55話
◇
――ギルド・ロビー。
昼食の後、シルヴェリッサは予め言っていた通りそこへやってきた。例の”エルフ”の件で、である。
大勢で来る必要もなさそうだったので、一人だ。
入り口の扉を抜け、ひとまず誰に取り次げばいいだろうか、と見渡す。視線を向けた先、幾人かの女性たちがなにやら色めき立った。
「きゃーっ、目があったわ!」
「私のほうが長くあってたしっ」
「一番長く見つめられたのはワタシよ!」
「それは妄想。わたしが一番だった」
他にも妙に惚けたような空気や視線を受けたが、さほど気にする必要もなさそうなので無視する。
と、いつもの気だるげな女職員を見つけた。”エルフ”の件を訊こうとカウンターへ向かう途中、彼女もシルヴェリッサに気づいたらしく、目があう。
「…………」
すると彼女はだらけた居住まいを即座に正し、瞬時に前髪を整えた。いつもの様子からはおよそ想像もできない動作だったが、しかしシルヴェリッサは彼女のことを知り尽くしているわけではない。
ゆえに、まあそういうこともあるだろう。と、あまり気にしなかった。
が、周囲はそうもいかなかったらしい。他の女職員たちが一斉に騒ぎだす。
「「「「「う……うそおおおおおおおおおおお!!??」」」」」
「あのダリーアが女っ気だしやがったああああああ!!!!」
「『寝癖? あー……別にいい、めんどい』が口癖のダリーアが!」
「『女らしく? ……めんどいし、だるい』が口癖のダリーアが!」
「『恋? …………めんどいから、いいや』が口癖のダリーアが!」
「「「「「あ の ダ リ ー ア が !!」」」」」
うるさかった。
途中で騒がしい場面には会ったものの、ひとまずギルド長の部屋までは来れた。あの気だるげな職員――ダリーアに取り次いだところ、ここまで案内されたのである。
別れ際に「………………///」と無言で見つめられたが、まあ何も言ってこなかったので特に気にしなくともいいだろう。
「シルヴェリッサ様、わざわざご足労いただきまして申し訳ありません」
「……いい」
今朝方と違い、フェローナは長杖を手にしていた。以前は武器としてどうなのかと疑問だったが、先日の大会でシルヴェリッサも『杖』という武器について多少は理解している。あくまで多少だが。
それはともかく、別に謝罪される謂れはないのだが、されたのでとりあえず返事はしておいた。
「ありがとうございます。どうぞ、そちらへお掛けください」
「……ん」
勧められたので、中央に設えられている卓につく。ソファーはやわらかく、座り心地が良かった。まあ座れれば何でもいいのだが。
「では、早速”エルフ”を連れて参りますが、よろしいでしょうか?」
「……ん」
「わかりました。では、しばらくお待ちください」
フェローナはそう一礼を残し、部屋の奥側――左右の壁にそれぞれあった扉のうち、右のほうへと姿を消した。
それら2つがどういった部屋なのかは知らないが、しかしあえて知る必要もあるまい。
やがて数秒も待たず、フェローナが戻ってきた。
そして……彼女の後ろには、
[! 昨日の……!? おねがい助けてっ! ここのひとたち、何を言ってるのかわからないの!]
蜂蜜に薄ら緑を混ぜたような色の長髪に、同色のくっきりとした瞳。
”エルフ”だった。昨日に見たときと比べると顔色も良く、かなり小綺麗な格好をしている。
しかし、その表情は必死の様相だった。今の言を聞くに、おそらくここには誰一人としてエルフ語を解する者がおらず、ゆえに何の説明も受けられていないままなのだろう。
不安になるのも無理はない。
フェローナもエルフ語を解せないらしく、困ったような顔をしている。
「お恥ずかしながら、見ての通り対話もできないのです。……シルヴェリッサ様は、エルフ語を使える方にお心当たりはございますか?」
「……自分で話せる」
シルヴェリッサがそう答えるとフェローナは目を見開いて驚き、すぐにホッと胸を撫で下ろした。彼女なりに”エルフ”を心配していたのだろう。
いや、今はそんなことよりも、その”エルフ”だ。ずっと不安げな表情をしているので、早々に状況を説明しておく。
あまりそういったことは慣れていないシルヴェリッサだったが、どうにか大まかな事は伝えられた。
[じゃあ……あたしはもう、キミのものっていうこと……?]
「……そうなる」
[………………]
シルヴェリッサが問いにうなずくと、彼女――スェルカは沈黙してしまった。
その表情に浮かんでいるのは、不安か、戸惑いか。もしくは、ただ混乱しているだけかもしれない。
ややあって、スェルカはおそるおそると口を開いた。
[…………もう、あの怖いところ……閉じ込め、られない……?]
