57話
いただいた感想にシルヴェリッサとナーラメイアが勝手に返事をする。
という謎の夢を見ました。
口下手なのに何やってんだ、この娘らは……と思っただけのお話です。はい。
◇
[ぜんぶ……ぜんぶ、思い出せたよ]
しばらくして目覚めたスェルカの第一声が、それだった。
どうやら解呪は成功したらしい。
だというのに、どうしたことだろう。
記憶を取り戻した彼女は喜ぶでもなく、ただ怒気を孕んだような表情で、唇をきゅっ……と引き結んでいた。
[どうか、したんですか……?]
スェルカの目覚めに気づいて寄ってきていたモニカが、疑問を浮かべたシルヴェリッサの代わりに問いをかける。もちろんエルフ語で、だ。
その問いを受けたスェルカは、ざわつく心を鎮めるかのように一度だけ大きく息をすると、やがてゆっくりと語り始めた――。
◆
彼女はもともと、エフォーフの森で暮らすエルフのうち、族長の家の生まれだったそうだ。兄、弟、姉、妹もそれぞれ1人ずつおり、現族長である祖母も健在らしい。
多くの”エルフ”の例に漏れず、彼女らも森を自らの世界とし排他的な暮らしを続けていた。だがある時、森に1人の人間が迷い込んできて、その娘を偶然スェルカが助けたらしい。
スェルカは他の皆には内緒で娘を匿い、里からしばらく離れた大木の虚で面倒を見ることにした。あくまで、その娘が回復するまでの間のつもりで。
しかし日ごと、スェルカと娘の心の距離は急激に縮んでいった。
互いに言葉がわからなくても。暮らす世界が違っていても。
同じ物を食み。同じ花を愛で。同じ時を、今を、ともに過ごす。
そんな時間が彼女たちの心を繋げ、2人の世界を優しく包み込んだ。
だが、やはり住む世界が違うもの同士、別れは当然のように訪れる。
ある日。
娘は言った。一緒に過ごすうち覚えた、ひどく拙い”エルフ”の言葉で。
大切な人、待っている、帰らないと、ありがとう。
大切な人が待っているから、帰らないといけない。助けてくれて、ありがとう。
スェルカは言った。一緒に過ごすうち覚えた、ひどく拙い”人間”の言葉で。
さみしい、バイバイ、だいすき、ありがとう。
さみしいけど、バイバイ。ありがとう、だいすきだよ。
最後に、お互い涙を流し合いながら、贈り物をした。
娘はスェルカに、2つ一組の髪飾りを。
そして……
スェルカは娘に、自分の宝物――里の庫で見つけた美しい短剣を。
それから60年が経った、つい最近のこと。
里で成人と認められたスェルカは、ある決心をした。
森を出て、外の世界を見る。という決心を。
もちろん、周りからはそれなりに反対はされた。兄弟や姉妹、友人からも。
しかしスェルカの説得と、族長である祖母の一声もあり、最終的には認められる形に落ち着く。
”エルフ族”には、太古から伝わる『巣立つ子の無事を願う呪い』があった。
旅立つ者に『忘却』の祝詞を授けることで存在を空白とし、森の祝福をいっぱいに宿してから外へ出、仕上げに『忘却』を解いて完了。というものだ。
旅立ちの日。
スェルカも『呪い』として祝詞を受け、仲間からの切な護衛を受けながら里を後にする。
――そして、魔物に襲われた。
記憶を取り戻したスェルカが、浮かない顔だった理由。
それこそが、
”ハイゴブリン”。
◇
「”ハイゴブリン”だと?」
随時モニカの通訳で話を聞いていたロヴィスが、眉をひそめつつ繰り返した。シルヴェリッサの知らない魔物だが、その”ハイゴブリン”がどうしたというのだろうか。
「そ、それって、すごく珍しい”ゴブリン”ですよね。ワタシは見たことないですけど」
と、モニカ。
目にしたことはないそうだが、彼女もその魔物を知っているらしい。
