50話
途中で”神の瞳”が軽く頑張りますが、そこは流し読み程度でも大丈夫です。
◇
”トロール”。
それが普段、どういった生態をしているのか。シルヴェリッサにはわからない。
ただ、あの寝顔。
先日に見たあの寝顔は、とても心地よさそうで、幸せそうだった。『生』に対する絶望など、欠片も感じられないほどに。
だが……”これ”は違う。
「クァ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーー!!」
狂ったように襲いかかってくる、目の前の”トロール”。なぜか以前と異なり、大丸太は持っていない。
降り下ろされる殴撃を、横へ跳んで躱す。
ズガアアアァァッッ!!!!
穿たれる地面。
「クァ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」
”トロール”のドス黒く染まった瞳が、シルヴェリッサを追う。
安らぎに満ち、穏やかだった寝顔の面影など、どこにもなかった。
異常をきたしている。疑いようもない。
原因など考えるまでもないだろう。先ほど客席から降りてきた、妙な男だ。
猛るような”トロール”の追撃を回避しつつ、その男を睨む。
薄紫の肌に、露出の多いピッチリとした黒革の服。
黒い両眼の瞳は赤く、白い頭髪は肩口まで流れている。
シルヴェリッサと目が合うと、「ほう」と興味深げに眉を上げた。
「そんな余裕がありますか。人間にしてはと思ってはいましたが、まさかこれほどとは」
「「「「「グヴェルドさまっ」」」」」
と、それまで男の背後に控えていた女たちが、なにやらその男――グヴェルドとやらにくっつき始めた。そして次の瞬間には、シルヴェリッサへ殺意のこもった眼光を向けてくる。
全員が全員、容姿から見て普通の人間種ではないようだ。
グヴェルドと呼ばれた男が、そんな彼女らを両手で以て艶っぽく抱き締める。
「フフッ、やきもちかい? 嫉妬深い娘は好みだよ」
「「「「「あぁ、グヴェルドさま……///」」」」」
何のつもりかは不明だが、どうやら戦闘に加わる気はないようだ。少なくとも、今のところは。
ならば、とシルヴェリッサは意識を”トロール”に戻した。
とにかく、救える手があるなら助けたい。あの『生』に満ちた寝顔は、かつて『生』に絶望したシルヴェリッサにとって、非常に尊く感じられたのだ。
たとえどんなに確率が低かろうが、助かる手段があるならそれに賭けたい。
まず”トロール”に起こっている状態を調べることに思い至ると、その前にアーニャたちの無事を確認する。気絶しているロヴィスが範囲の外だったため、先の爆炎の影響はないはずだが……。
(ちょうど逃げられたようだな)
ルヴェラが先導しているかと薄ら予想していたが、意外なことにセルリーンが至極的確に誘導をしていた。配下たちに指示を出し、アーニャたち10名をしっかり囲んで守らせていたので、任せておけば問題ないだろう。
憂いも消えたところで、行動を起こす。距離を取る隙を得るため、”トロール”の肩に跳躍し蹴りを入れた。
「クァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!?」
思惑通り”トロール”は吹き飛ばされ、壁を崩しながらめり込んだ。隙と見たシルヴェリッサは、瞬時に”神の瞳”を発動させる。グヴェルドと女たちも対象だ。
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○ ∵トロール
変異種
Lv: 21
HP: ∵524/577
MP: ∵165/165
STR: ∵503
DEF: ∵119
INT: ∵ 38
RES: ∵ 27
SPD: ∵308
LUC: ∵252
スキル: □∵格闘Lv5 □∵大棍術Lv5
□∵狩猟技術Lv3
□∵魔力感度Lv4
NAME:グヴェルド
◆魔人◆
○ インキュバスロード
Lv: 164
HP: 2580/2580
MP: 3100/3135
