5話
(やはりうまいな、この木の実は)
シルヴェリッサは大樹の枝上でサナルの実を食みながら、地上の方でなぜか嬉しそうに薬草を摘む少女を見下ろした。なにやら鼻歌を口ずさんでいるらしい。
「~~♪ ~~~~♪」
(……妹が病気だと言っていたのに、のんきなものだな)
彼女が薬草を摘みにきたのは、妹の治療に必要だったためらしい。それほど重い病でもないようで、あの薬草さえあればすぐに治るそうなのだが。
それにしても鼻歌とは。よっぽど嬉しいことでもあったのか、それとものんきなだけか。
まあどちらにせよ自分には関係ない。そう判断したシルヴェリッサは、サナルの実を20個ほど収納し、地上に降りた。気づいた少女が駆け寄ってくる。
「摘み終わりましたっ」
「…………」
だからなんだ、と思いつつ周囲を見回す。やはり小動物の一匹もいない。
いや、考えてみると自分がこの森で出逢った生物といえば、この少女とゴブリンだけだ。……これは少々、異常が過ぎないだろうか? これほど美味しい果実の木に、虫一匹すら見当たらないのもおかしい。
(面倒なことが起きなければいいが……)
「あ、あの」
「……なんだ」
「か、帰らないん、ですか……?」
「…………」
シルヴェリッサとしては、ここにはただ食糧を取りにきただけなのだが。少女はどうやら、自分の目的に付き合ってくれていると勘違いしているらしい。……なんともおめでたいことだ。
どう振り払おうか思案していたとき――
グゴオオオオォォォォォォォォォォオオーーーーッッ!!!!!!
「っ!?」
「ひいっ!?」
大地を揺らさんばかりの轟咆が響き渡った。
やがてズシリ、ズシリ、と地を踏む音と共に、巨大な緑が姿を現す。
深緑の苔に全身が覆われた、どっしりとした体躯。
それを支える四肢は太く、その剛健さが窺えた。
長めの首はその重さ故か少し垂れ下がり。
さらにそれより長い尾は、威嚇するようにブウンッ、ブウンッ、と唸る。
そして厚い瞼の奥の瞳には、怒りの意志が見えた。
これに似たような姿の邪怨を知っているが、人間たちは何と呼んでいたか……。
「う、うそ……、ドラ、ゴン……?」
ああ、そうだ。あれは”ドラゴン”型と呼ばれていたのだった。
まあ、それほど強くはなかったが。
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○ フォレストドラゴン
Lv: 34
HP: 303/303
MP: 257/257
STR: 168
DEF: 256
INT: 199
RES: 223
SPD: 58
LUC: 207
スキル: □操蔓Lv5 □地魔術Lv4
□水魔術Lv3 □地竜Lv2
称号: □進化せし者
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数値的にはこちらが上だが、油断しない方がいいだろう。このみすぼらしい剣では些か不安があるものの、やるしかない。
シルヴェリッサは剣を抜き、フォレストドラゴンに向かって駆ける。
「だっ、だめっ! 1人でドラゴンに勝てるわけが――」
――――ヒュッ……
「――――え?」
一太刀であった。
しかしそれも当然であろう。
なぜなら、
(……見かけ倒しだったか)
剣を振るうは、たった1人で『邪怨の主』をも屠った者。
――シルヴェリッサだったのだから。
ズシーーーーッン! と大きな地鳴りを響かせ、地に伏すフォレストドラゴン。己の最期を解することなく、あっさりと事切れた。
《――527p 経験値を獲得しました》
ルンルンと歩く少女の後ろを、シルヴェリッサは不本意そうについていく。
この状況を簡潔に説明すると、
1.森の異変は十中八九フォレストドラゴンの影響だった。
2.これを倒したことで異変は徐々に収まるだろう。
3.シルヴェリッサはサナルの森、ひいては村の恩人。
4.「お礼をさせてくださいっ」
5.「……いらん」
6.「さ、させてくださいっ」
7.「…………」
8.「お、お礼をぉ……(;_;)」
……そして今に至る。非常に不本意だった。
(だが、いつまでもあの森にいたところで、目的は果たせなかっただろうな。ちょうどいい機会なのかもしれない)
「あっ、村が見えてきましたよっ! ほらっ」
木々が疎らになり始めた頃、少女が前方を指し示す。
目をやると、確かに村が見えた。木々に囲まれた村で、森との境界にはかなり大雑把な木柵が設けられているようだ。
