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46話



     ◇


 あれから数試合が過ぎて、ついにシルヴェリッサの出番となった。

 すでに舞台に降り、いまは対戦相手と向かい合っている。


   「きゃーーーーシルヴェリッサさーん!」

   「かっこいいいいーーっ!」

   「こっち向いてええええーーっ!」


 と、先ほどから知らない女たちが叫んでくるのだが、言っていることの訳がわからないので無視していた。


   「「「「「シルヴェリッサおねーちゃーん!」」」」」 アーニャたち

   「「「「「がんばれええーー!」」」なのー」」 カーヤたち

   「「「ピュピュイピュイーー!!」」」

   「「「グォウウーー!!」」」

   『ギヂヂッヂヂヂヂッ!』『ヴヴヴヴヴヴッ!』

   「「「ヒヒィィーーーーンッ!!」」」


 女たちに対抗してかは不明だが、アーニャたちや従魔らも応援を飛ばしてきた。珍しくサブライムホースたちも興奮しているようである。

 とはいえ、こういう声援を受けたのは初めてだったため、何の反応もしてやれなかった。


『――第7試合、ニニム、シルヴェリッサ。――戦闘開始ッ!』


 そこで響く開戦の合図。

 シルヴェリッサは改めてニニムを見据え、ひとまず剣は納めたまま身構えた。


「とぅりああぁぁーーッ!」


 始まるやいなや突撃してくるニニム。右手に槍、左手に斧を持っている。

 ただ、少なくともシルヴェリッサにとって、その動きはとんでもなく遅かった。槍は脇に挟んでへし折り、斧は柄を掴んで止める。

 その迷いの無い流れるような動きに、観客がどよめいた。


 ニニムも「ふおおっ!?」と驚いていたがすぐに我に返り、柄だけになった槍を棄てると即座に新しい武器を取る。棍だ。

 そのままシルヴェリッサのわき腹を狙って横から振り抜いた。


 シルヴェリッサは斧を放すと素早く飛び退き、躱す。

 今のやりとりで、ニニムがやはり全ての武器を使いこなせていないことがわかった。槍でも斧でも棍でも、彼女の扱い方はどれも同じ。攻撃というよりは、ただ『振り回している』だけなのだ。


「おまエ、やるナ! でもまけないゾッ!」

「…………」


 叫ぶと同時に突っ込んでくるニニムの攻撃を、シルヴェリッサは最小限の動きで以て、ただただ無言で避け続ける。

 一向に当たる気配のない攻めに、徐々にニニムが憤りを見せ始めた。


「んぬぬぅー! ……《気刃》!」


 やがて彼女はいったん距離を取りうなると、シルヴェリッサがいつぞや見た技を放ってくる。以前は短剣でくり出されていたはずだが、今回は斧での一撃だった。

 ともあれシルヴェリッサは何ら問題なくそれも躱す。


「まだまダ! 《気刃》《気刃》《気刃》《気刃》、《気刃》ーーッ!」


 連続して放たれる刃撃。

 再び会場全体がどよめき、やがて歓声があがった。その間にもシルヴェリッサは変わらず避け続けていく。


   「あのチビ、序盤からとばしてやがるな!」

   「こっちは盛り上がるが、あれじゃすぐにバテるぞ」

   「にしても相手の姉ちゃん、えらく余裕だな」

   「武器なんか抜くまでもねえ、ってか」


   「普通は魔力を温存するのが常識だけど、あれは……」

   「ええ、とんでもなく悪手ね。でも、作戦としてはアリかも」

   「たださ、失敗したら確実に負けるよね?」

   「「……近づかないで、じゅるり女」」

   「じゅるり女ってなにっ!?」


 斧だけでなく棍からも飛んでくる《気刃》。おそらくだが、あらゆる武器で使える汎用技なのだろう。

 とすればシルヴェリッサも使用できる可能性があるが、しかしいま使うわけにはいかない。もし使えば、ほぼ間違いなく相手が死ぬからだ。


 シルヴェリッサに襲いかかる、常人では確実に無事では済まない数の刃。しかし彼女は、その全てをことごとく避けていく。

 右に、左に。時に屈み、時に跳び。

 その髪の一本にすら触れることを許さぬ様は、さながら無数の刃と踊る美しい舞姫だった。


 「綺麗……」。静まり返った会場で、誰かが呟く。すると呼応するようにあちこちから感嘆の吐息が漏れた。

 だがそんな美しい『舞台』は、すぐに終幕することとなる。ニニムの魔力が尽きたのだ。


「はひゅっ、はひゅ……はひゅ……!」

「…………」


 ニニムが肩で息をする。

 一方、舞を終えたシルヴェリッサは息一つ乱していなかった。それどころか、まったく別のことを考えている。


(気絶させたほうがいいのだろうか)