STR: 1171
DEF: 1059
INT: 1910
RES: 1783
SPD: 1092
LUC: 951
スキル: □格闘Lv5 □無魔術Lv5
□闇魔術Lv8 □火魔術Lv7
□地魔術Lv6 □風魔術Lv6
□水魔術Lv6 □魔力感度Lv9
称号: □淫魔の王 □魔獄七将
NAME: ※無し
◆魔人◆
○ タウロスミーティア
『地』
Lv: 106
HP: 1895/1895
MP: 787/787
STR: 1544
DEF: 1207
INT: 418
RES: 331
SPD: 859
LUC: 720
スキル: □大斧術Lv8 □格闘Lv8
□魔力感度Lv2 □地魔術Lv1
□採集Lv6
NAME: ※無し
◆魔人◆
○ レイヴンルーナ
『闇』
Lv: 103
HP: 967/967
MP: 932/932
STR: 824
DEF: 799
INT: 1032
RES: 985
SPD: 1303
LUC: 919
スキル: □飛行Lv7 □空中戦闘Lv5
□狩猟技術Lv3 □魔力感度Lv4
□闇魔術Lv4 □呪術Lv3
□隠密Lv3
NAME: ※無し
◆魔人◆
○ リバイアシャーク
『水』
Lv: 103
HP: 1658/1658
MP: 1227/1227
STR: 1134
DEF: 941
INT: 979
RES: 887
SPD: 1041
LUC: 930
スキル: □水棲Lv7 □水中戦闘Lv6
□格闘Lv4 □水魔術Lv5
□魔力感度Lv4 □狩猟技術Lv3
NAME: ※無し
◆魔人◆
○ インペリアルスライム
Lv: 105
HP: 1301/1301
MP: 1277/1277
STR: 616
DEF: 1493
INT: 892
RES: 1278
SPD: 509
LUC: 991
スキル: □吸生Lv7 □吸魔Lv7
□魔力感度Lv5 □無魔術Lv3
□火魔術Lv4 □水魔術Lv3
□地魔術Lv2 □風魔術Lv2
NAME: ※無し
◆魔人◆
○ カオシックスパイダー
Lv: 107
HP: 1176/1176
MP: 1009/1009
STR: 1091
DEF: 1127
INT: 881
RES: 823
SPD: 1252
LUC: 748
スキル: □操糸Lv8 □毒撃Lv7
□混撃Lv5 □痺撃Lv5
□眠撃Lv3 □隠密Lv5
□巣作りLv7
=== =========================== ===
瞬時に警戒心を最大にする。
”トロール”はともかく……いや、そちらもかなり気になるが、ひとまずはグヴェルドたちだ。
全員の能力値がシルヴェリッサを上回っている。『魔人』という表示の詳細は不明だが、字面を見る限り”魔物”と”人”の間、ということだろうか。
スキルのLvも軒並み高く、厄介そうなものも複数ある。
そして、”トロール”だ。
種族名や数値、スキルの前に奇妙な記号らしきものがついていた。『変異種』というのも、よくわからない。しかし、以前に視た彼女の能力値とは、確実に違っている。
「まさか”トロール”の巨体を蹴り飛ばすとは……どうやら思っていたよりも、さらにやるようですね」
と、グヴェルドが驚きを口にした。次いで女たちの殺意が再び覗く。
「クァ゛、ア゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーッ!!」
そこで壁から抜け出たらしい”トロール”が再び咆哮し、そのまま猛然と突進してきた。
「……くっ!」
助ける方法を探る暇もない。そもそも、”トロール”がこうなった要因すら不明なのだ。とはいえ何にせよ、今は様子見を主体で戦い続ける他ないだろう。
今回ばかりは、負けるかもしれない。
死ぬかもしれない。……だが、
”トロール”を、諦めたくはなかった。
殺意に満ちた、息つく間もない攻撃を繰り返す彼女。しかし、シルヴェリッサは知っている。『生』への幸福に満ちた、彼女の安らかな寝顔を。
