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59話



     ◇


 ラーパルジを出立して、およそ3日。


 時折ときおり魔物とぶつかることもあったが、シルヴェリッサが出るまでもなくリフィーズの兵士で片付き、今のところ旅路は順調である。

 兵士の数は50名ほどで、騎兵も混じっていた。しかしリフィーズの乗る馬車の馬も含め全てが”ミークホース”で、その能力はサブライムホースより遥かに低い。


 ゆえにこちらが速度を合わせてやる必要があったが、シルヴェリッサが指示するまでもなくサブライムホースたちは自己でそう判断したようだった。

 馬車を増やした際に試していたものの、やはり1頭につき1台でもなんら問題はないらしい。Lvがあがった影響なのだろう。


(あと5日ほど、と言っていたな)


 リフィーズが言うには、グラドポートという港町に着くのがそれくらいなのだそうだ。そこからさらに船で5日と、再び陸路で4日という予定だと聞いている。


 それにしても、どうにもやることがない。

 野営や食事休憩のとき以外、シルヴェリッサはずっと御者台に程近い辺りで座っているだけだった。外への警戒は一応しているものの、上空のハーピーたちや、ついでに兵士らもいるのであまり意味はないだろう。


 なので、シルヴェリッサはロヴィスから得た情報の整理をすることにした。

 先日に彼女から聞いた様々を思い出してみる。


 世界には誰も踏み入ったことのないような未開の地が数多あること。

 山のように巨大な魔物の存在。

 四大魔術師と呼ばれる者たちの話。


 この他にも、王都や帝都には冒険者ギルド以外にもギルドと呼ばれるものがある、という話も聞いている。


(職人ギルドと、魔術師ギルド。あとは……素材ギルド、だったか)


 職人ギルド。

 鍛冶、調合、魔巧、料理などの技術を持つ職人クラフターを雇える場所。雇用の際は、基本的に求め手と職人が話し合って委細を決める。期限付で雇う場合が主。

 収集家の貴族などは好みの逸品を作らせるために、お抱えとして個人的な契約を結ぶことも多いそうだ。


 魔術師ギルド。

 魔術に関する様々を研究している場所。

 所属している魔術師を雇うこともでき、主に冒険者が討伐系の依頼などで人員を一時期に増やしたい場合に利用する。

 実力のある魔術師は、貴族や位の高い者が召し抱えることもあるそうだ。


 素材ギルド。

 魔物の解体や、様々な素材の買い取りや販売を行っている。

 大きな街の場合は人も多く、冒険者の数や集まる素材の量も膨大になるため、このような場所が設けられるとのことだ。

 これがある街では、冒険者ギルドでの解体や素材の買い取りは行わないらしい。


(”魔巧器”については、訊く時間がなかったな)