震えている。
よほど恐ろしかったのだと、嫌でも伝わってきた。脇で黙って見ていたフェローナも、雰囲気から何かを感じ取ったらしく、憐憫に表情を歪めている。
スェルカの言う『あの怖いところ』が何処のことか、シルヴェリッサは知らない。
だが、別に無理やり他者の『生』を縛るつもりはないのだ。ゆえに、答える。
「……行きたくないなら、行く必要はない」
[え……?]
「……好きに生きろ」
[――――]
数瞬の沈黙。
スェルカが、泣き崩れた。
[あぁ、っ……怖かっ、た……! 暗ぐ、て……ひどり、ぼっぢ、で……っ!]
嗚咽混じりに漏らす、不安と恐怖の記憶。
急なことに困惑したらしいフェローナが、オロオロしつつシルヴェリッサとスェルカを交互に見やっている。
ここで彼女に説明しても仕方がないだろう、と判断したシルヴェリッサは、自分で対処することにした。黙ってスェルカの側に寄って膝を突き、そっと頭を撫でてやる。
それから彼女が落ち着くまで、ずっとそうしていた。
安らぎを取り戻すまで、ずっと、いつまでも――。
◇
――翌日。
いつもと変わらぬ時間に目を覚ますと、シルヴェリッサの目前にはスェルカの寝顔があった。その表情には未だ微かな不安が感じられるものの、ほとんど落ち着いているようだ。
彼女の他に、同じベッドにはセルリーンとルヴェラ、ハニエスが寝息を立てている。かなり大きいベッドとはいえ、ギリギリだ。
まあ、そう問題でもないだろう。
着替えを済まし、『呪術大全 ~正しい使用法と解呪法~』を手に卓へ。
結局、昨日はスェルカがすぐに眠ってしまったので、彼女の『忘却の呪い』の解呪は試せなかった。
スェルカが目覚め次第、改めて試すことにする。
今日はモニカとロヴィスが来るはずなので、そのときでもいい。
(『忘却の呪い』、か……厄介事にならなければいいが……)
とは思うものの、今から気を揉んだところで詮ないことだろう。
「お、お邪魔します、です」
「ほら、いいかげん胸張れって。……昨日もやったな、このくだり」
皆も目覚め、そろそろ解呪のほうを済ませてしまおうかと思っていた頃、モニカとロヴィスが訪ねてきた。揃って中へ入れる。
「あ……」
途中でモニカが声を零した。
その視線の先を追うと……スェルカの姿が。
予め彼女には来客の旨を伝えておいたので、驚いたりはしていなかった。
ただ、やはり知らない相手ということで、多少の警戒はしているようだ。少しだけ身体を縮め、身構えている。
「あぁ、やっと…………やっと……ぉ……!」
なにやらモニカが打ち震えている。
かと思えば次の瞬間、
「やっど会えばじだああああああぁぁぁぁ~~っ!」
盛大に泣きじゃくった。瞳から溢れる涙が凄まじい。
そんな彼女の様子にロヴィスとスェルカが困惑する。ちなみにシルヴェリッサだけは無反応だった。
「お、おい泣きすぎだろ。ほら、”エルフ”も困ってるぞ」
[な、なに、このひと……なんで泣いてるの……?]
モニカの目的を知らないスェルカは、特に強い戸惑いを見せている。
彼女はエルフ語の他は解せないのだ。
(通訳がいるか)
と、シルヴェリッサが口を開こうとしたときだった。
[ぐすっ……ご、ごめんなさい、感動しちゃって。えっとワタシ、モニカっていいます。エルフさんのお名前は?]
モニカがエルフ語を話した。ロヴィスが固まる。
シルヴェリッサも多少なり意外に思ったが、長年”エルフ”を探していたということから思うに、別に不思議なことではないのかもしれない。
[え……スェルカ、だけど。……あたしの言葉、わかるの?]
[はい、頑張って勉強したんですよ。”エルフ”に会うのが、ずっとずっと夢だったから……]
[夢、って……?]
[あ、ええっと――]
モニカが嬉しそうに語りだす。どうやら本当に通訳は不要なようだ。
先ほどからロヴィスが「モニカがエルフ語……モニカがエルフ語……」などとぶつぶつ言っているが、まあこちらも放っておいていいだろう。
特にすることもなさそうなので、「かまってー♪」とばかりに引っ付いてきたセルリーンの相手をしながら待つことにした。
ダリーア = ダルい
から名付けました
作者的にはそこそこ気にいっているキャラです
ただ、今後も出るかはわかりません




