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6話

     ◇


 サナルの村を出てから1日が経った。

 既に森は抜けて、現在は広々とした平原を歩いている。


 実は昨夜にサナルの実を食べたとき、気づいたことが一つあった。

 どうやら”神の庫”に収納した物は、入れた段階での状態で保存され続けるらしい。味の劣化を全く感じなかったので、恐らく間違いないだろう。便利なものだ。


(この分だと、”神の手”とやらもかなり有用かもしれないな)


 未だその実態はわからないが、不便なものではないはずだ。

 それにしても、六刃は今どこでどうなっているのだろうか。


(六刃……。わたし以外に扱えはしないだろうが、どんな手段で悪用されるか……)


 シルヴェリッサの負から生まれた六刃は、彼女以外にはその手に持つことすらできない。その点に関しては安心だが、人間は時にとんでもない悪知恵を働かせる。


(今はとにかく情報がほしい。……不本意だが、人間に聞いて回るしかない、か)


 そんなことを考えながら歩いていると、かなりの前方に馬車らしき物が見えた。なにやら慌ただしいようだが。


(魔物か? 馬車に隠れてよく見えないが、戦っているらしいな)


 どうやら、あの馬車は魔物に襲われているらしかった。貴重な情報源だ。助けておこう。

 シルヴェリッサは刹那にそう判断すると、剣を抜き放って地を蹴った。


(豚の化け物? 二足で歩いているな)


 やがて敵の姿が見えてくる。かなりぶくぶくとした、二足歩行の豚のような魔物だった。

 手には太く硬そうな棍棒を持ち、腰には酷くボロい布を巻いている。そしてそれが2体。


 これらと交えている女が3人。それから馬の陰でうずくまる男が見えたが、気にせず豚2体を一太刀で同時に切り伏せた。そういえば能力値を見ていなかったが、これほど弱いなら確認するまでもなかったかもしれない。


          《――レベル差が開きすぎているため

                 経験値を獲得できませんでした》


 やはり、かなり弱い魔物だったようだ。


「な、なに? なんなの?」

「助か、った……?」

「み、みたい、ね……」


 女3人は苦戦していたらしい。緊張の糸が切れたのか、その場にヘナヘナと座り込んだ。

 シルヴェリッサは改めて彼女らを見やる。


 最初に声を発した、赤髪の肌色が濃いつり目気味な女。恐らく自分より年上。粗めの生地でできた肌着の上に、安っぽい皮の軽鎧をつけている。得物は片手使いの剣のようだ。品質は可もなく不可もなく、といった具合である。


 次。茶色い髪の、弱気そうなたれ目をした少女。背は低めで、少し年下といったところか。最初の女と同じような格好で、短弓を手にしている。これもかなり簡素だった。


 最後の女は、黄土色の髪に切れ長の目。おそらくシルヴェリッサと同い年くらいだろう。全体として理知的な印象。全身を覆うローブはくすんでいながらも、シミはなく汚れも少なかった。毎日丁寧に手入れしているのだろう。しかしわからないのは、その手に持つ大きな木杖だ。あんな物、武器として機能するのだろうか?


 いや、今はとにかく六刃の情報である。馬に隠れて震えていた男も、ちょうど出てきた。さっさと聞いてしまおう。


「……おい」

「ん? あー! 助けてくれてありがとね!」

「あ、ありがとうございますぅ……」

「ありがとう。本当に助かったわ」

「いやー、死ぬかと思いましたよ! 商品も無事なようですし、本っ当ーにありがとうございます!」


 商品、と言うからには、この男は商売人か何かだろうか。見たところ身なりもいい。馬車の方も改めて近くで見ると、かなり大きかった。人間が10人は余裕で入れそうだ。中身が全て商品だとすれば、この男はそれなりに実力のある商人ということになる。

 まあ、シルヴェリッサには関係のないことだが。


「いやはや、お強い! どこかの役立たずな護衛たちとは違いますね!」


 大仰な動きで近づいてくる黒髪の商人男。妙に馴れ馴れしい。

 男の背後では、貶された女3人が嫌悪的な表情を浮かべている。別に彼女らに同情するわけではないが、シルヴェリッサもこの男には嫌悪の念を抱いた。


 なので早々に用を済ませ立ち去ろう、とシルヴェリッサは本題を切り出す。


「……最近、強力な剣を見たという話はないか」

「ふむ。それでしたら、少し遠いですがジャハール王国の武具屋がオススメですよ。値はかなり張りますが、あなたほどの実力ならばすぐにでも稼げるでしょう?」

「…………」


 普通の店売り品のことではないのだが。

 しかし王国と言うからには、大量の情報が集まりそうである。セルエナで収穫がなければ、次はそこへ向かうという手もありそうだ。


 女3人については、話に入ってこないところを見るに六刃の情報は持っていないのだろう。なら、これ以上ここにいる意味もない。

 シルヴェリッサは魔物の死骸を横切り、再び歩きだそうとした。


「え、ね、ねえちょっと!」


 と、肩を掴まれる。

 後ろに一瞥をくれると、赤髪の女だった。目が合った瞬間、なぜか彼女は衝撃を受けたようにシルヴェリッサの肩から手を放す。……なぜ顔を赤らめてあたふたしているのだろうか。


