化に必要な『マナリーフ』。
もしこれが予想した通り植物の類であるなら、この書に載っているかもしれない。
目的の項目を探し、次、次、とページをめくっていく。――――あった。
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〆 マナリーフ
素材ランク4
〃 並の植物とは異なり、水や陽光ではなく魔力によって育つ
成種して最初に浴びた魔力の属性に応じて色が変わり
以降はその属性の魔力でしか育たなくなる
純粋な自然魔力を好み
魔力濃度の薄い場所では絶対に育たない
超常的な魔力の量と制御技術を持つ者ならば
あるいはその限りではないのかもしれないが
大自然に比肩するほどの力を常に浴びせ続けるなど
そんなものは空論、夢想である
各大陸に自生しているものを採取する他ない
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やはり植物であったようだ。
入手は簡単ではなさそうだが、それに関しては仕方がない。
まあ、別に自分の手で直に採取しなければならないわけでもないだろう。商人から購入して入手、などでも問題はないはずだ。
次、『魔術学 ~入門編~』。
入門編と銘打たれているからには、魔術の習得法くらいは記されているだろう。
そう予想した通り、初期頃のページに目的の記述を見つけた。
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〆 魔術の習得法
〃 まず、それぞれの魔術属性に応じた魔力に触れ
身体がそれに馴染まなければならない
この最低条件を越えて
自らの意思でその魔力を生成できるようになれば
応じて魔術も身につく
ただし才覚によっては魔力に触れた瞬間に習得できたり
逆に最後の段階までいっても習得に到らない場合もある
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なるほど、方法はわかりやすい。
風と火、水の魔力なら、従魔たちがそれぞれ有しているはずだ。残りの地――いや、これはもしかすると”黄岩陸”や『黄印術』の力で対応できるかもしれない。
となると、あとは光と闇だが、これに関しても魔術師ギルドに赴くなどすれば解決しうるだろう。
次、『アルティアに於ける不可思議な体験談 ~其は現か、あるいは幻か~』。
妙な書題だったので手に取ったのだが、どういった内容なのだろうか。
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〆 『荒海に蠢く大蛇』
〃 あれは、アクエウル大陸に向かう航中のことだった
普段は穏やかなはずの海域が、突然その顔色を変えたのだ
大した風でもないのに波は荒れ
周囲の魔物は何かに怯えたように逃げ惑い
もちろんのこと、船も大きく煽られ続けた
そして……私は見たのだ
――荒れ狂う波間に蠢く、大蛇のような巨影を
〆 『死海の墓標に潜みし何か』
〃 《死海の墓標》と呼ばれる場所をご存知だろうか
実際に目で見た者など他にいないとは思うが
しかしその存在は口語りによって広く知られている
特に漁師など、海を知る者ならば必ず解しているはずだ
まさに死の海と呼称するに相応しい、荒嵐の海域
運悪く、自分は難破してしまった末
その絶望的な場所に漂流してしまったのである
並の嵐などかわいいと感じるほどの、凄まじい大嵐
船が沈まぬよう奮闘しながらも、心中では死を覚悟した
そんな中、妙な岩礁群を発見して、悟る
なるほど、墓標だ……と
針のごとく尖ったそれらが並んだ様相は禍々しく
そう納得してしまった
しかし
自分が最も恐怖したのは、その次だ
その墓標群の上空
暗雲の中に見た――恐ろしい双つの凶眼
何かいる
そう悟った瞬間、自分は気を失った
結果的にいうと自分は助かったのだが
あの双つの凶眼はなんだったのだろうか……
いや、そもそもの話
本当に自分は『死海の墓標』などに漂流したのだろうか?
その答えを知っているとすれば、神か
あるいはあの凶眼の主だけだろう――
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どうやらこの書に記されているのは、基本的に真偽が曖昧なものばかりのようだ。ならば、特に優先して読む必要もないだろう。
そう判断し、シルヴェリッサは次の書を手に取った。