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69話

※ 49話にて、ロヴィスが最後に使った技の名前を《アサルトヴェノム》に変更しました。なお、読み返すかどうかは皆さんのお好みで大丈夫です。

     ◇


 中央棟から城内へ入ると、前を行くリフィーズの胸にドレス姿の女性が飛び込んできた。背格好はリフィーズより少しばかり低いくらいだろうか。その瞳と同色の長い若苗わかなえ色の髪は、やりすぎていない程度に飾り纏められており、おそらく並の立場ではないのだろうと予想できる。


「フィーさま! あぁ、わたくしのフィーさま! よくぞご無事で……っ!」

「ふふ、ただいまユリーヴィア。出迎えてくれて嬉しいわ」

「本当は街までお出迎えに参りたかったのですよ? でも皆が許してくださらなくて…………あら?」


 その女性はリフィーズの胸に埋めていた顔を上げると、シルヴェリッサに気づいて小首を傾げる。麗然と整えられた髪も、それに伴い揺れた。


「あの、フィーさま。そちらの方々は?」

「ああ、この娘たちは、そうねぇ……ユリーヴィアには、先に伝えておこうかしら。実はね――」


 と、リフィーズがその女性――ユリーヴィアに諸々の説明をしていく。

 二月後の『親睦会』でシルヴェリッサを代表騎士とするため連れてきたこと。

 その条件として交わした、いくつかの契約のこと。


 話を聞き終わると、ユリーヴィアは「なるほど、わかりました」と笑顔でシルヴェリッサに向き直り、


「はじめまして、シルヴェリッサさま。わたくし、リフィーズさまの『こ・ん・や・く・しゃ』! のユリーヴィアと申します。よろしくお願いいたしますね」


 婚約者、の部分だけ妙に力強かったが、なぜだろうか。


「二番目以降であれば許しましょう。正妻はわたくしです」

「……?」


 意味がよくわからず、疑問符を浮かべるシルヴェリッサ。どうやらアーニャたちも同じらしく、後ろで「どういうこと?」「わかんない」とひそひそ聴こえる。

 ちなみにリフィーズはというと……、


「ふふ、ふふふふっ……あぁ、嫉妬するユリーヴィアも可愛いわ……♪」


 うっとりとした表情と声音で、頬に手を添えていた。

 本当に意味がわからない。まあ、彼女らがどうやら想い合っているらしいのは察せたが……いや、それはシルヴェリッサには全くもって関係のないことだろう。




 などとあったが、とにかくそれから城内を進んで階段もいくつか上り、玉座の間に着いた。その扉はずいぶんと、それこそトロールであるティグアーデよりも2倍ほど高く大きかったが、特には気にしないでおく。


 そしてアーニャたちもまた、この玉座の間に入ってから一層つよい驚愕を見せていた。まず最初に、ずらりと居並んだ兵士らを見て「ひああーー!」と驚声を上げたかと思えば、その口を開けたまま周りを見渡している、といった具合だ。

 いつものように、放っておけばいずれ戻るだろう。


「――さて、戻って早々ではあるけれど、みなに告げておくことがあるわ」


 玉座に座したリフィーズが、隣に立つシルヴェリッサを目で示す。同時、それまでもちらほらとシルヴェリッサに向けられていた視線が一気に集まった。

 にもかかわらず眉ひとつ動かさない彼女を尻目に、リフィーズは大きく息を吸ってぐ。


「ここにいるAランク冒険者シルヴェリッサを、二月後の『親睦会』および『披露会』に於ける代表騎士とする! ――以上よ」


 彼女がそう言い終わるや、居並んだ兵士たちやメイドたちの間にざわめきが生まれた。混惑こんわくの色が多いが、中には嫉妬らしきものも感じ取れる。

 ただ、嫉妬とはいっても悪意のたぐいは混じっていないようだ。


「――畏れながら、陛下」


 と。

 静かな、しかしはっきりとした強い意志を感じる声音で、1人の男が手を上げる。


 見やって気づいたが、その男の周りの者たちは普通の兵士たちとは違う鎧を纏っていた。兵士らが軽鎧なのに対し、その者たちは先までリフィーズの護衛をしていた騎士と似たような重鎧姿なのである。

