61話
お久しぶりです。
毎度遅くなってしまい申し訳ないです。
それでも皆さんに読んでいただけていることに、深く感謝を。
◇
しばし町を歩いていると、道の端に小さな露店が開かれているのを見つけた。その傍に馬車が停まっていることから推測するに、おそらく町の外から来た商人――要するに行商だろうと思われる。
となればいろいろと情報を持っていそうなので、六刃のことを訊ねてみようと近寄った。時間もちょうど昼時になってきたため、これが済んだら宿に戻ることにする。
「いらっしゃい。おや、これはこれは、なんともお美しいお嬢さん方で」
商人の男は客と勘違いしたらしく、その少々髭のある顔で微笑みを向けてきた。
シルヴェリッサは美しいと言われても別段なにも感じなかったが、アーニャたちは違ったらしい。にまにまと緩んだ頬に手を当て、上半身を右へ左へ捻りながら照れている。
ちなみにカーヤだけは別の反応で、「おせじだろ……」と呟きつつ仏頂面で腕を組みながら頬を赤くしていた。言葉とは裏腹に彼女も多少は照れているようだ。
「……特殊な刀剣を見たことは?」
「ふむ……特殊な、となりますと、ちょっと覚えがありませんね」
「……ならいい」
「お力になれず申し訳ない。ですが、各国にあるラナンド商会の支部に行けば、もしかするとお望みの情報が手に入るかもしれませんよ」
直接的な情報は得られなかったものの、少々の当てはできたようだ。
各国というからには、おそらくソウェニア王国にもあるのだろう。
ならばちょうどいいので、ひとまず予定として覚えておくことにした。
――……~~♪ ~♪
――……~♪ ~~♪
――……~♪ ~♪ ~~♪
ふと不意に、いくつもの歌声が重なり合うようにして響いてくる。何事かと目を向けてみると、少し先の広場で人が集まっているのがうかがえた。
どうやら幾人かの若い女が各々うたっているらしい。見物人も多少いるようだ。
興味がなかったので宿へと踵を返そうとしたところ、なにやら商人の男が口を開いた。
「アリアの練習が始まったみたいですね。やはり、何度きいても心地いいものです」
「……アリア?」
あの歌のことを言っているのだとは思うが、知らぬ言葉だったのでとりあえず問う。耳に入れておくべき情報か否かは、聞いてみればわかることだ。
「ご存知ありませんでしたか」
ではお教えしましょう。と、商人の男は続けた。
「海には”セイレーン”という、それはそれは美しい歌声の魔物が出没しましてね。彼女らは船を見つけるとたちまち寄ってきて、一斉に歌い出すんです。が、こちらもそれなりの歌で返さないと、怒って船を沈めてくるんですよ」
なるほど。では今朝方に見た、漁師たちに追従するように海へ向かっていた女たちも、それに対するための人員ということだろう。
そうシルヴェリッサがひとり納得していると、商人の男は再び口を開いて続けた。
「まあ沈めるのは船だけで人は襲わないんですが……海の真ん中から生身で陸に戻れる人なんて、そうそういませんからねぇ」
やろうと思えば普通にできるのだが、別にここで言う必要も意味もないので黙っておく。
とにかく、今度こそ用は済んだ。これ以上ここに留まっても仕方がない。
宿に戻って昼食を摂ったら、次は海上側のほうを見て回ることにする。
何ら特筆すべき事もなく食事を終え、予定通り海上側の桴群へとやってきた。
ティグアーデは宿に残って寝ていようか迷っていたようだが、結局ついてくることにしたらしい。
それにしてもこの桴、いや、材木のほうだろうか。とにかく普通の代物ではないようだ。
大量にあるので貴重な物かは微妙であるが、これだけの人数を乗せても僅かも沈まないなど、およそ並みの樹木ではあり得ないだろう。
と、そんなことを考えているうち、気づけば漁市場に入っていたようだ。魚介の匂いがよりいっそう濃く薫ってくる。
アーニャたち、特に獣人種には刺激が強いらしく涙目で鼻を押さえていたが、いずれ慣れてくるだろう。
「らっしゃーっ! どれもこれも新鮮だよー!」
「小さいのから大きいのまで、色々あるよーっ!」
「へへへ、こっちは珍しいのが揚がったんだ! 見てってくれー!」