「……なんだ」

「あっ、そっそそそそのあのっ、オ、オークの解体はしないのかな~……なんて」

「……オーク? 解体?」


 何を言っているんだ? と首を傾げ、思考するシルヴェリッサ。まもなくして自答に至る。


(…………ああ、そうか。この魔物が『オーク』というのか)


「あ、あの……魔物の解体をしたことがないんじゃ……?」

「たぶん、そうだと思うわ。強いけど、冒険者じゃないみたいだし」


 茶髪の少女に、黄土髪の女が同意する。また聞いたことのない単語が出た。


「……冒険者?」

「あ、えと、はい。わた――」

「私たちみたいに護衛の仕事をしたり、魔物を倒したり捕獲したりするんですっ!」


 説明しようとした茶髪の少女。赤髪の女がそれを遮って、妙に自己主張めいた風に説明を横取りした。


「ア、アベカさん、どうしちゃったんでしょうか……?」

「うーん、惚れちゃったみたいね」

「お、女のひと同士でですかっ……!?」

「大きい国とかだと、それなりにあるらしいわよ?」

「ふぇ~……!」


 なにやら他の2人がヒソヒソしているが、赤髪の女は気にせずシルヴェリッサに桃色っぽい視線を向けてくる。


「うぉっほん!」


 自分を抜きにした話に耐えられなくなったのか、商人の男が咳払いをした。自然と皆の視線が集まる。アベカと呼ばれた赤髪の女は、変わらずシルヴェリッサを見つめていたが。


「どうでしょう、旅の方。お礼と言っては何ですが、セルエナの町に向かうならお送りしますよ?」


 考える。

 あわよくば護衛に加わってもらおう、という魂胆が見え見えだ。だが、このまま徒歩で行くよりも確実に早く着けるのは確かである。


 シルヴェリッサは即座にそう結論付け、提案に乗った。……なぜか喜色満面の笑みを浮かべた1名については、特に気にしないでおく。

 アベカたちがオークの解体を終えるのを待ち、まもなく馬車は出発した。




 それから約1時間が経った頃、シルヴェリッサは辟易としていた。というのも、アベカが何かと絡んでくるからだ。

 事は御者台に乗ったシルヴェリッサの真横の道を、徒歩のアベカが速攻で陣取ったところから始まった。


「お名前はなんていうんですか?」

「……知ってどうする」

「はぅんっ、かっこいい/// ご、ご出身は?」

「……言う意味がない」

「あぁ、痺れる……/// け、剣を使うんですよね」

「……だったらなんだ」

「そ、その……お、おそろい、ですね///」

「…………」

(てっ、照れてる!? きゃーっ///)


                    etc……


 という具合だった。


「あんなアベカさん、見たことないです……」

「恋は人を変えてしまうものよ。暖かい目で見守ってあげましょう」

「は、はいっ」


 アベカの仲間たちも、彼女を諌める気配がない。

 ”冒険者”についても色々と聞くことができたし、悪いことばかりでもなかったのだが。


 その”冒険者”の概要をまとめると、


     1.”ギルド”と呼ばれる拠点で冒険者として登録を行う。

     2.世界中どこの”ギルド”でも利用可能。

     3.各”ギルド”に集められた依頼をこなし、報酬をもらう。

     4.個人ごとにランクがあり、実力を示せば上がっていく。

     5.依頼のランクと自身のランク差がありすぎると受注不可。

     6.依頼に関わらず”ギルド”では魔物の素材を買い取っている。

     7.生きた魔物を捕獲した場合、高値で売れる。


 こんな感じだった。細かな部分はわからないが、大体は合っているだろう。

 この話を聞いて、シルヴェリッサは一つ思いついた。六刃の情報買い取りを依頼として登録すれば、かなり効率が上がるのではないか、と。報酬については、自分が冒険者になって稼げばいい。そうすれば自分でも六刃を探しながら活動できる。


(ひとまずその方針でいくか……)


 しかしこの馬車での移動は、予想外に遅い。考えてみれば、徒歩のアベカたちを連れているのだから当然といえば当然である。

 ともあれ、情報は充分に聞けた。それに、隣に座る商人の男は、こちらの放つ臭いに不快げなようだ。ここで離脱しても問題ないだろう。


「……ここで降りる」

「え……ええええっ!? そ、そんなあ……」

「おや、そうですか。それは誠に残念ですな」


 激しく落胆するアベカ。そして言葉とは裏腹に、「清々した」といった感情が見え見えの商人男。そんな商人に対して、アベカが憎々しげにジロッと睨む。

 どちらもシルヴェリッサにはどうでもよかったので、早々に馬車を降りた。

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