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64話

                ~ ■ ~


 グラドゥニア大陸・鉱崖こうがい都市ワグーム。

 巨大な2つの断崖を挟んだ底にある、雑鉄と木材の家々が不規則にバラついて建つ町。ここに、ある”ドワーフ”の少女が住んでいる。


 黄褐色の肌に、ツンピンと暴れた肩口くらいまでの黄色い髪と、瞳。

 上向きにピョンと束ねられた長い前髪と、種族特有の子どものような体躯。


 彼女の名は、ドゥムカといった。


 この町の住民はほぼ全てが”ドワーフ”の鉱員であり、彼女も例に漏れず7つの頃から働いている。つい先日の誕生日で、ちょうど6年になったところだ。

 ドゥムカ本人としては、よくここまで続けられたものだといえるだろう。


 小さい頃にギアトナという女騎士の物語を読んでからというもの、自分もこんなふうになりたい! というのが彼女の夢だった。そしてそれは13歳になった今もずっと変わっていない。

 だからいつかここを出たいと思っているし、そのときのためにとお金もためている。


 だが――







「何度も言わせんじゃねえ、駄目だ!」

父ちゃんててーこそしつこいニッ! いいかげん、みとめてくれたっていいニ!」


 もう何度目のやりとりになるだろうか。ずっと以前からこのように父に説得を試みているのだが、未だ旅立ちを認めてもらえていないのだ。

 母には初回で良い返事をもらえたというのに、ままならないものである。


 だが、諦めるわけにはいかない。


「この町でずっと鉱石ほる毎日なんてヤだニッ! だからムーは旅にでて、いつか騎士になるんだニッ!」

「んなもん簡単になれるわけねえだろ! ましてや13の娘っ子だ。どこの国に仕官しようにも門前払いがオチに決まってらぃ!」

「ムーはふつうのむすめっこじゃないニッ! ちゃんときたえてるニッ! それにそんなの父ちゃんててーが決めることじゃないニ!」

「わかりきったことだろが! だいたいテメーはなぁ!」

「あーもううるさいニッ! 父ちゃんててーのわからずや! ハゲ!」

「ドワーフがハゲてたまるかッ!!」


 まあたしかに、ツルッパゲな”ドワーフ”の話など聞いたこともない。

 と、そこで台所のほうからニコニコと母がやってきた。その両手には、美味しそうな匂いの湯気を吐く鍋が見受けられる。どうやら夕食ができたようだ。


「はいはい、そこまでにしてね。ご飯よ」

「「む……」」


   くきゅるる~~

   ぐごるるぅ~~


 自分と父の腹が同時に鳴る。母がクスクスと笑った。

 なんだか似たもの父娘とでも言われているようで、少し照れくさい。


 気恥ずかしさを紛らすように父をちらと見ると、目が合った。


「! ふんっ、だニ!」


 のであわててぷいっ、とそっぽを向きトテテッと食卓につく。


「なっ、テメこの……!」

「まあまあ、おちついて。あなたと同じで照れてるのよ、ドゥムカも」

「「てれてないニッ!」ねえッ!」

「あらあら」





 朝起きて朝食を摂り、自分がその日わり振られた作業場へ行き、鉱石を掘る。

 日暮れになるまで働いたあと家に帰り夕食、行水、就寝。そしてまた、次の朝を迎えるのだ。


 このワグームに住む鉱員はみんな、基本的にそういう日常を繰り返している。

 それは自分も例外ではなく、今日もまた、その日常が始まるのだった。


   「ドゥムカちゃーん!」

   「おはよ~!」

   「いっしょ、いこお~!」


 家の外から女ともだちの声がひびいてくる。いつもと同じような時間だ。

 もう自分も準備は済んでいるので、自室の窓から顔を出し「いまいくニー!」とこたえてから2階から下り、家を出た。


 それからともだちと何とはない談笑をまじえながら、今日の自分の担当場所を確認すべく、最寄りの広場へ向かい歩いていく。

 ちなみに自分たちの父らはすでに、もしくは後からくるはずだ。小さいころは一緒にいっていたのだが、この年になるとさすがにそれはキツい……というかいやだった。



 と、そのとき――ふいに地面が小さく揺れる。



「うわわっ」

「みんな、ふせるニ!」


 自分が軽くさけんで地にふせると、ともだちやまわりにいた人たちも続いて身を低くした。別に言われるまでもなくやっていたこととは思うが、こういうときは一応でも声を出しあったほうがいいのだ。


