68話
◇
それからさらに3日間、元老院とやらが再び襲撃してくることもなく、道のりは順調であった。しかしそろそろ目的地とはいえ、油断はできない。
それはそうとして、
(……緑が多いな)
リフィーズが少し自慢げに話していたが、この大陸は他の大陸よりも植物が豊かであるらしい。曰く、グラドゥニア大陸が『黄地の晶園』と呼ばれているのに対し、このウィンデラは『緑風の舞園』と称されているそうだ。
あと、なぜかはわからないがハーピーたち、特にセルリーンが妙に溌剌としている。風が多いので、それが嬉しいのかもしれない。
道中、アーニャたちも見慣れない植物や景色に興奮ばかりであった。シルヴェリッサはあまり注視していたわけではなかったので、しばらくは気づかなかったのだが、たしかに一度も見たことのないものばかりだったのである。
螺旋状にねじれた楕円形で薄緑の実を成らす、くるりと丸まる長い枝葉を湛えた、さらに薄い緑色の木。
旋風のように渦巻く、細く長い葉がいくつも重なった草。
どれもリフィーズが(自分から勝手に)言うには、このウィンデラ大陸だけに自生する植物らしい。他の大陸の植物も、それぞれの大陸でしか育たないものがほとんどだそうだ。
と思い出しているうちに、大きな砦壁と門が見えてきた。おそらくあれがソウェニア王国だろう。外壁を見た限り、ラーパルジより少しだけ大きいくらいの都市のようだ。
門前では検問のために大勢が列を成していたのだが、国主であるリフィーズにそんなことをする必要はないらしく、すんなりと通れた。
街中ではリフィーズが帰ってきたということで人々が喜んでいたが、だからとてシルヴェリッサには特に関係はない。
両側に住居が建ち並ぶ幅が広い石造りの街路を進んでいくと、ある辺りから周りの建物の規模が大きいものに変化する。そこからさらに少し行くと、次はもっと大きく豪奢な屋敷だけが見受けられるようになった。
そしてその路脇では、身なりのいい者たちがおそらく家族で並び、リフィーズの馬車へ頭を垂れる様子が続く。
次いでシルヴェリッサの馬車へちらりと一瞥を寄越してくるが、特に悪感情はないようなので気にせずともよさそうだ。
短くはない時間を要して屋敷群を抜けると、ようやく城門にたどりついた。ここへ近づくにつれ周囲の屋敷もまたさらに大規模なものになっていったが、もしかすると王城の付近であることがそれに関係しているのかもしれない。別に興味もないが。
とかく、リフィーズの馬車は悠然とその門を潜り、待機していたのであろう大勢の整列した兵士たちに迎えられていた。シルヴェリッサのほうもしばし拍を置き、その後に続く。
城門を潜ると、その瞬間、
「「「「「「「「「「ふぉおおおおおおーーっ」」」」」」」」なのー」」
と、後ろの馬車に乗るアーニャたちの驚く声が聴こえてきた。無理もない。それほどまでに巨大で、豪奢に聳える城だったのだから。
まず敷地の中央には石造りの十字路が、城壁門と中央棟、右棟と左棟とを直線で繋ぐように伸びているのが目に映る。その右棟と左棟は、それぞれ門側の城壁と繋がっているようだ。
十字路によって分けられるようにできた4つの区分だが、それぞれ庭園になっており、さらに中央棟の側の2つには噴水が設けられていた。加えて右棟側と左棟側で、鏡写しのような左右対称の景観となっている。
この世界で見た建物の中で、間違いなく一番の巨大さだ。ラーパルジの中央闘技場も大きかったが、明らかにそれを越えている。
……とはいっても、シルヴェリッサはこれを目の前にして感動を覚えるなどということはなく、
(ずいぶんと大きいな)
と短く思うだけだった。
ふと前を進むリフィーズの馬車が止まる。こちらもそれに次いだ。