 それから、魔術の習得法に関しても未だ知れていない。

 ただ、ソウェニア王国に着けば城内の施設を使っていいと許可は得ているので、そこにあるという書庫で調べれば済むだろう。


 と、ひとまずまとめてみたものの、やはりそう時間は潰れていなかったようだ。

 しかし別段それを期待していたわけでもないので、特に残念とも思わなかった。





「海よ、シルヴェリッサ! ほら、とっても綺麗だわ!」


 予定通り、グラドポートに到着した。

 呼吸の度に潮や魚介の匂いが鼻孔を通り、胸の奥深くにまで染み込んでくる。


「やっぱり海を見ると泳ぎたくなるわね!」


 どうやら、この街はいわゆる水上都市というもののようだ。


 もちろん陸にも家屋はあるが、それは街全体の2割か3割ほど。

 ほとんどの建物は、海上にいかだを敷き詰めた方々ほうぼうに点在している。


「ところで、貴女は泳着えいぎは持っているのかしら?」


 そういえば船に乗るのは初めてだが、海にも魔物はいるのだろうか。

 もしそうだとして、海上で襲われた場合は少々厄介かもしれない。


「持っていないならあげるわ! ええ、ええ! 是非とも着て頂戴!」


 いざとなれば”黄岩陸”があるとはいえ、直接りつけることはできないと想定しておくべきだろう。

 ”瀧剣りゅうけん・タイダルブルー”があればそんなこともないのだが、しかし無いものを考えても仕方があるまい。


「う、て、手強いわね……でも燃えるわ! 諦めては駄目よリフィーズっ」


 あえて言うことでもないだろうが、別にリフィーズの言葉が聞こえていないわけではない。

 特に答える必要も意味も見当たらなかったので無視していただけだ。


 とそこへ、街の方から身なりのいい褐色肌で空色の髪をした女が、数人の衛兵らしき者たちを連れてやってきた。そのままリフィーズの許へ来ると、彼女へ深々と一礼する。


「リフィーズ陛下、御機嫌うるわしゅうございます」

「うるわしゅーございましゅわ」


 舌足らずな幼い声に目線を落とせば、そこにはどこかで見たことのある、これまた褐色肌で水色の髪の少女がいた。よく見ると衛兵に紛れてエプロンドレスを着た黒髪の女もいる。こちらも褐色だ。


 たしか、ラーパルジで『シャロトガ』に泊まっていた際、浴場で絡んできた2人ではなかろうか。アーニャたちも水色髪の少女を見て軽く頬を膨らせているので、おそらく間違いないだろう。


 とシルヴェリッサが思い出した間に、リフィーズがその女に笑みを返した。


「ええ、ポルティスター卿。アキュール嬢も、お出迎えご苦労様」


 次いで彼女は水色髪の少女にさらなる笑顔を向け、その小さな頭を撫でる。


「えへへ♪」


 アキュールと呼ばれたその少女も、撫でられて嬉しそうにはにかんだ。

 そして、


「あーっ!」


 シルヴェリッサに気づいた。みるみる表情にきらめきが増し、今まさに飛んでこようと――


「こ、こらえてくださいませ、お嬢様っ!」


 したところで黒髪の女に抱き上げられる。「ぁぅ~」と無念そうに唸りながらも、そのままおとなしくなった。

 ちょくちょくウインクは飛ばしてくるが、まあ気にせずとも良いだろう。


「娘が騒がしく申し訳ございません、リフィーズ様。なにぶん荒々しい気風の船乗り達を身近に育ったもので、どうにも影響されたのか少々お転婆になってしまったようです」


 ポルティスター卿と呼ばれた女がリフィーズに頭を下げ、困ったようにそう言った。しかしリフィーズのほうは全く気にした風もなく、朗らかに笑って返す。


「ふふ、いいのよ。元気が良くて微笑ましいわ。……あ、紹介するわねポルティスター卿。このはシルヴェリッサといって、妾がラーパルジで雇った騎士なの」

「あら、それはそれは。初めましてシルヴェリッサ殿、わたくしはこのグラドポートを取り纏めておりますアリーエ・ポルティスターです。どうぞ、お見知りおきを」

「……ん」


 再び会うことがあるかもわからないが、ひとまず顔は覚えておく。

 聞くところによると(こちらから訊ねたわけではないが)、ポルティスターという家は各大陸に1つずつ、合計5つの港街を一族で代々管理しているらしい。

 まあ、今のところそれは別にどうでもいいだろう。


 しばらくしてアリーエが娘らを連れて去った後。

 リフィーズと軽く話し合った結果、明日は1日休息を取ることとなり、海へ発つのは明後日の朝方ということに決定した。







(また忘れてしまっていたな)


 と、宿に入ってまもなく、シルヴェリッサはトロールの許へ。

 毎度のことだが、名前をつけるのを失念していたのだ。


 1体しかいないのでリーダーもなにもないだろうが、1体ならそれはそれで名前はつけてやるべきだろう。ちなみに現在トロールは起きており、シルヴェリッサが近づいたことでなにやらオドオドしている。


 なにをするのか察したらしくワクワクしているアーニャたちを尻目に、例のごとく直感を口にした。


「……ティグアーデ」


   《――従魔:トロールの個体名がティグアーデとなりました》


「! くむむむぅ~ん♪」


 名をつけられたことに気づいた彼女は、どうやらもらった名前を気に入ったらしく「るんるん♪」といった具合に身体を揺らした。

 揺れ方が小さいのは、周りに対しての自分の大きさをきちんと理解しているからだろう。正確には、馬車のスペースをほぼ自分だけで占領してしまったことで学んだ、というべきか。


 とにかく、満足したようだ。

泳着 = 水着 です。

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