 それからしばらくしても続震がないのを確認し、だれからともなくそろそろと立ち上がる。……みんな不安そうな顔だ。しかし無理もない。


 なぜなら、


「ここ最近、毎日だよね……」

「一月くらい前からだっけ……?」

「地崩れとか……ない、よね?」

「……わからないけど、いまムーたちにできるのは、市長とか国の調査結果を待つことだけだニ」

「うん……そうだよね。きっとなんとかしてくれるよね」


 みんなの顔からひとまず不安が消えて、再び広場へと向かい歩いていくこと少し。徐々に日常の談笑が戻ってきた。ともだちや道行く人たちの様子も、普段と変わらないものに戻っている。


 もちろん自分だって不安はあるが、この地揺れ自体そんなに強いものでもないし、大人たちの中にはもうなれてしまったという人も多い。なのできっと……大丈夫だ。


「お、そろそろ広場だよ」


 と、ともだちの1人につられ、みんなして前を向く。


 ケガをしないよう最低限にならされた岩畳の広場に、そこそこ多数の”ドワーフ”が集まっていた。その人垣の中心には鉄製の看板も窺える。

 あれにそれぞれの名前と担当の作業場が記された皮紙が、毎日り出されるのだ。


 自分たちも確認しにいくと、どうやらみんなおなじ場所の担当らしい。

 なのでそのまま談笑を再開しつつ、現場に向かった。




 やがて崖壁にたどりつき、砦のような威容が見えてくる。高所に坑道を拓くためにと崖を掘って設けられた足場が、幾度も幾度も、何代も前から増設を繰り返された結果だ。

 これを目にする度、歴史や先人たちの偉業を感じずにはいられない。


 ……と、みんなは誇る。

 自分もまあ、誇りとまではいかぬも、素直に「すごい」とは思っていた。


 少し脱線したが、ともかく自分たちの担当は、砦の3階のほうにある坑道だ。まずその階にある物置に採掘具を取りにいき、各々の作業場の入り口に集合する。


「――よしッ、全員そろったなッ!」


 と、坑道長の男が集合者を見渡し、やけに元気な声を張り上げた。もし作業中もずっとこれでからまれるのだとしたら、ちょっとつかれるかもしれない。


(まあ……がんばるニ)


