7話
◇
アベカたちと別れてから、2日が経つ。
別段変わったこともなく、食糧であるサナルの実もまだ10個ほど残っていた。予定ではあと2日でセルエナに着けるらしいので、まあ余裕だろう。
道中でそれなりに魔物とぶつかったが、どれも一撃で済んだ。
かなり粗悪な剣なのだが、まあまあ使えるんだな。……などとシルヴェリッサは思っていたが、断じて剣の性能などではなかった。一撃で魔物を葬れたのは、偏にシルヴェリッサ自身の実力である。
ゴブリンの群れ、合計2回交戦――瞬殺。
オークの群れ、同じく2回交戦――瞬殺。
紅い鬼のような魔物が、全3体――瞬殺。
別にシルヴェリッサは戦闘狂ではないので、手応えのなさに憤りは感じない。初めのうち、死骸はそのまま打ち捨てていたが、途中で一つ思い至った。2回目のオークの群れを倒したときだ。
これからの活動において、金はできるだけあった方がいい。”ギルド”では魔物素材を買い取ってもらえるそうなので、死骸は解体しておくべきだろう。
と、結論がついたのはいいのだが……、
(どうやればいいんだ……?)
結局は方法がわからず、諦めた。こんなことなら、アベカたちが解体するところをきちんと見ておけばよかった。過ぎたことを悔いても仕方ないので、再び歩を進める。セルエナに着いたら、解体についても考えなければならないな。
そして今、3体目の鬼魔物を倒したときにふと気づく。空だ。
いつの間にか鳥たちが追従してきているな、と思っていたが、よく見ると違う。どうやら魔物のようだ。胴と頭は人間、腕と下半身が鳥の姿をしているらしい。どの個体も血塗れだったが、なぜか負傷した様子が見受けられない。
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○ ハーピー
Lv: 17
HP: 132/132
MP: 98/98
STR: 87
DEF: 63
INT: 54
RES: 51
SPD: 129
LUC: 88
スキル: □飛行Lv4 □空中戦闘Lv3
□風魔術Lv3 □隠密Lv2
□狩猟技術Lv3
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なるほど、ハーピーという魔物なのか。しかしなぜ襲ってくるでもなく、上を飛び回っているのだろう。……まあ、害意はないようだ。放っておくか。
判断し、鬼魔物の屍を後に歩き出したときだった。ハーピーたちが我先にとその屍に群がっていき、死肉を貪り出す。
(餌目当て、か……味を占められたようだな)
自分についていけば、楽に大量の餌にありつける、と。どうやらそういうことらしい。シルヴェリッサとしても、現状で魔物の骸は打ち捨てるしかなかったので、別によかった。
立ち止まって見ていると、”神の瞳”が発動した。
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⇒ オーガの死骸 [品質:3]
[腐敗:1]
[劣化:1]
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死体にも使えるのか。
鬼魔物は、『オーガ』という名称らしい。シルヴェリッサの3倍ほどの体格であったが、言わずもがな一撃だった。
やがてオーガを骨のみ残し、全て食い尽くしたハーピー。再び空に舞い、シルヴェリッサの頭上に就いた。まだまだついてくるつもりらしい。
◇
さらに2日。
結局ハーピーたちは、あれからずっとついてきた。どこからともなく増え続け、今やその数は20匹までに及んでいる。……これは少しマズイのではないか?