アーニャたちはどうだろう、とシルヴェリッサはちらりと視線を移す。壁際のほうで「しってる?」「しらないー」と小声でやりとりをしていた。どうやら彼女たちも知らないようだ。
それにしても、毎度ながら邪魔にならぬよう大人しくしているなど、行儀の良いことである。
ほんの少しだけ胸に暖かさを感じると、シルヴェリッサは視線をロヴィスに戻した。先日の一件が過ぎてからというもの、どうにもアーニャたちや従魔を見ていると妙な気分になってしまう。
「シルヴェリッサは知ってるか? ”ハイゴブリン”」
「……知らない」
ふとロヴィスに問われたため、答えを返した。
そもそも自分はこの世界自体についても無知なのだが、けれど彼女にその事情まで話す必要はないだろう。
「そうか。じゃあまあ、あたしも人から聞いた話なんだが……」
シルヴェリッサの返答にロヴィスはそう前置きをすると、やがて”ハイゴブリン”についてを説明し始めた。
曰く。
相当に希少。ただし”ジュエリーパピヨン”ほどではない。
並みの”ゴブリン”とは比較にならない強さ、知能を有する。
指揮能力もあり、使用する武器や道具などの性能もそこそこ高い。
「てな感じだ」
「……そうか」
以前シルヴェリッサは”ゴブリン”に対して「育てれば有用になりそう」と評価したが、あながち間違ってもいなさそうだった。後々あらためて詳しく調べてみてもいいかもしれない。
「悪い、ちょいと脱線しちまったな。モニカ、続けさせてくれ」
「あ、はい。わかりました」
ロヴィスにうなずいたモニカが、スェルカに対し「続けてください」とエルフ語で促す。そしてそれを受けたスェルカもうなずき、次いで再び口を開いた。
[”エルフ”のほうが森に強いから、みんな逃げられたと思う。でも、あたしは『祝詞』のすぐあとで人形みたいになってたから、まともに動けなくてはぐれちゃったの。それで……]
奴隷商に見つかり、捕まった。ということだろう。
思い出すと辛くなるのか、スェルカは目尻に涙を浮かべて、なにやら髪を押さえるように片手を添えた。
[髪飾りも、なくしちゃった……っ、だいじな、だいじな、宝物だったのに……っ!]
なるほど。
ずっと身につけていたのだとすれば、”ハイゴブリン”との騒動で落としてしまったか、あるいは……、
「あの奴隷商のおっさんが怪しいな。奴隷の仕入れ方も完全に違法だし、ちょいとボコッてやるか」
「ええっ!? だ、大丈夫なんですか、ロヴィスさん?」
「別にあたし1人でってわけじゃねぇよ。まあ、その……ラナンド商会のちょっとしたやつと知り合いでな。基本、そいつに任せるさ」
あいつに借りを作るのは癪だが……。と最後にひっそりと呟き、ロヴィスはスェルカに向き直った。そしてモニカがなにか察したように側へ寄る。
「もしあのおっさんがその髪飾りを持ってたら、必ずあたしが取り戻してやる。だから安心しな」
[――だそうです!]
ロヴィスが優しく笑みながら言った言葉を、モニカが自分のことのように喜びつつ一言一句違わぬエルフ語でスェルカに伝えた。
言われたスェルカは初めこそ呆けていたが、やがてかけられた言葉の意味を理解して涙を零す。
[あり、がとぅ……っ、ありが、とぉ……っ]
そうして嗚咽を混じらせながらも、しっかりと感謝の想いを口にした。
ベッド縁に腰かけている彼女にモニカがそっと寄り添い、穏やかに抱きしめる。任せておけば、直に落ち着きを取り戻すだろう。
スェルカが今後、どう生きるのか。
それを決めるのはシルヴェリッサではないし、無論ほかの誰でもない。
彼女自身だ。
◇
[あの、スェルカさん]
[なに?]