 嘆息ぎみにきあいをいれていると、坑道長がなにやら気づいたように目を向けてきた。心あたりは……無くはない。


「おおッ!? 奇跡の子じゃねえかッ! こりゃあ今日は大量になりそうだなッ!」


 奇跡の子。


 8年ほど前におきた崩落事故で全くの無傷だったことから名づけられた、自分の異名だ。

 この町の子どもたちは坑道を遊び場にすることが多いのだが、自分はその日ひとり誤って立ち入り禁止の穴に入ってしまったのである。


 それがおきた瞬間のことは、正直あまり覚えていない。

 ただ気づいたときにはまわりが真っ暗になっていて、崩れた岩にかこまれていたのだ。けれど恐さは感じず、むしろなんだか妙に安心したというか、やすらいだ記憶がある。

 あとおどろいたのが、岩と岩の間にすきまが生じていて、そのゆく先が出口につづいていたことだ。


 ……まあとにかく、以上の結果つけられた名が『奇跡の子』というわけである。呼ばれる自分本人としては、どうもいまいちピンとこないのだが。


 とりあえずそのことは頭の隅に追いやり、自分の任された採掘穴に潜ってペアであるともだちの一人と作業を開始した。


「ドゥムカちゃんとペアなんて、今日はめずらしい鉱石いっぱい見れそ~」

「ムーはただ、みんなと同じようにほってるだけだニ」

「『採鉱』スキルが高いのかな?」

「さあ、鑑定したことないニ。この町じゃむりだニ」

「そうだね、『鑑定』スキルってめったに持ってる人いないし」

「いたとしても、王族とかにめしかかえられてるのがほとんどだニ」

「うんうん」

「あ、銀鉱石だニ」

「おお! さすがー!」


 なかなか高価な物が採れた。

 すかさずともだちが鉄箱を持ってきたので、よいしょと入れる。出だしは上々だ。


「やっぱさー、ワグームの娘っことしては、早いとこ嫁にいって鉱員抜けしたいのが普通よねー」

「んー……ムーは恋とか愛とか、まだよくわかんないニ。……あ、金鉱石だニ」

「ほいよ。そりゃ、みんなわかんないんじゃない? まだ子どもなんだし。姉ちゃんねねーは、恋なんていつか突然おちるもの、っていってたよー」

「そういうもんかニー。……あ、魔石だニ」

「うわすごっ、はじめて見たかも」

「そうかニ? ムーを抜いても月にちょろっとは採れて――あ、黄纏鉱イエローマナダイトだニ」

「いやさっきからすごすぎないっ!?」


 たしかに自分も纏鉱マナダイトが採れたのはかなり久々だが、そんなにおどろくのは少し大げさではなかろうか。あと肩ごしにのぞきこんでくるのはいいが、ふんすふんすと鼻息がくすぐったい。


 そんな具合に作業を続け、そろそろ昼になるかといったころ。


「そういえばドゥムカちゃん、こんど坑道長になるかもってほんと?」


 それぞれ持ち込んでいた昼食を食べていると、おもむろにともだちが訊いてきた。どうやら、もうその話はひろまっているらしい。

 しかし父から話されたときも答えたが、自分にそれをうけるつもりはなかった。いつか町を出る気でいるのだから、身軽なほうがいいのである。


「めんどうだから、ことわったニ」

「ええー! もったいなー」

「ていうか、きくまでもなかったニ?」

「まーそうだね、あはは」


 おどけたように笑うともだち。自分もニハハと返す。



 ――突然の地揺れ。今度は少し強い。



「わわっ!?」

「きゃああっ!?」


 食べかけのバーギがふとももから落ちるのもかまわず、二人してかたまりつつ地にふせる。


 …………おさまったようだ。


「もう大丈夫そうだニ」

「み、みたいだね……わっ、鉄箱がたおれて中がこぼれてるよ。ひろわないと……」

「だニ」


 まだ少しおびえている様子のともだちと一緒に、地面に転がってしまった鉱石をひろいあつめていく。そして地面に落ちて汚れたバーギもバスケットにかたづけると、そろって小さく息をついた。


 ……しかし、二回目の地揺れがおきたことはいままでなかったのに、なぜ今日はおこったのだろうか。いや、考えたところでわかるはずもないのだが、なんだろう……妙に胸がざわざわするような、変な感覚だった。



 カァ――……ン


 カァ――……ン



 と、出入り口のほうから作業終了の鐘が耳にとどいてくる。本当はまだ早い時間なのだが、突然のあの地揺れだ。坑道長たちもみんなの安全を考えて判断したのだろう。


「もどらないとニ」

「あ、うん。じゃあ、荷物わけよっか。いつもどおりでいい、かな?」

「ん、いいニ」


 採掘具や昼食のバスケットなどはそれぞれ背中や片手に、あとは空いているほうの手で、鉱石の入った鉄箱の両はじを二人でそれぞれ持ち上げる。


 まだ成人もしていない少女とはいえ、おたがいとも”ドワーフ”だ。このくらいはよゆうに軽い。





 それから。

 やはり今日の作業は終わりということで、合流したともだちみんなと適当に夕方まで時間をつぶしたあと、家に帰った。しかしそれでもいつもより疲れがないのは変わらず、あまりすぐ眠れそうな気配がない。


 どうしようかと少し考えた結果、ひさびさに『女騎士ギアトナ』の物語を読むことにした。お金をかせぐのに集中すべくながい間ごぶさただったが、やはり好きなのは変わらず、かなり読みふけってしまう。