まもなくして前の馬車からリフィーズが降り、彼女の許へどこからともなく現れた老齢の男が歩み寄っていく。そして深々と頭を垂れた。
「お帰りなさいませ、リフィーズ陛下。御無事で何よりでございます」
「……ずいぶんと白々しいわね? 元老院長サイモン」
「はて? それは一体どういった意味でございましょうか?」
なにやら目を細めてその男――サイモンを冷ややかに睨めつけたリフィーズだったが、サイモンは顔色ひとつ変えずに首を傾げるだけだった。
薄い緑を基調とするかなり豪奢なローブを纏ったこの男。
リフィーズはこのサイモンという男を、元老院長と呼んだ。つまり、彼女の命を狙う者たちの代表ということだろう。
となれば、と警戒を判断したシルヴェリッサに、サイモンは怪訝そうにちらと一瞥を寄越した。
「ところで、リフィーズ陛下。あの者は一体?」
「……彼女に関しては後で正式に公表するわ。それよりも今は……」
とリフィーズが兵士たちに目をやると、彼らは承知とばかりに敬礼(左腕を水平に上げてから曲げ、その拳を胸に当てる)をし、捕らえていた連中を連れてくる。先日、賊に扮して襲いかかってきた者たちだ。
その者たちを目にしたサイモンが、ほんの微かに、本当に一瞬だけピクリと眉を動かした。かなり微小な動きだったので、シルヴェリッサ以外は本人すら気づいていないのでは、とさえ思う。実際それで間違っていないのかもしれないが。
「ウィンデポートからの道中、襲いかかってきた者たちよ」
「なんと! 陛下に手を出そうなどとは不届きな。では、このゴミ共はこちらで預かりましょう」
「無用よ」
「しかし……」
「無用と言ったわ」
「……は、申し訳ございませぬ」
そうしてサイモンを黙らせたリフィーズは、捕らえた者を地下牢に入れるよう兵士に命じると、シルヴェリッサに寄ってきた。
「ごめんなさい、待たせてしまったわね。さ、城へ入りましょ。従魔と馬車は、兵士たちに預けておくといいわ」
「……ん」
リフィーズの言葉にうなずき、アーニャたちとカーヤたちを降ろしてから馬車を兵士たちに預ける。従魔たちには彼らについていくように言いつけた。あとは任せればいいだろう。
その様子を確認すると、リフィーズは1つうなずいて、
「じゃあ、ついてきて頂戴」
と、にこやかに歩き出した。
◆
――アルティレイフ魔業国。
その中心たる黒き巨城の上層には、魔獄七将の私室が備えられている区画があり、そのさらに上には魔王ナーラメイアの部屋がある。そしてその2つの狭間の階には会議室――円卓の間と、それを囲う形で隣接する広間があった。
上から見た広間を長方形として、その内側の底辺中央に丸い円卓の間がくっついている、という具合の間取りである。
この広間、魔獄七将はじめ幹部たちの憩いの場なのだそうだ。
”タウロスミーティア”たちは幹部でもなんでもないのだが、ナーラメイアに「自由。使う。許す」と言われたうえ、特にすることもないので頻繁に5人あつまってはお話をしている。
今も、それぞれの住処がどういうところだったのかを話していた。
「そうげんでした」 タウロスミーティア
「……やま」 レイヴンルーナ
「うみー」 リバイアシャーク
「どうくつ、でしたね」 インペリアルスライム
「もりだったわ~」 カオシックスパイダー
見事にバラバラの場所だったらしい。
「ねえ、タウロスミーティアちゃん~」 カオシックスパイダー
「はい、なんですか?」 タウロスミーティア
「はじめてあったとき、ボーッとしてたわよね~?」 カオシックスパイダー
「あ、そういえばー」 リバイアシャーク
「なんだったのですか?」 インペリアルスライム
「……きになる」 レイヴンルーナ
と、皆が好奇心に身を乗り出してくる。
しかし、そうは訊かれても自分でもよくわからないのだ。まあできるだけ説明はしてみるが。
