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67話

     ◇


 歌い手の女たちは、あれから2日ほどで回復した。痺れたままながら、彼女らもシルヴェリッサの歌が聴こえていたらしい。

 なぜだか憧憬の混じったようなうっとりした目を向けられたが、まあ気にすることもないだろう。


 それからさらに3日が経ち、現在はそろそろウィンデラ大陸に着く頃合いである。のだが……、


「ずっとついてきてるわね、あの”セイレーン”たち」


 隣のリフィーズが甲板の縁にもたれて髪をかきあげつつ、海を覗きながら不思議そうに小首をかしげる。


 そう、シルヴェリッサが歌って鎮め終えたあとも、”セイレーン”たちは一向に船を離れる気配を見せなかったのだ。通常はそんなことはないはずらしいのだが、しかし別段なにかしらの危害を加えようとしてくる様子もないので放っている。


 問題があるとすれば、1日に何度かだけシルヴェリッサを求めて歌ってくることだろうか。他の誰が歌い返しても「お前じゃない!」とばかりに水面を尾ヒレで叩くので、毎回シルヴェリッサが出る他ないのだ。

 そのせいで歌い手の女たちがほんの少しばかり落ち込んでいたが、それは別に知ったことではない。


「ふふ、ずいぶんと気にいられたようね、シルヴェリッサ。まあ、あれだけ素晴らしい歌なわけだから、当然といえば当然だけれど」


 言って、1つ小さく息をつくと、リフィーズは真剣な表情で目を細めた。そう長く共にいたわけではないが、彼女のこういう雰囲気はあまり記憶にない。だからといって別段どうというわけでもないのだが。


「そろそろウィンデポートに着く頃ね。ソウェニア王国まで、そこから4日間……もしかすると、元老院がなにかしてくる可能性があるわ」

「……『なにか』?」

「具体的には、そうね……盗賊をけしかけてくるとか、かしら。あとは、罠なんかも考えられるわね」

「…………」


 もしそうなると、アーニャたちに危険が及ぶかもしれない。

 そんな考えに至り、シルヴェリッサはその元老院とやらへの警戒心を強めた。盗賊――直接的に撃ってくる場合ならともかく、罠などといった類は経験がないので尚更である。


「港が見えたぞーっ!」

「総員、準備にかかれえぇっ!」

「「「オオオオォォーーっ!」」」


「「「「「おーっ」」」」」 アーニャたち

「「「「「おお~」」」なのー」」 カーヤたち


 船員たちの真似をして腕を高く掲げた幼女たちが、いそいそと固まってぎゅっと抱き合う。どうやら離れずにいたほうが、船を降りるときに良いと判断したらしい。


 ……それにしても、


『~~~~♪』

『~~、~~♪』

『~~♪ ~~♪』


 あの”セイレーン”たちは、どこまでついてくるつもりなのだろうか。


「……~~♪ ~~~~♪」


 そんなことを思いつつも、おそらく最後になるだろう返し歌を奏でてやった。





『~~~~っ♪』

『~~っ、~~♪』

『~~っ♪ ~~っ♪』


「さて……どうしたものかしらね」


 ウィンデポートに到着したはいいのだが、シルヴェリッサが船を降りた途端どこか必死そうに歌を奏でてくる”セイレーン”たち。何事かと港に人が集まり、リフィーズが困ったように頬に手を添える。