 先までの試合を見ていると、どうも勝敗判断の最たる材料は『気絶』らしいのだ。

 だが、そもそも手加減という行為すら馴れていないシルヴェリッサである。加減を違えて殺してしまう危険があった。


 ごく短い時間で思案した末、以前にもやったことを試してみることに決める。

 さっそくとシルヴェリッサは剣を抜き――、


 ――刹那でニニムの背後を取ると、その首元に刃を突きつけた。



   ………………。



 場を満たす静寂。

 やがて1人、また1人と、いま起こったことを理解する。

 そして直後、大歓声が沸いた。


   「きゃああああああああっ、かっこいいいいいいーーぃぃ!」

   「さいこおおおおおおおおおおおおーー!」

   「はふんっ……――」(※気絶


 とはいえ会場がいくら沸いても、勝敗が決したわけではない。

 シルヴェリッサとしてはこれで勝利と判断されると助かるのだが……。


『――し、勝者、シルヴェリッサ!』


 どうやら問題はなかったらしい。

 であれば次からの試合でも同じようにしよう、と剣を収めるシルヴェリッサ。


 一方、ニニムはというと。


「……え、あレ? まけタ?」


 ようやっと自分の負けに気づいたところだった。




     ◆


 第7試合、終了後。


 観客に混じり席に座るグヴェルドは、「……ほう」と目を細めた。ちなみにいまは、左右の魔人娘らも含め人間に化けている。


「あの雌……人間のわりには、そこそこやるようですね」


 今の試合に出ていた銀髪の娘。

 避けるのに精一杯で攻撃に移れないのだろう、と思っていたが、それは違った。

 銀髪はグヴェルドでもギリギリ追えるくらいの高速で、相手の背後を取って首を押さえたのだ。


「にんげんのメスなんか、みないでくださいましっ」 牛魔人

「……あいつころす」 鴉魔人

「やぁん、こわい~♪」 鮫魔人

「あのメス、グチャグチャにしたいですね……クスクス」 粘液体魔人

「げんかいまでいじめてもたのしそう♪」 蜘蛛魔人


 と、魔人娘らがそれぞれ黒い嫉妬を燃やす。

 そんな彼女たちに、グヴェルドは微笑みながら言った。


「フフッ、嫉妬するキミたちも最高に可愛いよ。あ、そうだ、あとでキミたちにプレゼントをあげよう」

「えっ///」 牛魔人

「グヴェルドさま、だいすき!」 鴉魔人

「うれしいです~♪」 鮫魔人

「クスクス」 粘液体魔人

「プレゼントってなにかしら♪」 蜘蛛魔人


 一変して笑顔になり、席を立って抱きついてくる魔人娘たち。

 周囲の雄が妬みの視線を向けてくるが、グヴェルドは歯牙にもかけずに娘たちを抱き返した。


「フフッ、プレゼントはね――」


 そして娘たちにだけ聞こえるような小さな声で、


「――あの雌だよ」


 と口にした。




     ◇


 シルヴェリッサが舞台を去り、再び見学フロアに向かおうと歩いているときだった。


「……よお、姉ちゃん。また会ったな」


 低い声で前に立ちふさがった、大柄の男。

 その左瞼についた刃傷で思い出す。たしか”剛槌のゴレガン”などと呼ばれていた男だ。シルヴェリッサは先日に絡まれたばかりだが、どうでもいいので忘れていた。

 ともあれ、この通路で会ったということは大会の出場者なのだろう。


「もう一度だけ警告しとくぞ。大怪我したくなかったら、俺と当たる前に負けとくんだな」


 そうギロッと睨むと、ゴレガンは舞台のほうへ去っていった。どうやら次の試合に出るらしい。

 何にせよ塵ほどの興味もなかったシルヴェリッサは、警告とやらを意に介することなく歩を再開した。


 見学フロアへの道すがら、この世界に来てからの戦いを思い返す。その全ては、六刃が無くてもまったく問題のないものだった。

 だが、それはあくまで今までは・・・・、の話である。今後いつ、どのような強敵が現れるとも限らないのだ。


 それを考えると、早いうちにせめて一刃ひとはは取り戻しておきたかった。つまるところ、”砕刀・黄岩陸きのいわくが”である。

 しかし未だその取り戻し法がわからないシルヴェリッサは、意味は求めないながらも、ただ何とはなしにそれの名を心に呼んだ。


(……黄岩陸)



     ――――――。



 無意識に振り返る。

 特に気配を感じたわけではない。だが、口では説明できない『何か』を感じたのだ。身体の奥底に響く『何か』を。


 シルヴェリッサには、もうわかっている。


 彼女が見つめる先。

 それは――、


   『エフォーフの森』がある方向だった。

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