(……『死』を望んだことなど、一度もないのだろうな)
かつて幾度となく『死』を望んだシルヴェリッサ。
しかしゆえにこそ、『生』の希望ある者を放ってはおけなかった。
「クァ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーー!!」
「……ッ」
「クァ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ッ!!」
「……っく!」
何度も何度も。
幾度も、幾度も。
シルヴェリッサは攻撃を躱し、受け止め、いなし続けた。
やがて業を煮やしたか、グヴェルドが焦れたように口を開く。
「ずいぶん粘りますが、いささか退屈が過ぎますね。碌に反撃もしないとは……もしや”トロール”を助けようとしているのですか? だとすれば、残念ですがそれは不可能ですよ」
「…………」
無視する。
敵の言葉だ。信憑性はない。シルヴェリッサの意志は揺るがなかった。
だが、グヴェルドにはそれが気に食わなかったらしい。
「チッ、生意気な……ここは一つ、躾をしましょうか。――《クロスファントム》」
呟かれると同時。黒い2つの闇が生じて線となり、シルヴェリッサを狙って交差した。そのあまりの速度と、”トロール”に集中していたこともあり直撃してしまう。
「……ぐぅッ!?」
空中で当たったために踏ん張ることもできず、あえなく吹き飛ばされた。そのまま壁に衝突し、落ちる。
痛い。
こんなに痛みを感じたのは、いつ以来だろう。
そんなどうでもいいことを考え浮かべていると、視界に影が差した。見やる。
”トロール”だった。拳を振りかぶっている。
「クァ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ーーーーッ!!」
直撃だった。
シルヴェリッサが吐血する。
「……か、はァッ!」
その上から被さる、岩片。岩片。岩片。
視界が震える中、気を失いそうになるのを必死に堪え、瓦礫の闇から這い出でる。
ご丁寧なことに、”トロール”もグヴェルドらもそれをじっと待っていた。
ここでシルヴェリッサは、乱戦を決める。手を出してこないならと先まで”トロール”に集中していたが、こうして攻撃を加えてきた以上、そうもいかなくなった。
しかしどのみち、あのまま”トロール”と睨み合っていても、解決法などわからなかっただろう。……であれば、
「普通の人間なら死んでいるはずですが、やはり予想通り耐えましたか。フフッ、この娘たちのオモチャにはちょうどいい丈夫さですね」
狙うべきはグヴェルドだ。おそらく元凶だろうあの男と戦えば、もしかすると何かが判明するかもしれない。
しかしグヴェルドを狙えば、間違いなく女たちも戦闘に加わってくるだろう。そうなれば、総勢7名をシルヴェリッサだけで相手取らねばならない。
心配した従魔たちが、自分を助けに駆けつけてくる可能性はある。
(そのときは、『命令』してでも追い返す……!)
彼女らをみすみす死なせるなど、絶対にできない。
右手にある己の剣に視線を落とす。先の攻撃を受けて損傷しているが、使えないほどではない。
シルヴェリッサは、孤闘の覚悟を以てその剣を構えた。面白そうにこちらを観察するグヴェルドらを見据え、いざ仕掛けようと深く呼吸する。
――そのときだった。
(ッ! この感覚はっ、……まさか!?)
――キキキァァアアアアアアアアアアアアーーーーァァッ!!
「っ!? 何事です!」
「「「「「グ、グヴェルドさまっ!」」」」」
――……ゥゥウウ、ズウンッッ!!
”黄色”が、降り立った。
逆立つ黄毛。黄の瞳。
濃黄色の手甲。胴甲。脚甲。
そして……エリマキの先端には――”黄色い刀”。
……かつて、
キキッァアアアアアアアアアアアァァァァッーーーー!!!!
シルヴェリッサが渇望して止まなかった『死』が、
「……ッ、この……タイミッ、ング……で……ッ!」
今さらになって、彼女の前に現れたのだった――。