 ちなみにウィンデポートの町並みは、グラドポートとそう変わらぬようだった。


 集まった歌い手たちがとりあえずとばかりにアリアを返しているが、”セイレーン”たちはそれらを完全に無視している。

 どうもシルヴェリッサになにかを訴えたがっているらしいのだが、本当にどうしたものだろうか。


「って、ち、ちょっとっ、あがってくるわ!」


 と歌い手の1人が慌てふためく。

 視線の先を見やると”セイレーン”が次々といかだ浮島ふじまに跳び上がってきており、周囲が騒然としていた。


 急に襲いかかってくるとも限らないので、シルヴェリッサも警戒してアーニャたちの前へ出る。

 ところで、下半身が魚ヒレ状であるのに陸上での活動はできるのだろうか。


 などと微か疑問を抱いている間に、”セイレーン”たちがさらに動いた。腰の左右にある小ヒレと上半身の腕部を使い、覚束ない様子ながらもこちらへ寄ってくる。


「……下がれ」

「「「「「は、はいっ」」」」」 アーニャたち

「「「「「はいっ」」」なのー」」 カーヤたち


 念のためにと従魔たちのほうへ幼女10名を下がらせ、自分は前へ出る。そして腰に差した剣を抜――こうとしたところで……、


『『『~~♪♪ ~~~~♪♪ ~~~~~~♪♪』』』


 ”セイレーン”たちが、今までとは違うどこか艶めきの混じったような歌声を響かせ始めた。ただただシルヴェリッサだけに向かって。


「…………」

「あら、これは。本当に何事かしら……?」


 後ろでリフィーズが不思議そうに呟く。

 どうも、この”セイレーン”たちに攻撃的な意志はなさそうだ。ひとまず、剣を抜く必要はないと判断していいだろう。


   「もしかして、さ。これ、求愛的な……?」

   「そ、そうなの、かな? うん、そうかも」

   「”セイレーン”のこんな艶っぽい歌、はじめて聞いたよ」


「き、きき求愛ですって!? そ、それでシルヴェリッサ! どうなの!?」


 どうなのと言われても、リフィーズはなにをそう興奮しているのだろうか。

 まあともかく、要するにいつものごとく魔物に懐かれたということだろう。


 数えてみると、”セイレーン”の数は22体。馬車は6台で、幼女10名とジェムコクーンで1台、シルヴェリッサとティグアーデで1台、オーガたちを徒歩にさせれば残りは4台である。十分たりるだろう。


「……”刻印”をしてくる」

「――ハッ……! と、取り乱しちゃったわね。ええ、わかったわ。町の出入口で待っているから」

「……ん」


「「「「「「「「「「わーい♪」」」」」」」」なのー」」


 仲間が増えてだろうか、喜ぶ皆を連れてギルドへ向かい、新たに”刻印”を済ませた。ちなみに”セイレーン”たちの”刻印”部位は背中である。





 ――ウィンデポートを発って1日。

 警戒しつつも、特段なにもなく高原を進んでいたときだった。


 シルヴェリッサは徐に腰の剣に手をかけ、リフィーズの乗る馬車に向けて跳び出す。そのまま空中で、木々間から飛来してきた燃えるような赤い気を纏う矢を弾き落とした。そして着地。


 ここまできて、ようやっと他の者たちが有事であると気づいた。


「! 矢だ! 術付矢じゅふやが飛んできたぞ!」

「敵襲ッ! 敵襲ーッ!」


「ピュイー!」

「グォーーッ」

『ギヂヂィーー!』


 従魔たち(陸上で満足に動けないセイレーン以外)もこちら側の馬車を守ろうと広がる。術付矢なる知らぬ言葉は気になるが、それは後だ。


「――くっ、不意討ち失敗! 者ども、かかれーッ!」

「「「うおおおおおおーーッ!!」」」


 けたたましい叫び声とともに、周囲の木々の陰やその間の草むらから大勢の男が飛び出してきた。数の程は、こちらの倍近いくらいだろうか。

 かなり多いが、やはり枝葉の陰だと上空のハーピーたちでも気づくのは難しいらしい。


「前衛部隊、防御陣形を取れッ!」

「後衛部隊! 弓兵は前衛の援護! 魔術兵は魔術の詠唱に集中せよッ!」


 リフィーズの護衛の騎士2名が、それぞれ指示を飛ばした。それを受けた兵士たちが規則的に動き、敵方を迎撃していく。


 ひとまずは微妙にこちら側が優勢のようだ。

 しかし、どうにも相手方の動きに少し違和感がある。というのも、初撃からずっとリフィーズの馬車のみを狙っているのだ。もしかすると彼女が言っていた元老院とやらかもしれない。


 ともあれ、アーニャたちの守りは従魔たちに任せて問題なさそうなので、シルヴェリッサは敵の指揮頭らしき者を撃つべく斬り込んだ。

 ここで、不可思議なことが起こる。周囲すべての動きが、まるで羽が落ちるような緩やかな速度になったのだ。これまでも戦う相手を遅いと感じることはあったが、今回はその程度がまるで違う。


 まあ何であれ、特に問題があるようでもない。

 あちらから襲いかかってきた以上は容赦も必要ないだろうので、次々と討ち倒していき、指揮頭へと迫った。そのまま剣を振り抜く。


「ぐっ、ぶ――!?」




 そうして指揮を失した敵方はみるみる動きが乱れ、兵士たちによって数名が生け捕りにされつつ殲滅された。

 馬車から降りてきたリフィーズがシルヴェリッサの隣に立ち、口を開く。


「一見するとただの盗賊だけれど、見目だけ繕っても騙すには甘いわ。細かな動きや体捌きを見るに、ちゃんとした武術訓練を受けているのは明らかよ」

「元老院の私兵と見て間違いなさそうですね」


 さらに彼女の侍女も、後方に控えつつ恐縮しながら言った。


「……まあ、それについてはソウェニアに帰ってから、ね。それより――シルヴェリッサ、貴女のおかげで助かったわ。ありがとう」

「……ん」


 と、そんな具合でアーニャたちにも怪我1つないまま落ち着き、歩を再開するのだった。

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