「なんの! こっちだって種類の多さなら負けてねぇぜッ!」
「へへーん、ウチの旦那が獲った魚のほうがウメェしぃ~」
「ああん!? アタイのダンナが獲ったのが一番に決まってんだろが!」
「まあまあ二人とも、ムダな喧嘩はおよしよ」
「「う……すまね――」」
「どうせあたしの夫が一番で、他はみんな同じなんだし」
「「上等じゃごらぁあ!」」
どうやらここの店番はみな女性のようだ。どこもかしこも騒がしいが、市場とはこういうものなのだろうか。
いや、それはともかく、せっかく訪れたのだ。ついでに食糧を買い足しておこうと、一番近い店に寄った。
「いらっしゃい! うお、人数多い、スゲー買ってくれそうな予感!」
「……全部」
「……は?」
「……全部」
「…………んん!?」
二度くり返しても店番の女が戸惑ったままだったので、もう別のところで買おうと踵を返した。
「わーっ、待って待って! 売るよ! 売るから待って!」
我に返った店番の女が慌てて止めてきたので、再び戻ってそのまま購入する。ただ量が相当なものだったため、後ほど宿に届けられることになった。
”神の庫”のことも考えると、ちょうどいいと言える。こんなところで使うよりは、人目のない場所で仕舞うほうが騒ぎになる心配もないだろう。
もともと、そこに預けてある馬車まで運ぶつもりで買ったのだ。ゆえに、やはりちょうどいい。
他にここでの用は特にないので、市場の途切れ口と思われるほうに向かう。
その途中、ふと気になる一角が目についた。そこの区画だけ、店番どころか商品すら一切ないのである。
なんらかの事情があるのだろうが、もちろんシルヴェリッサが知るはずもない。
だがその事情が海に関する何かであるならば、明日からの船旅を考えると知っておくべきだろう。
「ネオイ号のやつら、まだ戻んねーのか」
「たしか、今日はちょっと遠出するって言ってたよね?」
「にしても遅すぎなような……もしかして、何かあったんじゃ……?」
「「「…………」」」
訊ねる前に聞けた。
どうやら今まさに何かが起こっている最中のようだ。ならば件のネオイ号とやらが戻らない限り、知りようもない。
(気になるが……仕方ないな)
そうして、再び去ろうとしたときだった。
「た、大変だーっ! ネオイ号が! ネオイ号が”クラーケン”に襲われたぞーっ!!」
◇
「――……それで、そのネオイ号の被害と、生き残った人数は?」
「船は、壊滅的です……生き残りも、歌い手と数人だけで……」
「そう……いいわ、下がって」
「はい……」
部下を下がらせたアリーエは、その表情をいっそう真剣なものにして、向かいに座るリフィーズに向き直った。
ちなみにシルヴェリッサは少し離れて、壁に背を預けながら話を聞いている。アーニャたちは宿に返したので、この部屋にいるのはリフィーズの侍女を含め、この4名だけだ。
「申し訳ございません、リフィーズ様。私どもの事情に巻き込んでしまい……」
「それは貴女の責任ではないでしょう。魔物の被害、それも”クラーケン”なんて大物よ? 事前にどうこうできるものじゃないわ」
聞いている限り、件の”クラーケン”とやらは相当に危険で大きい魔物であるようだ。
「それで、”クラーケン”の現在地はどうなっているの?」
「詳細な場所は不明ですが、ネオイ号を追って近くまで来ている可能性も低くないと思われます。最悪の場合、あるいはこの町まで……」
「もしそうなったら、妾のほうも全力で迎撃に力を貸すわ。……何にせよ、しばらく船は出せないわね」
リフィーズはため息を交えつつそう言うと、軽くこちらを振り向いた。
そういうことならば仕方がないだろう。別にシルヴェリッサとしても異論はない。
”瀧剣・タイダルブルー”、もしくは”嵐剣・ストームグリーン”どちらかでもあれば、海か空から打って出ることもできるのだが……いや、無いものを考えても詮ないことだ。
(……待てよ)
考えてみれば、空を飛ぶだけなら”ストームグリーン”でなくとも可能だ。
他のハーピーたちはともかく、セルリーンならシルヴェリッサを運んで飛行するくらい造作もないだろう。
そうと決まれば、とばかりに、シルヴェリッサはさっそく宿へ迎えに行くことにした。