どうやらかなり辺境に位置する村らしい。
「みんなー! ただいまー! リナー! 薬草取ってきたよー!」
片手いっぱいに薬草を抱えた少女が、空いた方の手を振りながら駆けていった。
◇
「ベナを助けて頂いたこと、村を救って頂いたこと、村人を代表してお礼申し上げまする」
「…………」
村長と呼ばれた老人の家。6人掛けの卓についたシルヴェリッサは、向かいで頭を下げる老人の感謝に、冷めた一瞥で返す。その老人――村長の隣にはベナと名乗った少女が立っており、共に頭を下げていた。
チラリ、と窓に目をやる。興味津々といった様子の子供たちと少数の大人が、押し合うようにこちらを覗き込んでいた。
「つきましては謝礼金としてこちらを。少ないですが、今のこの村の精一杯の金額です。どうか、お納めくだされ」
ふむ、と一瞬だけ考える。もらえる物ならもらっておいた方がいいだろう。金銭ならば尚更だ。
判断し、差し出された数枚の銅貨を受け取る。これがこの世界の通貨か。
「……袋はないのか」
「お、おお、申し訳ない。なにぶん、この村は辺境にありますれば。お恥ずかしながら、金銭の扱いに慣れておらぬのです」
「あ、お金を入れるのにちょうどよさそうな袋が、家にありますよっ!」
「本当か、ベナ。……では旅の方、心苦しいのですが、後ほどベナから受け取って頂けますか?」
「……わかった」
うなずくとベナが一段と嬉しそうな顔をしたが、シルヴェリッサは気にせず村長に問いを投げた。
「……ここ最近、強力な剣や刀を見たという話はないか」
「ふむ……カタナという物が何かは存じませぬが、そういった話は聞きませぬ。先ほども言いました通り、ここは辺境の村ですからのう」
「……ここから一番近い町はどこだ」
「セルエラという大きな町が、ここから西へ5日ほど歩いたところにあります。ここ以外ですと、総じて10日はかかりまする」
「…………」
遠い。しかし他に当てがない以上、行くしかないだろう。
食糧についてはサナルの実が20個ほどあるので問題ない。最悪尽きても、その場その場で探索でもすれば何かしら見つかるはずだ。それに飢餓には慣れている。
「……街道はあるか」
「はい。簡素ですが、この村から続いております。迷うことはないでしょう」
「…………」
ならば袋をもらったあと、すぐに出発するとしよう。
「リナー。薬草汁だよー」
「んぅ……? おねえ、ちゃん……?」
ベナの優しげな声に、リナと呼ばれた少女が目を覚ました。ベナよりもほんの少し薄めの亜麻色をした髪。肩口で切り揃えられたそれには、彼女が寝たきりだったためか癖がついている。
歳は9つ辺りだろうか。
少し顔が赤い。なるほど、確かに調子が悪そうだ。
その幼い少女はシルヴェリッサを見て、怯えたように縮こまった。
「そのひと、だあれ……?」
「お姉ちゃんと、この村を助けてくれたかたよ。リナのお薬を取ってこられたのも、この人のおかげなの」
「そう、なの? ……ありがとう」
ほんのりと笑み、礼を口にするリナ。
シルヴェリッサは「……ふん」とベナの方に向き直り、
「……外で待つ」
「あ、えっ?」
一方的に言って立ち去った。
しばらく待つと、家からベナが出てくる。その手には、安っぽい皮でできた簡素な袋が握られていた。そのままにこり、と微笑みながらそれを差し出してくる。
「遅くなってしまい、すみませんでしたっ」
「……」
シルヴェリッサは応えることなく、黙って袋を受け取った。そしてもう一方の手にある、布でくるめられた銅貨を入れていく。
全て入れ終わると、空いた布も含めて”神の庫”に収納した。
これでこの村に用はなくなる。
シルヴェリッサは村長に教わった道に向かって歩きだした。
「え、あ、あのっ! まさかもう出ていかれるのですかっ?」
「……わたしの勝手だ」
「で、でも、かなり汚れていますよ……?」
「……いい」
そういえばずっとこの格好のままだったか。しかし別に構うまい。
「せ、せめて一晩だけでもっ」
「……いいと言った」
「は、はい……」
しゅん、とした声を尻目に、シルヴェリッサはあっさりと村を後にする。
「また……きっとまた来てくださいねーーっ!」
そんなベナの言葉を背にして。
※ フォレストドラゴン撃破後のシーンで、経験値を獲得する描写を書き忘れていたので追記しました。
※ フォレストドラゴンのステータス表記において、HPとMPを書き忘れていたので追記しました。