すっかり落ち着きを取り戻したスェルカに、モニカがどこかソワソワした様子で声をかけた。
ロヴィスと、彼女がそれなりに知識者だと知り様々訊いていたシルヴェリッサも、そちらに目線を移す。
途中で気持ちよさそうに眠る”トロール”が目に入ったが、一体いつまで寝ているつもりなのだろうか。ちなみに寝返りをうってはだけた部分は、ちょくちょくアーニャたちが当番制のごとく直していた。
[もしかして、なんですけど。スェルカさんが助けた人間って、メニカという名前ではなかったですか?]
[え? どうして知ってるの?]
首をかしげながら肯定を示したスェルカに、モニカが「やっぱり!」と両手を合わせて喜色の表情を浮かべた。
[ワタシのおばあちゃんです! 小さい頃に聞いたお話と同じだったのでもしかして、と思ったんですけど]
[おばあちゃんって……え、君、メニカの孫なの!? うわぁあ、そういえば似てるかも!]
「…………シルヴェリッサ、通訳たのむ」
「……ん」
苦笑いしながら頼んできたロヴィスに、軽く説明してやる。アーニャたちも耳をすませてきたのは、無論いうまでもないだろう。
[ねえ、メニカはどこにいるの? あたし会いたい!]
[それは…………残念ですが、できません]
[え? ど、どうして?]
急に喜色を潜めたモニカに、スェルカが戸惑う。
[おばあちゃんは……おばあちゃんは、天に召されました]
[――――死ん、じゃった……?]
スェルカは目を見開くと、ポツリ呟いた。次いで押し寄せてきた哀しみを堪えるようにうつむき、きゅっと唇を引き結ぶ。
[……”人間”の命は短いって、あたし知ってたのに……もしかしたらメニカも、って、思ってたのに……っ、ごめんね、メニカ……間にあわなくて、ごめんね……っ、ごめんっ、ね……っ!]
とめどなく溢れる涙で膝を濡らしながら、ただただ悲しみ悼むスェルカ。
もう何度目か。モニカはそんな彼女へ再び身を寄せ、慰めるように己の胸へ抱き寄せた。
彼女自身の表情も、また悲しそうではある。しかし、それは決して沈んだものではなかった。既に祖母の死を受け止め、乗り越えたのだろう。
[おばあちゃん、最後の瞬間まで笑ってました。『幸せな人生だったわ、皆ありがとうね』って……]
[…………うん]
[それで、ワタシにこう言ったんです。『いつか、もしモニカが”エルフ”に出会ったら、きっとお祖母ちゃんの分まで仲良くしてあげてね』って……]
[……うん]
[ワタシ、スェルカさんと会えて嬉しかったです。本当に、すごく、嬉しかったです。……だから、スェルカさん。ワタシとお友達になって、くれませんか?]
モニカはそっとスェルカの肩に手を添え離すと、彼女の哀しみを優しく溶かすように強く笑んだ。
そして――、
[……うんっ]
そしてスェルカも、いまだ微かに拙くぎこちない笑みを返しながら、しっかりとうなずくのだった――。
「――ところでさ、最後に1個きいていいか?」
「……ん」
「ゴレガンがどこいったか知らねぇ? 同じAランクだからって、みんなあたしに訊いてくんだよ」
ようやく、というべきだろうか。ロヴィスからその名前を耳にして、シルヴェリッサは思い出した。
先日、例の騒ぎで戦っていた際に岩を投げてきて、次の瞬間にはグヴェルドに灼かれた者。
あのときこそ思い出せなかったが、そういえばゴレガンという男の声と同じであった。つまり、彼は死んだということになる。
……と、ロヴィスにその顛末を伝えたところ。
「馬鹿じゃねぇの、あのクソ豚。死んで当たり前だし、ざまぁねぇわ」
とのことだった。