 そうして静かに時間が流れることしばらく。

 さてそろそろ、と書を閉じたちょうどそのとき、ふと部屋の扉が叩かれた。


『……ドゥムカ、ちょいと話がある』


 父だ。わざわざ向こうからくるとは珍しい。


 とりあえず書を棚にしまい、一呼吸。

 返事をかける。


「……わかったニ」


 すると一拍おいて父が入ってきた。

 座卓にすわりなおした自分の向かいに、どかりと腰をおろす。


「……話すべきか迷ってたんだがな、お前の夢についてだ」


 それからしばらくして口をひらくと、静かに話しはじめた。


「俺は、お前がそれを叶えようとずっと頑張ってきたのを知ってる。その努力、認めてるつもりだ」

「……しんじられないニ」

「嘘じゃねえよ。正直、お前の夢は応援してやりてえ」

「じゃあっ、じゃあなんで旅立たせてくれないニッ!」


 意味がわからない。

 父の言うことが本心なら、なぜずっと反対してくるのだろうか。


 わからない。


「……もっぺん、自分の夢がなんなのか、じっくり見つめ直してみな。それがはっきりしたそんときは、旅立ちを認めてやる」

「ど、どういう意味だニッ?」

「自分で考えるんだ。いいな」


 それだけ言い残すと、父は部屋を出ていった。

 結局、なにが言いたかったのだろうか。


 自分の夢を見つめなおす。

 父の真意はよくわからないが……とりあえず、夢を見つめなおすというなら『女騎士ギアトナ』だろうか。

 内容を思い返してみる――。



 ――物語は、ギアトナというごく普通の少女が、ひょんなことから騎士にあこがれるところから始まる。彼女は夢を叶えるために何年も自分をきたえ、強くなり、物語の中盤で晴れて騎士になった。

 それから歳が近いという理由で姫の護衛を任され、主と従者として、また友人として徐々に絆を深めていく。


 だがそんなある日、城で内乱が起こり、国が乗っ取られてしまうのだ。

 そうして国に仕える騎士はみんな敵になってしまい、ギアトナも従えと、姫を差し出せと迫られる。


 ――騎士を捨てるか、ともだちを捨てるか。

 選択を突きつけられたギアトナは、けれど一瞬もまようことなくこう言ったのだ。


「お前たちはもう『騎士』ではない。『騎士』とは、己の信念に立てた誓いを、その身を賭して守る者のことをいうのだ! 友を、主を捨てて、何が『騎士』かッ!」


 と――。





(――そう、だったニ……ムーはわすれてたニ)


 自分がなりたかったのは、騎士という『職』ではない。

 あこがれていたのは、ギアトナのような、真なる信念をつらぬく高潔な『魂』だ。


 しかし、だとすれば――


(そんなの、どうやってなればいいニ……?)


 自分はまだ子どもだ。

 だが、ただただ無垢にあこがれを抱いていられた幼少とも、またちがう。


 夢を現実とくらべ、その遠さ不明瞭さに気づき、あきらめが頭をかすめるくらいには十分な年齢だった……――。







「…………ねむれなかったニ」

「ドゥムカちゃん、大丈夫?」

「むりしないでね」

「今日は回収がかりにしたほうがいいよー」


 ゆうべは結局なやみこんでしまい、ろくにねむれなかった。体が重くてしょうがない。

 ともだちの言うとおり、今日は回収する係にしておいたほうがよさそうだ。


 とりあえず担当の作業場を確認するため、いつものように広場へ向かう。

 が、なにやら普段と様子がちがった。


「あれ? もしかして、市長のとこの衛兵さんじゃない?」

「ほんとだ、どうしたんだろ」

「ひょっとして昨日の地揺れのことかな?」


 その可能性が高いだろうが、とにかく自分たちも話を聞くべく人垣に加わった。


「それなりに集まったようだな。では、市長からの連絡を伝えるぞ。ここにいない者たちには、皆から教えてやってくれ」


 衛兵の男は広場中に聞こえるような大きめの声で言うと、さらに続けた。


「先頃に王国から、どうやらガガレ岩野がんやに危険な盗賊団が潜んでいる恐れがあるらしい、との伝令があった。王国の騎士団が捜索中とのことだが、未だ行方は判明していないそうだ」


 ワグームの周囲に広がる岩ばかりの大荒野、それがガガレ岩野だ。

 町から北に3日いけば、ワグームが属するアルティグロン鉱床こうしょう国に。

 北東に6日いけば、かの大闘技都市ラーパルジに続く荒野に出る。

 ただ西には特になにもなく、ふつうに岩肌が広がっているだけだ。


 それから南については、そもそも町からつうじる道が大昔の地崩れでふさがっていることもあり、もう長いこと完全に未踏の地帯である。ここの崖がかなり長大というのもあって、わざわざ回りこんでいってみようとする人もいない。


「よって皆には、しばらく町から出ることを控えてほしい。以上だ、解散してくれ」


 衛兵がそう言ってしめくくると、集まっていた者たちは各々の作業場へ散らばっていく。

 自分たちも含めてだが、みんなあまり不安そうではなかった。人の手ではどうにもできない自然災害というわけでもないし、国が動いているのなら、それに任せておけば大丈夫だろう。




 ……と、そのときは思っていた。


ドゥムカ編、もう一話つづきます。

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