もうセルエナと思しき町の門が遠目に見えている。これだけの魔物を引き連れていては、相当の騒ぎになるだろう。
しかし、ハーピーたちはいつまで経っても離れない。さすがに敵意のない者を殺すことはしたくないし、正直なところ彼女らには少し愛着が沸いている。
向こうも懐いているのか、こちらが寝ようと横になると隣に寄り添ってくるようになっていた。サナルの実を食べるときは、かなり物欲しそうに見つめられたが。
ただ、この実だけはシルヴェリッサが食べられる唯一の食糧なので、やるわけにはいかなかった。
まあそれはともかくとして、
(どうしたものか……)
このまま町に入れないままでは困る。だがいい案も浮かばず、しばらく途方に暮れていた。
悩むシルヴェリッサの隣には、他の個体より一回り大きいハーピーが、じゃれるように擦り寄ってきている。人間の半身をしてはいるものの、彼女らはヒトではない。シルヴェリッサの中に嫌悪感はなかった。
どれだけ経っただろうか。
もう気にせず町に入ってしまおうか、と思い始めたとき。
「ピュイーッ!」
「ピュイッピュイー!」
「ピュッピュイー!」
急にハーピーたちが騒ぎだした。一様に後方の一点を睨んでいる。
シルヴェリッサもそちらに目を向けてみたところ、
見覚えのある馬車が遠くに見えた。数日前に別れた商人の物、か。こちらのハーピーの群れに警戒しているのか、立ち往生中のようだ。
「……威嚇しなくていい。敵ではない」
「ピュイ? ……ピュイッーー!」
先ほどの少し大きいハーピーが、短く叫ぶ。すると他の個体たちが、一斉に静かになった。……既に言っておいてなんだが、言葉が解るのか。
ともあれ、ちょうどいいときに来てくれたものだ。町に入るために知恵をもらおう。
ハーピーを伴って馬車に近づくシルヴェリッサ。彼女の姿に気づいたアベカが、パッと表情を明るくさせて手を振ってきた。
やがて馬車まで来ると、シルヴェリッサは開口一番に疑問を投げる。
「……あの男は?」
「あ……」
「そ、それは……」
「……死んだわ」
答えあぐねたアベカと弓持ちの少女に、杖持ちの女が続いた。彼女ら3人もかなり傷が目立つことから、相当に厳しい戦いがあったことが窺える。シルヴェリッサがあのままついていれば、こうはならなかっただろう。だとしても、別にどうとも思わないが。
聞けば、なんとか馬車と中身の魔物素材は無傷で済んだらしい。これから町で、男が所属していたラナンド商会というところに引き渡すそうだ。
当然、彼女らが受けた護衛の依頼は失敗。”ギルド”発注のものではないため罰則はないが、今後彼女らへの依頼は激減するだろうと嘆いていた。どうやらアベカたちが沈んだ様子だったのは、男が死んだからではなく、仕事が減ることに対してだったらしい。
「あの、それでえっと……そ、そのハーピーたちは?」
「……懐かれた」
アベカの質問に、一言で答えるシルヴェリッサ。その簡潔な理由に、リーズと名乗った弓持ちと、ロシュリーと名乗った杖持ちが驚きの声を上げる。
「えっ、ええっ……!?」
「こ、この数をたった1人で手懐けたっていうの!?」
「しゅ、しゅごい……///」
若干一名は少しズレていたが、3人揃って畏敬の目を向けてきた。シルヴェリッサはさして気にした風もなく、町に入りたいがハーピーたちが自分から離れない旨を伝える。
「でっ、でしたら私たちが、先に町へ伝えに行きますっ!」
「た、助けてもらいましたし……」
「そうね。この程度、お礼代わりにもならないでしょうけど」
言うや、馬車を連れ町へ駆ける3人。しかし傷に障ったのか、すぐにヨロヨロ歩きになった。……多少頼りない気もするが、今は彼女らに任せる他あるまい。
その背中を見送りつつ、シルヴェリッサは手近なハーピーの頭を撫ぜた。嬉しそうだ。しかしそのハーピーを横から押し退け、体の大きい個体が自分の頭を差し出してきた。押し退けられた者も含め、周囲のハーピーは羨ましそうにその大きい個体を見つめている。
(こいつが群れのリーダーのようだな。……ずいぶんと懐かれてしまったらしい)
差し出された頭を撫ぜながら、シルヴェリッサは微笑んだ。そしてふと思う。自分は今、生まれて初めて笑ったな、と。