 彼らのうち少ない幾人かはその護衛騎士と同じ鎧で、いま手を上げた男だけはさらに剛堅ごうけんそうな鎧だった。


「騎士団長ガナン。構わないわ、続けなさい」

「はっ、ありがとうございます。では……その娘を代表騎士とするとのことでしたが、少々無理があるのではございませぬか?」

「……そうね、お前の言いたいことは、もちろんわかるわ。いきなり外から連れてきた者を代表騎士に……なんて、お前たち騎士団にとっては納得できるはずないものね」

「陛下の決定には、従いましょう。されど我らとて武人。その者に大人しく譲って引き下がるなど、名折れも名折れ」


 と、その男――ガナンが、鋭い眼光で以てシルヴェリッサを射抜くように見やる。――並の視線ではない。

 その瞳に宿っているのは、強く大きな戦意。だが……、


 シルヴェリッサにとってそんなものは何でもなく、ただただ視線を返すのみだった。


「つまり、手合わせをしたい、と……そう言いたいのね、ガナン?」

「はっ」


 リフィーズが問い、ガナンが小さく頭を下げて返ずる。

 どうも戦うことになってしまったようだが、まあ試し打ちくらいであれば構うまい。無論、必要なら手加減はするつもりだ。


「――と、いうことになってしまったけれど……シルヴェリッサ、いいかしら?」

「……ん」


 改めて問われたので、うなずいた。





 手合わせの場として使うのは、敷地内にある修練場。

 右棟と左棟、それぞれの側にある外壁との間の空間に設けられており、しかし今回つかうのはそのどちらでもない。

 もう1つ――中央棟の1階に設けられた、少し大きめの修練場だ。騎士団の専用らしい。


 まあ、どこで行うのかは、この際どうでもいいだろう。


 とにかくシルヴェリッサは今、そこで騎士団長ガナンと向かい合っている。互い、手には剣を持って。

 訓練用の刃無し剣だそうだが、殺してしまう可能性が減る分、少なくともこちらとしては都合がよかった。とはいえそれでも、いざとなれば寸前で止められるようにはしておくが。


「剣を前に、もう言葉は要らぬだろう……ゆくぞ、娘よ」

「…………」


 ゆっくりと、しかし力強く構えるガナン。

 シルヴェリッサも無言で続く。


 そして――


「《チャージスラッシュ》!」


 ガナンが突撃してきた。おそらく、シルヴェリッサ以外にとっては凄まじい勢いで。

 初めて見た技だが、なんということはない。ただの突撃による斬撃だ。


 下から上への逆袈裟けさで迫るそれを、胴辺りで下向けた剣で受ける。さほど……というよりほとんど威力は感じなかった。

 と、ガナンがすかさず距離を取る。


「これくらいは当然、余裕か」


   「ランク1の技でもあの威力!」

   「さすが団長だ」

   「それを易々と受けた。あの娘も相当だな」


 周りで観戦している者たちがなにやら言っていた。どうやら今の技は、普通だとここまでの威力ではないらしい。ガナンがそれほど(シルヴェリッサ以外にとっては)高い能力、技量を持っているということだろう。


「では、次はどうかな……《ツインスラッシュ》!」


 袈裟、横一文字と続く二連の斬撃。

 一撃目は後方へ軽く躱し、次いで踏み込まれた二撃目は、先ほどと同じく下向きにした剣で受けた。微妙に、本当に微妙にだが、先の《チャージスラッシュ》より威力はある。


 一瞬だけ驚いた顔をしたガナンが、またも距離を取った。

 ……本当なら手合わせが始まった瞬間に終わらせたかったのだが、ここまで延ばしているのには理由がある。『若輩の』騎士たちを納得させやすくするためだ。


 先ほどリフィーズに、「隊長格ならともかく、並の騎士たちだと、一瞬で決着しても実際の力量差を理解しにくいと思うの。だから、ガナンの全力を受けた上で、圧倒的に勝つほうがいいわ」と言われたのである。


 なので、


「……全力でこい」

「……いいだろう。だが、少々覚悟しておいたほうがいい――」



 ――空気が、変わった。



 まるで、そう。

 ラーパルジでの戦いで、ロヴィスが《アサルトヴェノム》という技を使ったときのような……。


 静寂の中、誰かが息を呑む。


 そして、次の瞬間――、



「――《バスターブレイブ》ッ!!」


 戦気をほとばしらせ、ガナンが突っ込んできた。次いで襲いくる剣撃、剣撃、剣撃。

 息つく間もない……などというわけでもなく、微かわずかに早い程度の連撃である。


 キンキンキンキンキンッ、と剣が打ち合う音が5度ひびき、それきり静寂が辺りを包んだ。

 そして数拍の後……目だけを下に向けたガナンが、


「み、見事……」


 己の首筋に宛がわれた剣を見て、そう口にした。

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