「えっと、なんだかあったかくて、ふわあ~っとして……」 タウロスミーティア
「……わからない」 レイヴンルーナ
「うんうんー」 リバイアシャーク
「おなじくです」 インペリアルスライム
「そうね~」 カオシックスパイダー
「おぉ~……? きみも『アレ』、感じたぁ~……?」
間延びした、なんとも力の抜ける声が聞こえて振り向く。
――そして、腹を向けて服従のポーズをした。いや、気づいたときにはもうしていた、が正しいだろうか。
「んん~……? あぁ~、同じ獣型だからかなぁ~……? それにぃ~、ラノッサちゃん、こわいもんねぇ~……」
「おれ、こわい? むぅ」
魔獄七将、”スロウスクラックベア”のベルーチェ。
と、もう一人。そのベルーチェをなぜだか背負っている灰色髪の大きい女が、彼女の言葉に少し落ち込む。表情はほとんど動いていないが。
ともあれ我に返った”タウロスミーティア”は床座りの体勢に戻り、ベルーチェへと向き直った。
「あ、あの、ベルーチェさまも、『アレ』を?」 タウロスミーティア
「感じたよぉ~……グヴェルドの気配が消えるぅ~、ちょっぴり前かなぁ~……気持ちよかったよねぇ~……こう~、ぽわあぁん、ってなってぇ~……ふわ、ぁ~……てぇ~…………ぐぅ……~zzZ」
「ベ、ベルーチェさま……?」 タウロスミーティア
「ぐぅ……すぅ……ぴぃ~……zzZ」
寝てしまった。それも完全に熟睡である。
まさか『アレ』を思い出しただけで眠ってしまったのだろうか。……いや、おそらくそうなのだろう。
そんなベルーチェの様子を見たラノッサが、
「ベルーチェさま、寝た。おれ、部屋、つれていく」
とまるで自分の役目を確認するかのように呟き、彼女を背負ったまま去っていった。
そして残された”タウロスミーティア”は……、
「……おなか」 レイヴンルーナ
「かんたんにみせちゃってー♪」 リバイアシャーク
「よわむし、ですね」 インペリアルスライム
「はずかしいわね~」 カオシックスパイダー
「くっ、くぅ~……っ!」 タウロスミーティア
他の4人にいじられていた。とんでもなくくやしい。
災い、もしくは天罰よ、この4人に! と思う。
その願いが通じたのか、
「ふむ」 ”ヒュブリスグリフォ”・ルシーナス
「……!」 レイヴンルーナ
「おや、『お腹』を見せて、どうかしたのかい?」 ルシーナス
「……ぅ」 レイヴンルーナ
「ふひひ…………」 ”エンヴィーウロボロス”・レヴィッタ
「ひぁわ……っ!」 リバイアシャーク
「ふひひ……『簡単に』、お腹みせちゃったね……?」 レヴィッタ
「うぅ……」 リバイアシャーク
「あたしチャンもきたよんッ☆」 ”グラトニーゼブブ”・ゼビア
「ひゃ……!?」 カオシックスパイダー
「お・な・か、『はずかしい』ね~♪ ひゃはッ☆」 ゼビア
「く、ぅ……」 カオシックスパイダー
どこからともなく魔獄七将の面々が現れ、それぞれ対応する種族の3人を服従のポーズにした。顔を赤くしてお腹を見せている彼女たちを見ていると、ニヤニヤしてしまう。自分たちも同じじゃないか、と。
が、まだ残っている。
その1人は……、
――後退ろうとしたところを、ナーラメイアに捕まっていた。
「ひっ……!」 インペリアルスライム
「魔獄七将。魔法生物。いない」 ナーラメイア
「あ、あの、そのっ……!」 インペリアルスライム
「冥。代わり。お仕置き」 ナーラメイア
――こうして最後の1人も服従のポーズとなったので、”タウロスミーティア”はとどめの一言を見舞うべく彼女に寄っていく。
そしてその涙目の顔の横でしゃがみ込み、にぃっっっっっこりと、
「『よ・わ・む・し』?」 タウロスミーティア
「く、くぅぅぅぅ~……っ!」 インペリアルスライム
すっきりした。




